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鼎談・ヘイトスピーチと「在日特権」の妄想と虚構3

藤井誠二ノンフィクションライター

フリージャーナリストの安田浩一氏が取材・執筆した「在日特権を許さない市民の会(在特会)」についてのルポ(のちに『ネットと愛国』として単行本化を軸に議論を展開しました。弁護士・李春熙(リー・チュニ)さんは、在特会が引き起こした京都初級学校に対するヘイトスピーチや嫌がらせ事件(のちに学校側が在特会に対して起こした損害賠償等訴訟で学校側が勝訴 http://togetter.com/li/574176 )を、被害者である学校側の代理人として活動しています。両氏と、排外主義・差別感情をむき出しにして活動する「ネット右翼」なるものについて考察してみました。

(この鼎談は昨年(2010年)11月23日に放送した、藤井誠二が構成・司会をつとめるインターネット放送「ニコ生ノンフィクション論」での議論に修正・加筆をおこなったものです。その後、 藤井誠二公式メルマガ『事件の放物線』(2011年6月13日号)として「ネット右翼とは正体とはなんなのか」と題して配信したものです)

【目次】─────────────────────────────────

■日常的に起きていたヘイトイライム

「チマチョゴリ切り裂き事件」と在特会的なるもの

■在特会にはいったきっかけは日韓ワールドカップ

■在特会が引き起こしたカルデロン事件・徳島教組事件とは何か

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■日常的に起きていたヘイトイライム

「チマチョゴリ切り裂き事件」と在特会的なるもの■

李 :

僕は初級学校・中級学校(小学校・中学校)は朝鮮学校出身です。

藤井:

北朝鮮のいろいろな政治状況が問題になると、朝鮮学校の…今は制服が自由されて自分で選べるようになりましたが…女子生徒はチマ・チョゴリが制服だった。これを切る事件や暴行を加えられる事件とかが多発して、1992年の「核各発疑惑」問題のときも頻発しました。当時、日弁連の弁護士らと一緒に被害者の女子生徒に聞き取り調査をしたってことがありました。これは政治状況が緊迫するとそういったヘイトクライムは集中的に起きるということがありますが、じつは朝鮮学校の生徒への嫌がらせ的なものは日常的にあった。

李 :

1988年の「パチンコ疑惑」と言われた時期にチマ・チョゴリ切り裂き事件が頻発して、あの時はぼくは生徒として朝鮮学校にいました。小学校5~6年だったと思います。当たり前ですが女の子はものすごい恐怖を感じながら学校に通っていました。

藤井:

そういった「チマチョゴリ切り裂き事件」などと、安田さんが取材されているような在特会などのヘイトクライムはつながってると思う?

李 :

連続性と新規性。繋がってる部分と新しく起きた部分があると思います。両方分析する必要があります。まずは連続性。チマ・チョゴリ事件もそうだし、それに限らず、戦後一貫してある、あるいは戦前からある在日朝鮮人に対する憎悪感情というか、あるいは朝鮮に限らず外国人に対する憎悪感情とつながっています。それとの連続性で見るべき部分もあるだろうと思います。もう一点は、ここ10年ぐらいのうちにインターネットが発達して、特に動画番組を利用して在特会がヘイトクライムを煽っているという点でやはり新規性があります。旧来右翼と全く違う断絶があるという意味での新規性です。この両方の分析が必要で、今回の安田さんのお仕事はどちらかというと新規性を重要視されてるなと思う。ただ私としてはその連続性も忘れてはいけなくて、在特会を切り捨てればそれでいいという風潮になってはいけないのかなと思うんです。安田さんはそのあたりどうでしょう。

安田:

そうですね、僕の場合、李さんのお言葉を借りれば「新規性」に主眼を置いたものだったかもしれません。僕にとって文字通り目新しいものであったということと、さきほどコード進行が違うと表現しましたが、異なったものを見たときの驚きと興味と関心、あるいは憤りや違和感をまず優先させましたので、「継続性」に対して詳しく言及することはできませんでした。ですが、ただその背景にある「継続」された差別は、冒頭に話したような団地における外国人住民との対立であったり、あるいは薄っぺらなゼノフォビアであったり、そういったものは連綿と続いていることは認識しています。

