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研究者VS出版社、仁義なき戦い

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
高騰する論文購読料に研究者が苦しんでいる(ペイレスイメージズ/アフロ)

交渉決裂

ついにここまで…というニュースだった。ドイツ科学機構連合は、論文雑誌を多く発行するエルゼビア社(オランダ)との契約を解消したことが、世界中の研究者に大きな衝撃を与えている。

ドイツ大学学長会議(German Rectors' Conference、HRK)のDEALプロジェクトにおいて、エルゼビア社は全国規模のライセンス契約を提案していたが、ドイツ科学機構連合は10月、この提案を拒否し契約を解消した。理由として、エルゼビア社がオープンアクセス(OA)の原則に準拠しておらず、現在40%の利益率があるのに、さらに価格を上げようとしたことを挙げている。

出典:ドイツ科学機構連合とエルゼビア社の交渉が決裂

当然ではあるが、この結果、ドイツの科学者はエルゼビア社が発行する論文雑誌を読むことができなくなった。

ドイツのみならず、台湾も契約を打ち切り、また、ペルーでは予算のカットで、契約ができなくなったため、これらの国の研究者もエルゼビア社の雑誌を読めなくなる。

影響は甚大

ドイツ、ペルー、台湾の研究者にとって、影響は大きい。なぜなら、エルゼビア社が提供する「サイエンスダイレクト」に収録されている雑誌数が非常に多いからだ。

ScienceDirectは現在2,500の学術雑誌の1,000万以上の論文を搭載する巨大なフルテキスト・データベースとなり、今も成長しています。2001年にはHarcourt General, Inc.の吸収合併により、臨床医学分野の文献がさらに充実しました。

出典:エルゼビアジャパン 会社概要

これがどの程度のものなのかぴんと来ない人も多いと思うが、全論文に占める割合は相当なものだ。

一般にどの領域でも,評価の高い(引用数の多い)雑誌の 1/4 はエルゼビアの雑誌である。

出典:なぜエルゼビアはボイコットを受けるのか

どうしてドイツ、台湾はエルゼビア社との契約を打ち切ったのか。それは、あまりに購読料が高騰してしまったからだ。

右肩上がりの購読料

近年、エルゼビア社を中心に、論文雑誌の購読料が高騰しており、大学や研究機関を悩ませている。

現在、多くの英文科学雑誌の出版は、Elsevierなどの大手出版社やJSTORといった機関(有料の電子図書館)によって独占されています。そのため雑誌の定期購読の費用は高騰し続けており、あのハーバード大学ですら「今までどおりに学会誌を定期購読し続けることはできない」と音を上げたほどです。

出典:学術誌の購読費高騰は他人事?

年に6~7パーセントも購読料が高騰していると言われ、大学などの予算を圧迫している。日本国内でも、名古屋大学がエルゼビア社との包括契約を破棄し、個別の契約に変更したことが話題になった(その後一部の分野で包括契約を復活しているが)。

エルゼビア社だけでなく、大手論文雑誌社であるワイリー社との契約を破棄した大学もある。

こうした状況のなか、2012年にはエルゼビア社に対するボイコット運動「学術の春」が勃発した。

高騰する価格、抱き合わせ販売、オープンアクセス(自由に論文雑誌を読むことができる)を阻止する姿勢などに研究者たちの怒りが爆発し、エルゼビア社の雑誌に論文を出すのをやめようという運動が拡大したのだ。

エルゼビア社だけが悪いわけではないが、怒りの矛先が最大手に向かったわけだ。

希望はオープンアクセス?

こうしたなか、期待を集めているのがオープンアクセス(OA)だ。

オープンアクセスとは、学術論文に対して誰もがインターネットを介して無料でアクセスして利用できるようにすることです。オープンアクセスによって、単に情報アクセスの平等が推進されるだけではありません。研究成果の共有と再利用が進むことで、さらに学際的な研究やイノベーションの創出を促進し、その成果を社会に還元するという波及効果があるのです。

出典:京都大学図書館機構「オープンアクセスとは」

オープンアクセスにする方法としては、大学などの「機関リポジトリ」で論文を自由に読めるようにするグリーンOA(セルフアーカイブ)と、著者が料金を払うことで論文出版時に誰でも論文を読むことができるゴールドOA(オープンアクセス出版)がある(上記京都大学図書館機構ウェブより)。

最近EUがすべての論文をオープンアクセスにする方針を決定するなど、オープンアクセスが世界的な潮流となっていると言えるだろう。

とはいえ、よいことづくめではなく、偽のオープンアクセス雑誌が現れるなど、問題点も指摘されている。

仁義なき戦いに終わりはあるか

しかしながら、すべての論文がオープンアクセス化できるわけではない。こんななか、ひそかに使われているのがSci-Hubだ。

2011年、そんな状況に不満を抱いたカザフスタンの大学院生アレクサンドラ・エルバキャンは、コンピュータのスキルを駆使して、数万件もの論文のPDFファイルを誰でも簡単に無料で入手できるウェブサイト「サイハブ(Sci-hub)」を創設しました。ネット上では、多くの研究者がサイハブを賞賛しました。

出典:海賊版論文サイト サイハブ / Sci-hub をめぐって

ネイチャー誌の「今年の10人」に、Sci-Hubの創設者、アレクサンドラ・エルバキャン氏が選ばれている。

当然、Sci-hubに対して論文雑誌側は訴訟を起こし抵抗している。

まさに仁義なき戦いと化している研究者VS出版社、どのような「オトシマエ」がつけられるのだろうか。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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