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【連載】暴力の学校 倒錯の街 第33回 「あの先生は異常ばい!」

藤井誠二ノンフィクションライター

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「あの先生は異常ばい!」

高田は、宮本という名を聞くと二つの理由でムカッとくるという。むろん一つの理由は、「知美を何度も何度も殴り死なせたこと」である。そしてもう一つは次の理由だ。

《言葉に言い表せないほど怒りがあるのです。私は宮本先生から一番目をつけられていましたし、一番多く殴られています。私が宮本先生から目をつけられるようになったきっかけは、私が二年生になってすぐのことだったと思います。それは担任の棚町先生がいなかったとき、副担任の宮本先生が掃除の見回りをしていたのですが、私は掃除をしている途中、トイレに行っていたのです。私はトイレに入り、順番を待っていたとき、宮本先生がいきなりトイレに入ってきたのです》

宮本の顔を見ると、トイレに入っていた高田や他の者が掃除をさぼっているものと思ったらしく、激しく怒っていることが高田にはわかった。高田は咄嗟にいっしょにいた他の二人と三人で、一つの個室に逃げ込んだが、「出てこい」と言われたのでそこから出た。すると、宮本は手に持っていた本で一発ずつ頭を叩いた。しかし、一番奥にいた高田だけが何発も叩かれた。

「私だけ何で叩くの?」

「口答えしよる」そう宮本は言って、本でさらに高田の頭や頬を何度も叩いた。

《合計すると十発くらい私だけ叩かれたんです。私はそれ以降、宮本先生から目をつけられてしまったと思っています。このあとも私は、宮本先生から教室や階段で殴られました。宮本先生の殴り方は、平手で殴るビンタ、拳骨で殴る、本で殴る、という三種類があります。私は二年生になって初めて宮本先生といっしょになりましたが、一学期の間に七、八回は殴られました。教室のみんなの前でも何回も殴られたので、みんなはそのことを知っていると思います》

高田が殴られた理由は、授業中の態度や、忘れ物などだ。高田は、はっきりと宮本の自分に対する敵意を実感している。

《宮本先生の殴り方は、しつけが目的の体罰というより、私を嫌っているために殴る、ただの暴力だと思う。そう思うのは、そのように言える暴力をあるときに受けたからです》

それが、体罰報告書にあった六月十四日の事件である。

《その日は試験があったのですが、私は全部試験が終わったので家に帰ろうと思い、教室を出ようとしたのです。すると教室の中にいた宮本先生から呼び止められました。先生は私のカバンを見て、「教科書持って帰っちょるか」と言われたのです。これは試験の前、よく勉強するように教科書を全部持って帰るよう言われていたからです。でも宮本先生は私が持っていたカバンが薄く、教科書を持って帰っていないのではないかと思ったようです。それで、「カバンを見せろ」と言われたのです》

カバンの中身は英語の教科書だけだった。それ以外の教科の教科書は、家で勉強するためにすでに持って帰っていたのだった。

《怒られるのは仕方ないと思いましたが、カバンの中には英語の教科書の他に、ナプキンやパンティーなども入れていたので、男の先生には見られたくないと思ったのです。しかし、宮本先生はカバンを見せるように言うので、私はカバンの中のパンティーなどを隠すため、教室に置いてある参考書をカバンに詰め込みました。すると、宮本先生は私に近づいてきて、私を叩きはじめたのです。はじめは平手で叩かれましたが、あとでは拳骨でも叩かれました。

宮本先生の利き腕は右ですが、何回も殴るときは両手を使い、振り回すように殴るのです》

高田はその暴力から逃れるために、教室を走り出た。宮本は猛然と追跡。階段を降りている途中に捕まり、《肩を掴まれたと思うと、すぐ背中を後ろから押され、私は階段を滑り落ちたのです》。それでも高田はすぐに立ち上がり、走り出した。しかし、またしても階段の途中で追いつかれ、宮本は高田のカバンを奪い取ろうとした。二人はカバンの取り合いになった。

「ちょっと、来い」

「イヤッ」

高田が拒絶すると、宮本は高田の片足を掴み、階段の下方に引きずり降ろした。が、担任の棚町が止めに入る。このとき、興奮した高田は棚町にこう訴えている。

「あの先生はおかしい。異常ばい。私は耐えられないから学校をやめる。明日、退学届けを持ってくる!」

棚町は答えた。

「宮本先生はちゃんと考えとる」

高田はそれ以上何も言わずに帰った。

《翌日、私の母が棚町先生に会って話をしたあとは、宮本先生にも話か通じたのか、それ以降は宮本先生に叩かれなくなりました。でも、叩かれなくなったというのは、直接手で叩かれなくなっただけで、その日以降は「寝ぼけた顔をして」というように、口でいやがらせをされました。私は宮本先生から叩かれているとき、何でここまで叩かれないかんのと思い、宮本先生のことを、狂っていると感じていました》

高田は自分以外の生徒を宮本が殴っているのも目撃している。

《殴る理由は、遅刻や簿記の教科書を忘れるからです。しかし、殴る回数はほとんどの場合ビンタ一発だけです。私が宮本先生が二発以上殴るのを見たのは一回だけです》

殴られたのは同じクラスの生徒だった。宮本からスカートを短くしているのを見咎められ、「お前、スカート曲げちょろうが」と言うのと同時に、いきなり右の拳骨で顔を二発殴りつけた。その生徒は何も抗弁しなかったが、殴られた痕が青黒く鬱血しているのを、高田ははっきりと覚えている。

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ノンフィクションライター

1965年愛知県生まれ。高校時代より社会運動にかかわりながら、取材者の道へ。著書に、『殺された側の論理 犯罪被害者遺族が望む「罰」と「権利」』(講談社プラスアルファ文庫)、『光市母子殺害事件』(本村洋氏、宮崎哲弥氏と共著・文庫ぎんが堂)「壁を越えていく力 」(講談社)、『少年A被害者遺族の慟哭』(小学館新書)、『体罰はなぜなくならないのか』(幻冬舎新書)、『死刑のある国ニッポン』(森達也氏との対話・河出文庫)、『沖縄アンダーグラウンド』(講談社)など著書・対談等50冊以上。愛知淑徳大学非常勤講師として「ノンフィクション論」等を語る。ラジオのパーソナリティやテレビのコメンテーターもつとめてきた。

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