少しばかり本題から外れるかも知れないけども、「ネット右翼」と言われている人々、あるいは在特会の方々と話してみて若干気になるのが、国家への自己投影というか、国家という存在を借景とすることで自らの存在をダイナミックにデザインされると思い込んでいる人が、予想以上に多かったことです。つまり、国家を「背負う」ことで、行動の全てが正当化されてしまうという理屈。いわゆる「愛国無罪」というものですね。まさに「ネット右翼」が日ごろから批判している中国の反日デモと同じ地平に立っている。そうした独りよがりの、自分にとって都合がよいだけのナショナリズムは見苦しい。僕はナショナリズムを全否定するつもりはありません。ただ、ナショナリズムを優先するばかりに、かえって素朴なパトリオティズムみたいなものは見えてこない。

藤井:

郷土主義ですね。

安田:

そうです。それは誰しもが持っているであろう素朴な感情だと思うのです。しかしそれが偏狭なナショナリズムに特化し、極端に排外的な方向に向かっているのが「ネット右翼」の流れだと思う。しかも、これまで発言の回路を持たなかった人々が、ネットという回路を得て初めてモノを言うことができた。何かを訴えたいという衝動が、ナショナリズムの後押しを受けて、ネット上の言論が形成されていく。その弊害、―弊害っていっていいのかわかりませんが―が現象として顕著になってきている。

李 :

ネットという回路ができたからとおっしゃいましたけど、それが一番大きな原因だと感じていますか? それともこの10年の社会情勢の変化、新自由主義といわれる状態の進行こそが問題なのか?どちらが大きいと思われますか?

安田:

ごめんなさい。正直いうと僕、今の段階ではまだ、わからないことが多い。ネットは確かに一種の「ドライブ」となって、排外主義的な言論を誘発する大きな力にはなったとは思います。僕は社会情勢──たとえば北朝鮮問題や新自由主義的な計税構造の進展によって社会階層が明確に区分されていく──といった状況のなかで、右派的な言論が伸張してきたことも無視できない。いわばネットの発達と同時進行で「ネット右翼」が描かれてきたのではないかなとも思います。もちろん広大な地下茎として、「継続」されてきた差別意識が存在するとは思いますが。

藤井:

ネットでいろんな言論が出ること自体は基本的にはいいことだと思う。このニコ動を含め、こういった言論空間の中で在特会が出てきたという、ある種のネット害悪論というのは僕は違うと思うんです。一つの引き金にはなったと思う。ネット右翼というとネットで匿名で叫んでいるだけであって、行動右翼からすると「卑怯者だ」というイメージがあって、その反動として行動にうつしたというのもあると思うんです。

■在特会にはいったきっかけは日韓ワールドカップ■

安田:

僕が取材した範囲で言います。「いつからこういう考えを持つようになったか」という質問を必ず聞いています。幹部連中は割と政治的な判断をするから言葉を選んで答えますが、一般の会員であるとか、普段集会に来ている方から話を聞くと、圧倒的に多かったのが、2002年のワールドカップなんです。

李 :

それは、僕、びっくり。拉致問題とかだったらわかりやすいじゃないですか、文脈的に。2002年日韓ワールドカップ共催なんですか?

安田:

そう。少なくとも僕が取材した限りではそれが一番多かった。そもそも日韓同時開催という事に関する反発があった。それから、国際的な名称の問題。コリア―ジャパンなのか、ジャパン―コリアなのかっていう。

藤井:

ありましたね。そこなんですか?

安田:

確か、先にコリアが立ったのかな?

李 :

あれは英語表記と日本語表記では違うんじゃなかったかな。

安田:

そして何よりもジャッジの問題がありましたね。韓国にとって非常に有利なジャッジが働いたとして、ネット上で様々な議論が起きたというか炎上するわけです。あるいは、韓国人のナショナリズムを日本人が目の当たりにしたときの驚きがあった、という話を僕は在特会員の多くから聞くわけです。つまり2002年のワールドカップによって反韓感情というものが芽生えた。

藤井:

嫌韓反感感情ですね。

安田:

僕にとってもそれはけっこう意外だったんだけれども、それはイデオロギーとはかなり縁遠い世界ですよね。これはあまり政治的な文脈の中で語られるものではなくて、いわば、社会生活の中で生まれてきたある種の反韓嫌韓感情というものだと思う。だからこそ浸透しやすい。重みはないけれども、それだけに流布されやすい。これに関していえば歴史問題は副次的な産物だったと思います。

