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沖縄の基地問題を考えるためのヒント 樋口耕太郎×藤井誠二 (3)

藤井誠二ノンフィクションライター

■補助金を必要とする人たち

■浦添市長は浦添新軍港について何の決定権もじつはなかった

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■補助金を必要とする人たち■

藤井:

そのあたりは沖縄らしいというと叱られるかもしれませんが、狭い共同体の中で外来者を徹底的に裏でつぶすやり方ですね。

樋口:

誰が僕の人事を止めたのかはだいたい分かっています。狭い沖縄で、いろんな話が筒抜けですから。浦添市役所はいまだに前市長の儀間さんの影響が強く、新しい松本市長が「こうやってくれ」と言っても、すぐには動かない。長い間に築かれた多様な関係がきっとあるのでしょう。そんな訳で僕の人事は半年くらい内定状態のままで放置された。松本市長も僕と接触するとさらに不都合になるという状況だったのでしょう。お忍びに近い形で何度か会いにきて頂きましたが、会話がまったく煮え切らない。松本市長にはきちんとしたビジョンがなかったことも原因のひとつなのですが、僕が彼を困らせているような気がしたので、最終的にはぼくのほうから辞退した訳です。

一連のそういった経験の中で、何故埋め立てが止まらないのか、肌身で理解したところがあります。先程も言ったように、8千億円という大事業がかかっていたら、樋口がどう言っている、松本市長がどう言っている、なんて小さな話なんです。彼らがどんな意見で、どんな立場であろうと知った事か、とにかく彼らを止めろ、という発想になるのは当然でしょう。埋め立てさえ進めば、街のクオリティにはそれほどこだわらない。綺麗な海を残すよりも、ともかく新たな土地を作るのだ、という考えが中心にものごとが動くわけです。その為に彼らは彼らで全力を出して戦っている訳ですから。この人達は例えば「20年後に社会が求める街づくり」というような発想はほとんど持っていない、というよりも周囲との関係で持てないのではないでしょうか。とにかく埋立て事業を進めることが最優先なのだなということがわかりました。

しかも沖縄では、土木建築事業の最大95パーセントは沖縄振興予算で賄われますから、自治体の懐はあまり痛まない。浦添新軍港受け入れは、振興のための補助金を獲得する手段としては絶好といえます。「長い時間をかけて埋め立て計画を進めてきて、ようやくこれから金になるという時に潰すのか」という怒りも起きる。その気持ちは理解できます。

藤井:松本市長の「変節」は内地ではかなり報道されました。最終的に今年(2014年)になってから、翁長県政がスタートしてから内地でもニュースは流れましたけれど、松本市長は軍港受け入れを正式に表明しましたね。

http://www.sankei.com/politics/news/150420/plt1504200021-n1.html

松本市長は苦渋の選択をしたということを言っていましたが、利権絡みの圧力がそうとうあったということは予想できたことです。

樋口:

松本市長の特徴は、浦添新軍港の受け入れか反対かについて、自分自身の強い意見や信念がないということでしょう。「沖縄県知事だった仲井眞さんや翁長市長が軍港は浦添でなくても構わないという姿勢をとったから、僕も軍港受け入れに反対した」、と繰り返し発言しています。それなのに当選した瞬間に彼らは「手のひらを返しちゃった」から、梯子を外されて困っているのは私の方なのだという説明をしている訳です。

藤井:

このあたりの経緯は「ポリタス」で樋口さんが書かれています。

http://politas.jp/features/2/article/157

当選後、少しずつ公約を撤回するかたちで自民党寄りになっていくところまで樋口さんはお書きになっていましたが、翁長さんもこうなる可能性もゼロではないという、ただ手放しで喜んでいるだけではいけないという冷静なメッセージでした。

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■浦添市長は浦添新軍港について何の決定権もじつはなかった■

樋口:

沖縄は今、辺野古基地建設反対の強い風が吹いています。翁長さんの皆の心を動かしている言葉は、「沖縄に基地を作らせない」、「ウチナンチュは今まで自ら進んで基地のために土地を提供した事は無いのだ」という二つ。こういったフレーズがものすごく人の心を打っている。

