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理解できないレイプ犯罪を「庇う」弁護士の「論理」

藤井誠二ノンフィクションライター
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

俳優の高畑裕太氏(22)の示談成立後の釈放を受け、高畑の担当弁護士がFAXで出した説明文を読んで唖然とした。弁護人の説明は次の通りだ。(参照・弁護士説明全文)

今回、高畑裕太さんが不起訴・釈放となりました。

これには、被害者とされた女性との示談成立が考慮されたことは事実と思います。しかし、ご存知のとおり、強姦致傷罪は被害者の告訴がなくても起訴できる重大犯罪であり、悪質性が低いとか、犯罪の成立が疑わしいなどの事情ない限り、起訴は免れません。お金を払えば勘弁してもらえるなどという簡単なものではありません。

一般論として、当初は、同意のもとに性行為が始まっても、強姦になる場合があります。すなわち、途中で、女性の方が拒否した場合に、その後の態様によっては強姦罪になる場合もあります。

このような場合には、男性の方に、女性の拒否の意思が伝わったかどうかという問題があります。伝わっていなければ、故意がないので犯罪にはなりません。もっとも、このようなタイプではなく、当初から、脅迫や暴力を用いて女性が抵抗できない状態にして、無理矢理性行為を行うタイプの事件があり、これは明らかに強姦罪が成立します。違法性の顕著な悪質な強姦罪と言えます。

私どもは高畑裕太さんの話は繰り返し聞いていますが、他の関係者の話を聞くことはできませんでしたので、事実関係を解明することはできておりません。

しかしながら、知り得た事実関係に照らせば、高畑裕太さんの方では合意があるものと思っていた可能性が高く、少なくとも、逮捕時報道にあるような、電話で「部屋に歯ブラシを持ってきて」と呼びつけていきなり引きずり込んだ、などという事実はなかったと考えております。つまり、先ほど述べたような、違法性の顕著な悪質な事件ではなかったし、仮に、起訴されて裁判になっていれば、無罪主張をしたと思われた事件であります。以上のこともあり、不起訴という結論に至ったと考えております。

高畑裕太さんは、心身ともに不調を来していることから、しばらくの間入院されるということです。

高畑本人だけの言い分を聞いただけで、釈放と同時にこれまで報道された事実関係を公に真っ向から否定するとは開いた口がふさがらない。推定無罪の原則を考慮しても、さらに被疑者の利益を守る弁護士という立場──被疑者の言い分だけ百パーセント信じるのが当たり前なのかもしれないが──裁判で事実を争ってもいないのに、こう表現してしまうメンタリティを疑う。

被害者は示談には応じたが、それは高畑氏がシロになったこととは違う。私の取材経験でも、性犯罪の場合、刑事裁判で被害を受けたことを法廷であれこれ聞かれることが嫌で──いまはビデオリンク方式等、法廷に顔をさらさないで証言する方法も導入されているが──被害者が示談に応じやすいという傾向が以前からある。そうした「事情」を利用してか、性犯罪の示談のプロをうたう弁護士事務所もあり、かつて私は問題にしたことがある。

また、性犯罪の被害者が裁判員裁判で裁判員に顔を知られるのを恐れて、性犯罪の起訴率が明確に低下しているという現実も生じている。

2012年5月23日の朝日新聞は、裁判員裁判の対象となる強姦致死傷、強制わいせつ致死傷、集団強姦致死傷の起訴率は、2005年と2010年を比較すると、72%から43%へ大きく落ち込んだことを報じていた。

皮肉なことに、裁判員裁判により性犯罪がさらに刑事罰等から逃れるような現象が起きており、こういう背景からも示談に持ち込む作戦を取る弁護士が増えた。性犯罪の示談の背景には、こうしたことがあるのを私たちは知らねばならないだろう。

ちなみに強姦致傷の法定刑は「無期、または5~30年の有期懲役」。もし、 高畑が刑事裁判に付されていたら、判例等から考えても、実刑6~8年の可能性が高かっただろう。

そして、以下の「説明」部分は長年にわたって事件取材をおこない、とくに犯罪被害者の声なき声を拾い集めてきた立場としては、看過できないものがある。

一般論として、当初は、同意のもとに性行為が始まっても、強姦になる場合があります。すなわち、途中で、女性の方が拒否した場合に、その後の態様によっては強姦罪になる場合もあります。このような場合には、男性の方に、女性の拒否の意思が伝わったかどうかという問題があります。伝わっていなければ、故意がないので犯罪にはなりません。

もちろん、「合意」があったとしても、途中から様子がおかしくなったのに気づいて、それでも無理矢理に性行為を続けたら故意は認定される。当然のことだ。しかし、合意か非合意が争われる性犯罪事件では、こうした「故意」を認めさせることは簡単ではないことは誰にでもわかるはずだ。

しかし、さきの「説明文」にあるように、被害者が拒否の意思を伝えたのにもかかわらず、「伝わってない」「聞いてない」となれば、犯罪にはならないのだろうか。つまり合意があると勝手に思い込んだら「勝ち」なのか。

こんないくらでも言い繕うことかできるロジックはバカバカしい上に、ほんとうに法律家の書いた文章なのか疑わしくなるほどだ。性犯罪の恐ろしさを知らない者が法律論の教科書をコピーするように書いたのだろうか。

被害者が意思を表明できない障害を持っていたり、表明できない心身の状況下にあったり、恐怖で打ち震えることしかできない子どもだったりした場合も該当するのか。そういった例を私は取材をして、泣き寝入りを強いられてきた被害者の事例をいくつも私は見てきた。死人に口なしに近い、被害を訴えにくい性犯罪の被害者の魂をさらに踏みにじる「論理」である。

刑事事件の被疑者の利益を代弁する弁護士の言葉や論理展開は時として、法律用語を並べ立てて煙に巻くようなものだったり、依頼人の一方的な言い分を「法律」的にうまく言い繕ったものであったりする。

それも彼らの仕事なのだろうが、被害を受けた生身の人間がいることが忘れられているのでないか。事件取材をしていて、私はいつも思う。

ノンフィクションライター

1965年愛知県生まれ。高校時代より社会運動にかかわりながら、取材者の道へ。著書に、『殺された側の論理 犯罪被害者遺族が望む「罰」と「権利」』(講談社プラスアルファ文庫)、『光市母子殺害事件』(本村洋氏、宮崎哲弥氏と共著・文庫ぎんが堂)「壁を越えていく力 」(講談社)、『少年A被害者遺族の慟哭』(小学館新書)、『体罰はなぜなくならないのか』(幻冬舎新書)、『死刑のある国ニッポン』(森達也氏との対話・河出文庫)、『沖縄アンダーグラウンド』(講談社)など著書・対談等50冊以上。愛知淑徳大学非常勤講師として「ノンフィクション論」等を語る。ラジオのパーソナリティやテレビのコメンテーターもつとめてきた。

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