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「子どもの権利」の視点から考える少年事件報道・平野裕二氏との対話(第一回)

藤井誠二ノンフィクションライター

今年2月神奈川県川崎市で13歳の少年が殺害される事件が起きた。加害者は17~18歳の少年3人で、主犯は18歳の男だとされる。この事件は連日おおきく報道され、週刊誌は確信犯的に実名報道をおこない、ネット動画投稿サイトには容疑者宅の前から中継する動画も投稿された。この事件の「展開」について、かつて私も活動をともにしていた、国連の子どもの権利委員会を初回から傍聴、日本に伝え続けてきた平野裕二(アークARC Action for the Rights of Children 主宰http://www26.atwiki.jp/childrights/ )と意見を交換した。18~19歳の少年の「実名報道」について議論がかまびすしいが、私と平野の考え方の差異や同調する点を「議論するための前提知識」として、吟味しながら読んでいただきたい。

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■少年法61条で「少年」のプライバシーを守ることは必要か、必要でないか

■司法判断は少年法61条をどう見ているのか

■「社会の正当な関心事」という判決の曖昧な表現

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■少年法61条で「少年」のプライバシーを守ることは必要か、必要でないか■

藤井:

名古屋でまた「人を殺してみたかった」と動機を語る事件が、昨年3月の佐世保に続いて起きたね。名古屋大学に通う19歳の女子学生が、宗教の勧誘に来ていた老女を手斧で殴り、マフラーで絞殺、風呂場の洗い場に死体を放置したまま宮城県の実家に帰省していた事件だ。女子大学生は本名の姓でツイッターアカウントを取っていて、「ついにやった。」などと犯行当日に書き込んでいたんだ。

平野:

容疑者の女子学生は鑑定留置が行なわれることになったようだね。佐世保事件の容疑者も、捜査段階で約5か月間鑑定留置された後、家裁に送致されてからあらためて精神鑑定の実施が決まったそうだけど。

藤井:

週刊誌の実名報道はお家芸みたいになっているけど、学生の写真と実名を「週刊新潮」(2015.2.12号)が報じた。少年法第61条には、〔家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢、職業、住居、容貌(ようぼう)等によりその者が当該事件の本人であること推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない〕と書かれている。新潮は確信犯的に報じた。

平野:

文言上は捜査段階には適用されないようにも読めるけど、実際には捜査段階から適用されると一般に解釈されているね。子どもの権利条約40条2項(b)(vii)でも、「手続きのすべての段階」で少年のプライバシーが尊重されなければならないと規定されているから、そう解釈するのが妥当だと思う。週刊誌の実名報道は少年法や条約の趣旨に反していると言えるだろう。そもそも刑事責任が問えるかどうかも定かでない段階では、なおさらではないかな。

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■司法判断は少年法61条をどう見ているのか■

藤井:

新潮は「家裁の審判に付された」前か後かというのは問題にしてないと思うよ。ずばり家裁送致か捜査段階であれ、実名でいくという姿勢だ。「週刊新潮」は自分たちがかつて訴えられた事件の判決を引いて、少年法61条は形骸化していると前置きしてるしね。それは、新潮社がかつて「新潮45」で報じた「堺市通り魔殺傷事件」の加害少年の実名を報じたことに対する裁判の判例だ。事件は1998年に当時19歳の少年がシンナーで幻覚状態になった状態で、通りかかった幼稚園児ら3名を殺傷した凄惨な事件だった。少年本人が、記事を執筆したノンフィクション作家・高山文彦氏と新潮社に対して損害賠償請求と謝罪広告を求めていた裁判。一審の大阪地裁は、少年法61条に基づいて大筋で少年の主張を認め、「成人に近い年齢であったからといって、少年に該当する年齢であった原告を他の少年と区別すべき理由となしうるもの」ではないとし、「法的保護に値する利益を上廻る公益上の特段の必要性」も認めなかったけれど、同時に「例外なく直ちに被掲載者に対する不法行為を構成するとまでは解しえない」と不法行為ではないとも含みを残した判決を書いた。

平野:

戦前の旧少年法74条では少年事件に関する報道が1年以下の禁固または罰金という罰則付きで禁止されていたけど、日本国憲法下で制定された現行少年法では表現の自由の兼ね合いから罰則を設けなかった。大阪地裁はそのあたりも考慮して、少年のプライバシー権と表現の自由のバランスをとろうとしたのだと思う。

藤井:

