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【連載】暴力の学校 倒錯の街 第26回 学校観の同質性

藤井誠二ノンフィクションライター

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学校観の同質性

インタビュー中、B子は何度も顔を上気させ考え込み、ため息をつき仕事の手を止めた。目に涙をためていることもわかった。B子が意図的にありもしない噂やデマを垂れ流したということはないのだろう。しかし、彼女の言葉の端々に見てとれるように、「知美さんが悪い子だったから、宮本先生は殴ってしまったんだ」という意識がB子たちの根底にはある。だから、「宮本先生」はむしろ被害者であり、「かわいそう」な存在なのだ。その意識は、噂やデマを培養し、増幅していくことはあっても、打ち消すことはないだろう。

B子は、一方的に殺された知美や、娘を無残に奪われた遺族の苦悶にわずかでも思いをはせたことがあるのだろうか。彼女の視野にあるのは、「宮本先生」だけなのだ。その狭窄した視野自体が、すでに知美や遺族にとって暴力なのである。

私はB子の話を聞いたあと、軽い目まいをおぼえながらも、近大附属近くのある商店で、店番をしている老夫婦に話しかけた。店は二代目だという。まず、おしゃべり好きそうな妻のほうが話し出した。

「今は親や先生の言うことをきかん子が多いねえ。普通に考えて、先生に出ていきなさいと言われて、スッと出ていくのが当然でしょう。あの女の子は横着で気か強かったんでしょう。その先生もひどかったかもしれないし、亡くなったからあまり言ってはいけないのかもしれないけど、生徒が反発的な態度をとらなければそんなことしないと思いますよ。体罰といいますが、本当に言うことをきかなかったら手が出るのは当たり前じゃないですか。今は親があんまり子を大事にしすぎ。教師が何かやるとすぐ教育委員会に行って処罰だなんだと言いすぎる。だから、先生もあたりさわりなくやる人が増えてしまう。

けれど、一生懸命やる人はどうしても手が出るということじゃないですか。昔は「先生、悪いことをしたら叩いてください」と言ったもんです。「そう言ってもらえるとやりやすいのですが」と先生もおっしゃってました。一概に先生だけが悪いとは言えないでしょう。打ちどころも悪かったらしいじゃないですか。私は先生も亡くなった子どもも知りませんが、店に修理を依頼しにきた人が「あの子は悪い子で、地域で評判が悪い子だったんだよ」と言ってましたよ。私もそう思いますよ。だって、よそのクラスに行っておって、先生の言うことを聞かずに出ていかなかったんでしょう」

ちがう。知美がいたのは自分のクラスだ。私は、「それではあなたの子どもさんが殺されたら、文句は言わないで、ありがとうございますと言って遺体を引き取るのですね」と言おうとしたが、その言葉を飲み込んだ。すると、今度は奥で商品の整理をしていた夫のほうがしゃべり出した。

「いまは親や先生の言うことをきかん子か多いねえ。普通に考えて、先生に出ていきなさいと言われて、スッと出ていくのが当然でしょう。あの子は悪い子で、地域で評判が悪い子だったんでしょう」

まるで判で押したように同じセリフを繰り返す老夫婦。私は一刻も早くその場を離れたい衝動におそわれ、礼もそこそこに店を飛び出した。

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ノンフィクションライター

1965年愛知県生まれ。高校時代より社会運動にかかわりながら、取材者の道へ。著書に、『殺された側の論理 犯罪被害者遺族が望む「罰」と「権利」』(講談社プラスアルファ文庫)、『光市母子殺害事件』(本村洋氏、宮崎哲弥氏と共著・文庫ぎんが堂)「壁を越えていく力 」(講談社)、『少年A被害者遺族の慟哭』(小学館新書)、『体罰はなぜなくならないのか』(幻冬舎新書)、『死刑のある国ニッポン』(森達也氏との対話・河出文庫)、『沖縄アンダーグラウンド』(講談社)など著書・対談等50冊以上。愛知淑徳大学非常勤講師として「ノンフィクション論」等を語る。ラジオのパーソナリティやテレビのコメンテーターもつとめてきた。

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