李 :

さっき僕が言った連続性という観点で言うと、2000年前後にそこに変質があるということなんでしょうか?そういう嫌韓感情とか反朝鮮人感情というのは。

藤井:

『嫌韓流』が出たのが2005年ですよね。

安田:

連続性、継続性ということで言うならば、それは間違いなく存在したとは思いますよ。一部の日本人の中で。

李 :

僕は、元々あるものの現れ方が変わったというふうに見ればいいかなと思うんです。ネット害悪論という立場に立つつもりは全くないんですが、ネットがあることによって、安易な形で噴出するし、より被害者を傷つける形で噴出する。ネット上では。そして、在特会はネット上と同じようなマナーというか行動で、直接行動に移っている。そういうところが危険だと少なくとも被害者の側からみると非常に思う。

■在特会が引き起こしたカルデロン事件・徳島教組事件とは何か■

藤井:

在特会がおこしたヘイトクライムの直接行動事件にはカルデロン事件と徳島県教祖事件というのがあって、カルデロン事件については『g2』のルポに書いてありますけど、どういう事件なのか教えてください。

安田:

カルデロン事件というのは、ある種のエポックではありましたね。ネットユーザーほとんどご存知かと思うのですが。カルデロン一家というフィリピン人の両親と娘さんの三人家族がいらっしゃって、両親はいわゆる「不法滞在」なんです。偽造パスポートで日本に入国し、その後、在留資格を問われたわけです。ただ、娘さんは日本で生まれたわけです。娘さんのカルデロン・のり子さんは日本生まれですから、当然、日本で生まれた以上はそこに住む在留資格は得ることはできます。一方、ご両親は「不法滞在」なので、法務当局からは国外退去を求めらました。その場合に、娘を一緒に連れて行くかどうかということで色々議論になった。つまり、両親を国外退去処分にしてしまうと娘はどうするのか。日本で生まれ育ち、フィリピンの言葉も知らない、日本語しか知らない。日本の中で様々な交流関係、交友関係が結ばれた中で、そのとき中学校2年生の子供を今から外国に移すのは酷な話ではないか、とカルデロンさん側に立つ市民団体などは、在留特別許可を出してほしいということをずっと入国管理局に要請していた。けれども、法務当局は両親の国外退去を決定したわけです。

これに対し、外国人問題に取り組む市民団体はもちろんのこと、一部マスコミも国外退去命令を人道的な観点から批判した。在特会などは、そうした流れに反発したわけです。要するに「外国人を甘やかすね」「不法滞在者が国外退去となるのは当然だ」という主張ですね。

当時、カルデロンさんは埼玉県の蕨市に住んいました。在特会はカルデロンさんの家の周りでデモ行進しました。彼女の自宅や学校があるところもデモコースに含まれていたわけですが、学校を狙っていたかどうかは別として、「カルデロン一家を追放せよ」、「出て行け」とという文言を大声で繰り返したわけです。動画もあげられています。こうした在特会の行動に関しては、さすがに新右翼など右派陣営の側からも反発が出たわけです。少なくとも、中学校2年生の少女の近所をデモって「出てけ」とか「追放せよ」という言葉を繰り返すことに何の大義があるのか、と。僕もその通りだと思います。ただ、このカルデロン事件をきっかけに在特会の会員が急増したことは事実です。

藤井:

ひどいですね。なんで急増したんですか?

安田:

日本はきちんと法に則った措置を下しているのに、それに対してカルデロン家はわがままであるという反発。もう一つがメディアに対する批判です。この時メディアはどう報道したかというと、カルデロン一家に対する密着ルポだったり、多くの報道がカルデロン側に立ったことは事実です。しかし、在特会の言葉を借りれば、「お涙頂戴記事」、「お涙頂戴番組」という偏向報道だということになる。そいの主張に共鳴した人は、けっして少なくなかった。

李 :

国際人権上も子供を親と離れ離れにさせるのはおかしいということで、そういう事情をくんで両親に対しても在留特別許可を出すべきじゃないか、という議論が当時ありましたが、在特会側は不法滞在者を追い出すのは当然じゃないか、というレベルの論理構成だったと思います。さらに問題なのは手段です。冷静に考えて、子どもが生活している生活圏内にデモをかけるというのは、ありえない。これは何度も言って申し訳ないんだけども、違法の段階に達しているんだろうと思う。(自分たち在特会の)言っていることは正しいじゃないか、ということで、免罪されることではないと思うんです。

