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【連載】暴力の学校 倒錯の街 第42回 “懲役二年”の実刑判決

藤井誠二ノンフィクションライター

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“懲役二年”の実刑判決

一九九五年のクリスマス。

暮れの喧騒に街は覆われ、世間は浮足立っていた。しかし、娘のいない陣内家には重苦しく、わずかな亀裂で破裂してしまいそうな空気が張りつめていた。

一九九五年十二月二十五日、宮本煌に判決が申しわたされた。検察側の求刑三年に対し、懲役二年。執行猶予判決を求めていた被告人側の主張は退けられた。

主文が朗読される間、元春と明美は身じろぎもせず、被告をじっと見つめていた。しかし、知美に対する体罰状況が読み上げられると、初めてハンカチを目頭に当てた。法廷に学校幹部の姿はひとりもなかった。

陶山裁判長は、犯行に至る経緯として次のように述べた。

《被告人は、放課後に教室内で簿記の再々試験を実施しているとき、試験を受ける必要のない被害者が教室内の自席にいたのに気づき、教卓の所から被害者に教室外に出るように言った。これに対し、被害者か被告人の指示を無視して自席を立とうとしなかったので、被告人は被害者の席のそばに近寄って再度教室外に出るように言ったところ、被害者は黙って出入口に向かったものの、廊下には出ないで、出入口そばの鏡の前で髪をとく仕種をした。これを見て被告人は、被害者が反発していると思い、腹立たしくなって被害者のそばに行き、注意をしようと思った。そのとき被害者が、スカートのウエスト部分を折り曲げ、丈を短くして校則に違反しているのに気づいた。そのため、被告人はさらに腹立たしくなり、被害者に対し、「早く帰れ」「お前、スカートを折り曲げちょろうが、下ろせ」と言うなどしているうち、被害者は鏡の前から離れて出入口に向かって歩き始めた。ところが、被害者が廊下に出る直前ごろに、被告人が被害者の背中を後ろから押したので、被害者は教室内に倒れて四つん這いになったが、すぐに立ち上がり、被告人に背中を押されながら廊下に出た後、背後からついて来た被告人と向き合う状態になった。そして、被告人が被害者に対し、スカート丈を校則に合わせるように再度注意したところ、被害者が「わかっちょる」と言うなどしたため、被告人は口答えをされたと思い、かっとなって咄嗟に本件犯行に及んだ》

取り調べや公判でも宮本が忘却している、教室を出る直前の暴力についても裁判所は認めている。そして、「特に考慮した事情」としてこう述べた。

《被告人が被害者に本件暴行を加えたとき、被害者の一メートルほど背後には、鉄製の手すりがついた窓やコンクリート柱があり、被告人らのいた廊下は滑りやすい状態であった。そのような場所で被告人は、被害者のすぐ前に立ち、怒りのあまり我を忘れて、手加減を加えずにいきなり力を込めて被害者をコンクリート柱等の方向に突くなどしたため、被害者は不意を突かれて身構える暇もなくコンクリート柱等に激突して頭部を強打したのであって、本件行為の持つ危険性は大きい。そして、被害者は高校二年生であって注意の意味内容を理解する能力を備えており、法はもとより当時の校長からも体罰が禁止されていたのであるから、被告人としては、被害者に対し、スカート丈を定めた校則を守るべき理由などについて十分な説諭等による指導をすべきであった。しかるに、被告人は日頃から体罰禁止は建前に過ぎないと考え、安易に力に頼る指導をしていたこともあって、本件においても、右のような説諭等による指導を十分におこなうことなく、被害者の態度に短絡的に激怒して本件犯行に及んだものである。本件の動機は、被害者の校則違反を是正しようとする等の教育的意図がなかったということはできないにしても、もっぱら被害者の態度に誘発された私的な怒りの感情に基づくものであるから、特に酌むべき事情は認められない。しかも、本件犯行によって、前途ある十六歳の若い命が、こともあろうに信頼すべきはずの教師によって奪われたのであって、本件犯行の結果は重大である。

他方、被告人は咄嗟に暴行を加えたものであって、被害者をコンクリート柱等に激突させようとする意図はなく、被告人としては、まさかこのような事態を招くものとは思っていなかったこと、被告人が激怒した経緯には、被告人の指導に対する被害者の態度にも全く原因がないとまではいえないこと、被告人は本件により懲戒解雇されて教職を去っているなど、すでに社会的制裁を受けていること、被告人は日頃から生徒の就職活動のために奔走し、就職を有利に運ぶために生徒のしつけや簿記の習得について熱意をもって取り組んでおり、卓球部の活動においても面倒見のよい教師として被告人を慕う卒業生も多数いること、本件犯行当日も生徒のためを思って、学校の正規の課程ではない時間外の再々試験をしていたこと、被告人は被害者の遺族にお詫びの一部として三○○万円の支払いを申し出たこと、被告人には見るべき前科がないこと、被告人は被害者の冥福を祈り、本件を心から反省していることなど被告人にも酌むべき事情が認められる》

宮本の弁護人である桑原昭熙が、宮本の故意性を薄めるために主張した「滑りやすかった廊下」は、むしろ宮本が注意を払わなければならなかった理由として使われた。それでも、証拠としては採用しないと裁判長が明言していた七万五千人を超える署名などは、やはり功を奏したようである。

それにしても、被害者に「殴られる原因」があったかのような表現は、逆に両親の絶望を増幅させるだけである。「体罰」という、学校の中で事実上「合法的」に行使される対生徒暴力は、やはり裁判官にとっては情状酌量の対象になってしまうのか。私は、一方的で、抵抗されることがなく、やり返されることを想定していない暴力=体罰に情状酌量の余地はないと考えている。

判決後、元春は記者会見でこう発言した。

「やるせない日が続きました。体罰を容認する声がありますが、それは非常に危ないことです。体罰は絶対にやめてほしい。教師は生徒に校則を守らせるのであれば、自分たちが法律を守るべきでしょう。体罰をした教師を処罰する決まりをつくらなければ、再び同じことが起きます。たった二年で知美の命がつぐなえるのでしょうか。知美に、お父さんとお母さんは(被告人を)一生、許さんからな、と伝えます」

明美は、法廷から記者会見の席でも、微笑んでいる知美の遺影を、膝の上に抱いたままであった。

一方、学校側も会見をおこなった。山近博幸に代って就任していた有田榮二校長が「厳粛に受け止め、学校再生の取り組みをさらに推進していきたい」とのコメントを読み上げた。

ところが驚いたことに、この判決の前日の十二月二十四日。近大附属の運動部顧問の男性教諭二人が、二学期に練習試合などで三件の体罰をしていたことが明らかになった。両教諭とも体罰の事実は認めたが、「体罰ではなく、気合を入れるつもりだった」と説明したという。

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ノンフィクションライター

1965年愛知県生まれ。高校時代より社会運動にかかわりながら、取材者の道へ。著書に、『殺された側の論理 犯罪被害者遺族が望む「罰」と「権利」』(講談社プラスアルファ文庫)、『光市母子殺害事件』(本村洋氏、宮崎哲弥氏と共著・文庫ぎんが堂)「壁を越えていく力 」(講談社)、『少年A被害者遺族の慟哭』(小学館新書)、『体罰はなぜなくならないのか』(幻冬舎新書)、『死刑のある国ニッポン』(森達也氏との対話・河出文庫)、『沖縄アンダーグラウンド』(講談社)など著書・対談等50冊以上。愛知淑徳大学非常勤講師として「ノンフィクション論」等を語る。ラジオのパーソナリティやテレビのコメンテーターもつとめてきた。

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