ところが大阪高裁はこれをひっくり返し、「表現の自由とプライバシー権等の侵害との調整においては、表現行為が社会の正当な関心事であり、かつその表現内容・方法が不当なものでない場合には、その表現行為は違法性を欠き、違法なプライバシー権等の侵害とはならないと解するのが相当である」と判断して、社会公益性の方が上回るという判断をしたよね。そして、少年法61条については、「同条が少年時に罪を犯した少年に対し実名で報道されない権利を付与していると解することはできない」とし、原告に対する権利侵害を認めなかった。また、少年の将来の更生の妨げになるという主張に対しては、地域住民は記事の出る前から知っていたであろうこと、地域住民以外の人は少年の実名をずっと記憶しているとは思えず、それが(更生の)妨げに直結することはなく、報道が更生の妨げとなる立証がされてないとも判断した。この判決で「週刊新潮」は自信満々になった。上告しなかったのは加害少年が取り下げたせいで、重視するべきではないという専門家の意見もあるが、君はどう思う?

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■「社会の正当な関心事」という判決の曖昧な表現■

平野:

その大阪高裁判決にはいろいろと疑問がある。そもそも社会の「正当な」関心とは何か。少年の実名や容貌を広く知らせることが公益にどのように役立つのか。大阪高裁判決は「実名報道が更生を妨げる可能性が抽象的にはある」ことを認めつつ、それが具体的に立証されていないとして少年の請求を退けたわけだけど、むしろ「社会の正当な関心事」とか「公益」の捉え方こそが抽象的になっているのではないかな。実名や容貌がわからなければ事件について議論できないということはまったくないと思う。それに、大阪高裁も、無罪推定の原則や社会復帰の可能性という観点からすれば、成人であろうが少年であろうが本来は匿名報道の方が望ましいことを認めているんだよね。浅野健一さんのように成人の犯罪も匿名報道を原則にすべきだという主張を続けてきた人もいるけど、少なくとも少年の場合、実名報道の必要性・公益性を認めるためにはかなり具体的かつ強力な論拠が必要だと思う。

藤井:

「正当な関心事」とはいったい誰が決めるのかという違和感はぼくもある。被害者が命を奪われるような事件は本来ならすべてが「社会の関心事」にならなければならないはずないなんだ。それを誰がどういう基準で決めるのかということはとても曖昧だ。ぼくは少年法61条はかなり形骸化しているのが現実だと思う。61条は罰則をもうけていない「要望的」な条項だけれど、実質的にはメディアの自主判断になっていて、例外なく61条が少年の「保護権益」を守るためにはたらくとは限らないということだよね。さきの堺市通り魔事件判決や、「木曽川・長良川リンチ殺人事件」の加害者が訴えた件では、加害者の一人が実名報道をした「週刊文春」を訴えたけど、けっきょく最高裁判決で高裁に差し戻されて、高裁で原告の訴えは退けられる結果になった。最高裁が示したのは、〔少年法61条が禁止しているいわゆる推知報道に当たるか否かは,その記事等により,不特定多数の一般人がその者を当該事件の本人であると推知することができるかどうかを基準にして判断すべき〕ということと、〔犯行時少年であった者の犯行態様,経歴等を記載した記事を実名類似の仮名を用いて週刊誌に掲載したことにつき,その記事が少年法61条に違反するとした上,同条により保護される少年の権利ないし法的利益より明らかに社会的利益の擁護が優先する特段の事情がないとして,直ちに,名誉又はプライバシーの侵害による損害賠償責任を肯定した原審の判断には,被侵害利益ごとに違法性阻却事由の有無を個別具体的に審理判断しなかった違法がある〕ということだった。少なくとも加害者が18~19歳の起こした事件については少年法61条は必ずしも厳格ではないと司法が反断していると言ってもいいんじゃないかな。

(次回へ続く)

※本記事は公式メールマガジン「The Interviews High (インタビューズハイ)」の3月12日に配信したものです。

ノンフィクションライター

1965年愛知県生まれ。高校時代より社会運動にかかわりながら、取材者の道へ。著書に、『殺された側の論理 犯罪被害者遺族が望む「罰」と「権利」』(講談社プラスアルファ文庫)、『光市母子殺害事件』(本村洋氏、宮崎哲弥氏と共著・文庫ぎんが堂)「壁を越えていく力 」(講談社)、『少年A被害者遺族の慟哭』(小学館新書)、『体罰はなぜなくならないのか』(幻冬舎新書)、『死刑のある国ニッポン』(森達也氏との対話・河出文庫)、『沖縄アンダーグラウンド』(講談社)など著書・対談等50冊以上。愛知淑徳大学非常勤講師として「ノンフィクション論」等を語る。ラジオのパーソナリティやテレビのコメンテーターもつとめてきた。

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