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鼎談・ヘイトスピーチと「在日特権」の妄想と虚構4

藤井誠二ノンフィクションライター

フリージャーナリストの安田浩一氏が取材・執筆した「在日特権を許さない市民の会(在特会)」についてのルポ(のちに『ネットと愛国』として単行本化を軸に議論を展開しました。弁護士・李春熙(リー・チュニ)さんは、在特会が引き起こした京都初級学校に対するヘイトスピーチや嫌がらせ事件(のちに学校側が在特会に対して起こした損害賠償等訴訟で学校側が勝訴 http://togetter.com/li/574176 )を、被害者である学校側の代理人として活動しています。両氏と、排外主義・差別感情をむき出しにして活動する「ネット右翼」なるものについて考察してみました。

(この鼎談は昨年(2010年)11月23日に放送した、藤井誠二が構成・司会をつとめるインターネット放送「ニコ生ノンフィクション論」での議論に修正・加筆をおこなったものです。その後、 藤井誠二公式メルマガ『事件の放物線』(2011年6月13日号)として「ネット右翼とは正体とはなんなのか」と題して配信したものです)

【目次】─────────────────────────────────

■在特会をやめた人の「理由」

■ヘイトクライムの「動機」とは何だろうか

■なぜネット右翼を「取材」するのか

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■在特会をやめた人の「理由」■

藤井:

京都朝鮮学校襲撃事件で刑事事件の被告になった在特会の元メンバーに取材されていますね? なんで活動をやめたと言っているんですか?

安田:

在特会には自浄能力がなくなってしまったんだ、と。つまり、気がつけば、暴走してしまう。暴走を止める者が誰も居なかったんだ、という言い方をしていました。で、それに対して怖くなってしまった、と。最近になって在特会を抜けた多くの人は、だいたい社会的なバックボーンがあるわけです。勤めている会社があり、家族がある。そうした中において、在特会が暴走することによって失うものがあまりにも多い。であるから、この運動体にいることはやめたいというわけです。実際、この問題(京都・徳島の事件)をきっかけに離れていった人は少なくありません。同時に、その逆のケースもある。事件をきっかけに在特会に入ったという人もたくさんいるんです。これは事実だから、認めなければならない。在特会の直接行動を映した動画や写真のネットの拡散によってカタルシス感じている方は相当数いるんだと思います。ある種の発散浄化ですよね。その発散浄化、カタルシスという中で、新規メンバーになった方もいるわけです。

藤井:

在特会の会員が1万人ていうぐらいおっしゃったけれども、実働隊は数百人いる?

安田:

そうですね。つまりその、1万人の会員の内実というものも、たぶん会自身もよくわかってないんじゃないかなという気はしますね。つまり、クリックするだけで会員になれるメール会員が圧倒的に多いわけですから。「実働」ということでいえば、全体の1割もいないのではないでしょうか。会員といっても、その意識は様々ですよ。小林よしのりさんに影響されたとか、山野車輪さんに憧れてとか、会話をすれば有名人の名前はいくらでも出てきます。ただし彼らはそれ以外に、思想を論じるための、あるいは自分の思想を形成するための、自分の根幹をいわば補強するための書物というものに目を通した機会ってないんじゃないかな、という気はします。一生懸命、在特会会長の桜井誠さんのように勉強されている方もいらっしゃると思います。ただ、ワーっと騒ぐだけで来ている人も実際いるわけです。政治や国を論じるにしては、知識に乏しい人は少なくない。

そういえば、こんなこともありました。事件で逮捕され方の家に直接伺ったのですが、彼は僕と会うなり、いきなりPCの電源を入れたんです。そして、検索画面に「講談社」と入力するわけです。「あーっ、出版社なんだ」とネットで検索しながら、一つ一つ僕の話を咀嚼しているという作業をするんです。僕は、それを悪いとは言いません。ただ、あまりに社会的な知識に乏しいのだな、という気はしました。彼も「活字は嫌い」と私に話しています。知識のほとんどはこのニコニコ動画やYoutubeで集めているんですね。あるいはネットで散見することのできる自分にとって心地良い論調の記事しか目に入らない。もちろん新聞も取っていません。そういう形で、知識を吸収していく。別に僕はそれがすべて悪いとは思わないけれども。ただ、彼らの口にする「反日勢力」だとか「左翼」というものが、あまりに底の浅い知識のなかから生み出されているような気もする。

藤井:

在特会のやっているヘイトクライム行為は李さんの立場から見たらすさまじい加害行為なんだけど、彼らにはその逆の「被害者性」があるんじゃないかと安田さんは指摘されています。それからもう一つは、「反エリート性」があるんじゃないか、と。つまりは、旧態依然とした官僚主義であったりとか、既成メディアとかに対する反発、高学歴的なものに対する反発がすごくつよいんじゃないか、と。3つめは「反権威性」です。従来的な「正しいと思われてきた」ことや思想や見方に反発があるんじゃないかと。