藤井:

もう一つの徳島県教組事件。これは、日教組の徳島県の日教組ですね。

安田:

2010年の4月です。在特会の会員が抗議に、いや抗議というか襲撃に近い事件です。当時、日教組が主体となって、教育を受ける機会のない子どものための募金活動をおこなっていました。、募金の一部をあしなが育英会に送るという名目で、全国各地の日教組支部が取り組んでいた。その金の一部が徳島県の朝鮮学校に寄付されました。在特会のロジックからすると、あしなが育英会の名前を出して募金しておきながら、朝鮮総連の管轄にある朝鮮学校に送った、これは非常に問題である、ということになる。それが許せないから徳島県教組に行ったというわけです。

しかし、実際には徳島県教祖は街頭募金活動はやっていないんです。有志、組合員、関連する労組で募金を集め、その金の一部を朝鮮学校に送ったに過ぎません。日教組の組織の中では支部によっては街頭募金をしたところもあるんだけれども、街頭募金で集まった以上の金額をあしなが育英会に送っています。だから、あしなが育英会に送るべき金を朝鮮学校に流用したというわけではなく、総額の中から一部をあしなが育英会に送り、さらに一部を各地の困窮した児童のために使ったというのが真相なんです。地方公共団体からの財政援助が少ない朝鮮学校は、当然、その対象に含まれていた。しかし在特会は、挑戦学校に金が渡ったことじたいが許せないわけです。集団で徳島県教組の事務所に押しかけ、組合の書記さんに「腹を切れ」とか「北朝鮮に金を流すのはとんでもない」とかいうようなヘイトスピーチを繰り返した。これも動画があがっています。書記さんが警察に電話しているところを(書記さんの)手をとって電話を落とさせたりしている。書類なんかを投げてしまったりもしています。

李 :

徳島県の事例をふくめて、個別事例は私も全部知りませんけれども、公判で被告とされている人が語るところによると、今(安田さんが)言ったような募金の実際の実情を全く知らないまま在特会のメンバーはヘイトスピーチに行っているわけです。在特会の「方針」として行ったんだと思うんです。日教組の組織内で手続きを踏んで、しかも募金の全部が(朝鮮学校に)渡っているんではなくて、その一部が手続きに則って渡っただけなのに、それをあたかも全部が渡ったかのように思い込んで行っているということを法廷で証言しているそうですね。

藤井:

これは徳島県教組が告訴して刑事裁判になっていますね。

安田:

僕は裁判傍聴していましたけども、いま李さんがおっしゃたような募金の実情など被告の誰もが知らなかった。彼らの情報量は圧倒的に少ないわけです。そうしたことを法廷で指摘されても、「でも、日教組が嫌いなんだ」と。日教組嫌いで全然構わない。だけど、日教組が嫌いだからという理由でもって、事務所にいる書記さんを恫喝することが正当化されていいわけがない。つまり、全ての問題に言えるんだけれども、目的のためにあらゆる手段が浄化されるのか、ということです。まあ、左翼の側にもそうした理屈が存在していたこともありましたが。

藤井:

そうですね。爆弾闘争やった左翼の手段を浄化・正当化する人だっているわけですから。

安田:

そう。政治運動が陥りやすいロジック。

(続く)

ノンフィクションライター

1965年愛知県生まれ。高校時代より社会運動にかかわりながら、取材者の道へ。著書に、『殺された側の論理 犯罪被害者遺族が望む「罰」と「権利」』(講談社プラスアルファ文庫)、『光市母子殺害事件』(本村洋氏、宮崎哲弥氏と共著・文庫ぎんが堂)「壁を越えていく力 」(講談社)、『少年A被害者遺族の慟哭』(小学館新書)、『体罰はなぜなくならないのか』(幻冬舎新書)、『死刑のある国ニッポン』(森達也氏との対話・河出文庫)、『沖縄アンダーグラウンド』(講談社)など著書・対談等50冊以上。愛知淑徳大学非常勤講師として「ノンフィクション論」等を語る。ラジオのパーソナリティやテレビのコメンテーターもつとめてきた。

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