僕は、翁長知事は浦添新軍港の建設について、遠からず明確に反対だと言わざるを得なくなると思います。今のところ、「沖縄タイムス」も「琉球新報」もこの問題を積極的に取り上げない。翁長さんが十数年前から浦添新軍港への移設を推進してきたこれまでのことはいいとしても、今現在に至っても、推進の立場を変えていないにもかかわらず、です。それに関して彼もほとんどコメントしないし、メディアも県議会の野党もほとんど沈黙していて、表面化していないので、この問題の存在自体に気付いていない人がほとんどではないでしょうか。

藤井:

地元記者と何人か懇談したのですけれど、触らないようにしているようです。

樋口:

これもあまり知られていないことですが、あの那覇軍港の浦添地先への移転、つまり浦添新軍港を決める当事者というのは、那覇市ではないのです。浦添市でも、沖縄県でもありません。

藤井:

別の組織があるのですね。

樋口:

那覇市、浦添市、沖縄県とはまた別に、「那覇港管理組合」という名称を聞いた事はひょっとしたらあるかも知れないけれど、あそこの海岸沿いから海にかけては、いわばもう一つの「海の自治体」があるのです。首長がいて議会がある、ガバナンスも自治体そのもの。「管理組合」の議会は10票から成っていて、5票が沖縄県、3票が那覇市、2票が浦添市のそれぞれ選出の県議、市議が議員になって、那覇と浦添の海岸から海にかけて、政府と相談しながら、開発、運営の全てを決めている訳です。だから那覇市も浦添市も沖縄県も直接の意味では権限がありません。松本さんも軍港受け入れ反対を目玉の公約にして当選したのは良いのだけれど、この人は当事者ではないのです。

藤井:

決定権がない訳ですね。じゃあ、なぜ軍港受け入れ反対を公約にしちゃったのか。松本さんが意見を言う事は出来るけれど、公約にするのもおかしな話です。

樋口:

松本さんはそういう事を知らずに、軍港受け入れ反対の立場を取ってしまったのではないかな。たぶん市長になった後で、「実は自分は何も出来ないじゃないか」、と気がついた。だから、公約を守って進むのも困難、退くのも困難という状態になってしまった。福祉事業出身の松本さんにそういう行政知識はなかったと思います。

「那覇港管理組合」という「海の自治体」の評決権は県が5 、那覇市が3。すなわち翁長さんが実質的に8割の票を持っているに等しいのです。那覇市の3票は翁長さんの「後継者」である城間幹子市長が持っていますので。なおかつこの組織上のトップ、いわゆる「首長」に該当する人間は翁長さん自身なのです。あとは常勤の管理者として、実務のトップに該当するのは、沖縄県の土木畑の金城勉さんという方がなっています。これも沖縄県の方。

藤井:

金城勉さんは公明党ですね。政府では与党ですがウェブサイトを見ると、与党的ではない意見を表明されていて、翁長さんと近いですね。翁長さんは事実上、辺野古反対でやっているけれど、那覇新軍港はオーケーの立場なのだから、というか、那覇軍港には明確にノーと言っていないから、ある意味でダブルスタンダードをやっているということなのですね。

樋口:

浦添新軍港に関しては翁長さんが事実上一人で決められる、というより、この軍港の話を進めているのは、彼が当事者そのものなのです。誰と相談しなきゃいけないとか、権限が曖昧なのではなくて、とてつもなくはっきりした権限者なのです。

(4)へ続く(本対談は2015年7月に有料メルマガ「The Interviews High (インタビューズハイ)」で配信したものを再掲しています)

ノンフィクションライター

1965年愛知県生まれ。高校時代より社会運動にかかわりながら、取材者の道へ。著書に、『殺された側の論理 犯罪被害者遺族が望む「罰」と「権利」』(講談社プラスアルファ文庫)、『光市母子殺害事件』(本村洋氏、宮崎哲弥氏と共著・文庫ぎんが堂)「壁を越えていく力 」(講談社)、『少年A被害者遺族の慟哭』(小学館新書)、『体罰はなぜなくならないのか』(幻冬舎新書)、『死刑のある国ニッポン』(森達也氏との対話・河出文庫)、『沖縄アンダーグラウンド』(講談社)など著書・対談等50冊以上。愛知淑徳大学非常勤講師として「ノンフィクション論」等を語る。ラジオのパーソナリティやテレビのコメンテーターもつとめてきた。

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