安田:

少なくとも僕は、そう思っている。その見方が正しいかどうか絶対的な自信があるわけじゃないけれど。でも、だからこそ在特会を知りたい、話をしたい。僕の場合、まずそこからです。そりゃ僕のなかにも彼らの活動に対する嫌悪感はあるかもしれないし、中には個人的に合わない人間もいるのだけれど、論評するだけでは彼らの内実に迫る事はできないし、理解をすることもできない、もちろん理解できないにしても、やっぱり彼らの主張は何であることを知ることがまず最初だと思ったわけです。ですから、僕の記事は全体として彼らに批判的なトーンにはなっているかもしれないけども、いわば糾弾調にはなっていない。彼らと果たしてコミュニケーションがとれるかどうかという一つの実験だったかなとは思います。

藤井:

そこは李さんどう思う? 在特会問題について批判的な分析とか言説を見てると、一部の左翼的な言論人からは「彼らとは対話ができるんじゃないか」的な意見もある。ちゃんとしたコミュニケーションができるんじゃないかと、すこし「期待」する説もある。だけど、こんなヘイトスピーチを繰り広げて何とも思わないような人たちとは絶対無理だという反論もあるんだけども、そのあたりはどう思いますか?

李 :

安田さんの『g2』に掲載されたルポを読ませてもらって、まずはその実態を知りたいというジャーナリストとしての安田さんの本質的欲求を感じました。非常に興味深く読んだし、彼らと取材という手法でコミニュケーションすることは必要だと思うんです。ですが、僕としては、在特会的な言説や行動それ自体が社会の広範な支持を得ることはないと思う。過激化した部分は単純に法に則って違法だということで処理する必要があると思います。ただ、在特会みたいな運動があることによって全体的な対抗言論のハードルが下がってしまうというか、右側によってしまうという危険性があると危惧はします。ネトウヨ、在特会は酷いが、それ以外の右翼的言論や排外主義的な言論はOKだというふうになってると思います。その辺の危険性を僕は注視しないといけないと思っているんだけれども。

■ヘイトクライムの「動機」とは何だろうか■

安田:

在特会のメンバーの人たちと議論しようと思っても、まともな議論ができない部分もあるんです。例えば、『g2』の記事に関してメールとかツイッター上とかでいろんな意見寄せられるわけですが、圧倒的に多いのが「安田、チョン」「安田、在日」「安田、朝鮮帰れ」「国へ帰れ」というものなんです。「安田、お前、在日かどうか暴露しろ」、「まずお前が在日かどうかきちんとしゃべれ」とか。「在日かどうか打ち明けろ」とか言っている。在特会のあり方に異議を挟む人間は、誰であっても在日ということになっている。まあ、僕はもしかしたら在日かもしれない、在日26世ぐらいかもしれないけれど。

藤井:

在日26世(笑)

安田:

よく分かんないけども(笑)。つまりその手の反論に対しては、どうしたって「はい、在日26世です」みたいな言い方になってしまうでしょう。つまりそこで議論の質が著しく低下するわけです。僕も含めて。そんなところで言葉を消費しなければならなくなるというジレンマがあります。京都朝鮮学校事件では、「キムチ臭い」とか「ウンコでも喰ってろ」という言葉が在特会から浴びせられたわけだけど、これに対してどんな議論ができるのか。もし僕が活動家だったら、「そんなヤツと議論はできない」で終わりです。ただ、僕はジャーナリストであり取材者だから、「ウンコ喰え」と言われたら、やっぱ僕はそれを言った人間にに食らいつきます。どんなうんこを喰ったらいいのか、ウンコを食うとどんな味なのか、お前はウンコを喰ったことがあるのか、というような低劣な議論から僕は始めても構わないと思います。

ノンフィクションライター

1965年愛知県生まれ。高校時代より社会運動にかかわりながら、取材者の道へ。著書に、『殺された側の論理 犯罪被害者遺族が望む「罰」と「権利」』(講談社プラスアルファ文庫)、『光市母子殺害事件』(本村洋氏、宮崎哲弥氏と共著・文庫ぎんが堂)「壁を越えていく力 」(講談社)、『少年A被害者遺族の慟哭』(小学館新書)、『体罰はなぜなくならないのか』(幻冬舎新書)、『死刑のある国ニッポン』(森達也氏との対話・河出文庫)、『沖縄アンダーグラウンド』(講談社)など著書・対談等50冊以上。愛知淑徳大学非常勤講師として「ノンフィクション論」等を語る。ラジオのパーソナリティやテレビのコメンテーターもつとめてきた。

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