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【連載】暴力の学校 倒錯の街 第5回 脳に出血がある!

藤井誠二ノンフィクションライター

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脳に出血がある!

残酷な時間か流れる。元春は知美を助けたい一心でその方法を模索していた。すると控室に親戚がやって来て、「(知美は)学校で殴られたのか」と話しかけてきた。そういえば前にも(知美は)殴られたことがある、という会話を二人はした。

救急車を追うように到着していた担任の棚町や教頭の小山昭はそのまま病院内で待機していた。校長の山近博幸があらわれたのは深夜十一時をまわったころである。

「どうもすいません。知美さんはどんな具合ですか。私も心配で心配でいてもたってもおられんやったけど、警察の取り調べなどで遅くなりました」

元春は状況を説明すると、山近校長は「そうですか」とうなずいた。

周りにいた親戚が「宮本先生に叩かれたのだろう」と詰め寄った。

山近校長は弁明するように答えた。

「私はあの先生があんなことをするとは知りませんでした」

親戚が言い返す。

「前も叩きよったみたいですよ」

「いやあ、初耳です」

山近校長は、(知美の家系で)以前に心臓病などで亡くなった人はいないのですか、などの質問を繰り返した。実は元春自身も、娘の心臓に持病があったのでこうなったのではないかという疑いを捨てきれずにいた。

そのときのことを元春はこう振り返る。

「あとで考えると、体罰で殺しておいて、何ということを聞くのかと思いました。校長は、宮本先生が叩いたりするということは、初めて聞いたと言うんです。私はもうムカムカきてましたけど、頭の中は、もうとにかくどうにかして(知美が)助かってもらいたいという思いだけで一杯でした。脳外科の先生をどうにかして呼べんのかとか、他の病院に移すことまで考えました」

山近校長は、「私は今から緊急会議をひらかんといかんから」と小一時間ほどで帰った。

元春たちは、「神様、仏様、どうか知美をお助けください」と一晩中、祈り続けた。

外が明るくなってきた。七月十八日の朝になった。

一睡もせずに知美の命が助かることを祈りつづけた元春や明美は、あることを思いつく。朝六時半になったら、知美を「起こす」ことである。毎朝、(知美を)起こしている時間に起こせば反応するのではないか、という案だった。その旨をインターホンで看護婦に連絡し、家族三人でICUに入った。一縷の希望だった。

「ともちーん、ともちーん。お父さんぞ。おやじくさいとはねのけんかー」と元春。

「ともみ起きろー。一緒に帰るぞー。なんでいつまで寝とんかー。起きて帰るぞー」と兄。

「知美、朝やき起きなさい。起きんと学校のバス間に合わん」と明美。

そのとき、脈は四○に低下したままだった。

「とにかく、どうにかして気がつきやせんかなと思ってね、普段、『電話だよ』言うたら(知美は二階から)飛んで下りてきてました。寝てても、『電話だよ』と言うたら、喜んで二階から下りてきていたから、『電話だよ』とも呼びかけました。どうにかして脳を働かしたいと思ったんです。『電話だよ』は、たくさん言いました」(元春)

三人の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。知美の兄は具合が悪くなり、外来で診察を受けたのち、点滴で栄養補給をした。

早朝六時半の呼びかけには、何の反応もなかった。医師は「また様子が変わったら伝えます」と言い、いったん家族を控室に帰した。そのときに明美の兄が新聞のコピーを持ってきた。そこで初めて元春らは「学校で体罰」「叩かれて重体」という見出しを見ることになる。

読めば、コンクリートの柱で頭を打ったと書いてある。元春は、「コンクリートで頭打ったんだったら頭の中に出血があるのを、医者はひょっとして気がつかんでおるんじゃないか」と考え、「それを医者に言うたら、何か気がつくことありやせんかな」と思った。藁にもすがる気持ちで、あらゆる可能性を探った。

本当にコンクリートの柱に頭を打ちつけたのだろうか。元春はその疑問を確かめるため、警察に電話をかける。担当の刑事が出た。

「今朝の新聞見て、娘はコンクリートの柱で頭打ったていう記事が書いてありましたけど、これは事実ですか」

刑事は何か口ごもったような受け応えだった。

「私はどうこう言うつもりはないんです。とにかく娘を助けたいんです。脳内出血があるのを、医者が気がついてないんじゃないかとか思って、それを医者に言うたら気がつくことありゃせんかと思って言ってるんですよ」

刑事が答えた。

「はっきりとは言えませんけど、その可能性が高いです」

「はい、わかりました」

刑事との電話を切った元春は、医師にそのことを伝えにいく。ただ、体罰が原因だということは口にしなかった。

「先生、コンクリートで頭を打っているようです。脳に出血があるのではないですか」

医師はこう答えた。

「昨日の段階でCTをかけてますが、脳自体には損傷は見られませんでした。それより、心停止などで脳に血が行かないことが心配です」

医師はあらためて事実上の「脳死」を宣告したのだった。元春は後日、こう述懐している。

「脳死の状態をもう医者はわかっとったんやろうけど、(知美が)ダメちゅうことが言えんから、私たちに別れの時間を一晩つくってくれたんやと思うんです」

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ノンフィクションライター

1965年愛知県生まれ。高校時代より社会運動にかかわりながら、取材者の道へ。著書に、『殺された側の論理 犯罪被害者遺族が望む「罰」と「権利」』(講談社プラスアルファ文庫)、『光市母子殺害事件』(本村洋氏、宮崎哲弥氏と共著・文庫ぎんが堂)「壁を越えていく力 」(講談社)、『少年A被害者遺族の慟哭』(小学館新書)、『体罰はなぜなくならないのか』(幻冬舎新書)、『死刑のある国ニッポン』(森達也氏との対話・河出文庫)、『沖縄アンダーグラウンド』(講談社)など著書・対談等50冊以上。愛知淑徳大学非常勤講師として「ノンフィクション論」等を語る。ラジオのパーソナリティやテレビのコメンテーターもつとめてきた。

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