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インドとの国境閉鎖で危機的状況に…苦境に立つネパールの妊産婦と子どもたち

藤村美里TVディレクター、ライター
この子が病気にならないことを祈るだけです、と話す母親(撮影:東海林美紀)

今年4月、マグニチュード7.8の地震により甚大な被害を受けたネパールの首都カトマンズ。乾季に入り、早朝の最低気温は5℃前後という寒い時期を迎えている。

しかし、今年は部屋を暖かくすることもままならない。地震から半年以上が経つ今、再び極度の物資不足に陥っているのだ。

実は、ネパール政府が提案した新憲法をめぐり、南部インドとの国境が今年9月から封鎖状態となっている。医薬品や生活必需品をはじめ、ガソリンやガスなどもインドに頼っているネパールでは、市民の生活も様変わりしていた。

インドとの国境封鎖で、街からガソリンが消えた

新憲法の反対派が国境付近で抗議活動を行っているために、インドとネパールを結ぶメインルートがストップ。輸入している物資がほとんど入ってこないという今の状況は、今年9月から既に3ヶ月も続いている。

大きな地震が起きてからまだ半年、さらに一年で最も寒い時期がすぐそこに迫っているにもかかわらず、ガソリンや医薬品の不足から、支援もままならない。日本のNGOとして妊産婦支援を続けているジョイセフの小野美智代さんは危機的状況だと話す。

「インドからの物流は、通常時の20%しか入ってきていません。国境は全て封鎖されたわけではなく、止まっているのはメインのパイプラインだけ。そのため、別ルートから入ってくる20%に頼っている状況なのですが、それらは政府系の病院に優先的に回っていたり、ブラックマーケット(闇市)に高値で売られていたりするのです。市場で偽物のガソリンが売られていて、それを使った車が故障するというトラブルも。市民はとても苦しい生活を強いられています。」

長蛇の列に並んでも、明日ガソリンが手に入るかは分からない(撮影:東海林美紀)
長蛇の列に並んでも、明日ガソリンが手に入るかは分からない(撮影:東海林美紀)

首都カトマンズでは、ガソリンを得るために列をなすバイクや車が何十台も並んでいる。聞くと、バスの日、車の日、バイクの日と決まっているため、配給があるのは翌日だという。

このまま24時間以上も待つことになるため、車だけを置き去りにしていなくなるドライバーも続出。バイクや車が溢れ、道をふさいでいる。

「自家用車を走らせるためのガソリンはない。でも、公共交通のバスも本数が減っています。市民はぎゅうぎゅう詰めのバスに入れず、バスの上にも乗るしかない状況です。避難している人が多い地域で、巡回診療をやろうとしているのですが、医薬品が来ないので、渡せる薬が無い。ガソリンが高騰しているために、巡回する車も簡単には出せません。(小野さん)」

震災前のバクタブル 歴史的な建物も多い街だった(撮影:ジョイセフ)
震災前のバクタブル 歴史的な建物も多い街だった(撮影:ジョイセフ)
震災後のバクタブル まるで爆撃を受けたかのような街並みになっている(撮影:東海林美紀)
震災後のバクタブル まるで爆撃を受けたかのような街並みになっている(撮影:東海林美紀)

地震後、身を寄せ合って暮らすのはベニヤ板の仮設住宅

首都カトマンズの南にある、古都バクタブル。ここも地震で大きな被害を受け、多くの建物が崩れたままになっている街のひとつだ。

仮設住宅で暮らす人々は、インドの国境封鎖により、ガスさえも使えなくなった。以前は、一軒にひとつはあったというガスタンク。震災後は、数軒の仮設住宅にひとつ置いてある状態だったが、それも今では空きタンクになっている。

ネパールでは雨季の水力発電に頼っているため、通常であっても乾季の時期は節電モード。今年はそこにガソリンやガスの不足が追い打ちをかけた。

薪を運ぶ女性。とうもろこしの皮や藁のかけらなども使って火を燃やすという
薪を運ぶ女性。とうもろこしの皮や藁のかけらなども使って火を燃やすという

「そもそも、ネパールの仮設住宅は、日本の仮設住宅とは大きく違います。海外からの支援で立っているのは、ベニヤ板での仮設住宅やテント。夏の間だけオープンする海の家のようなベニヤ板で建てられた簡易的な建物です。当然、風も雨も入ってくるので、雨季の間は雨漏りで部屋の中がぐちゃぐちゃになっていたほど。そこに3世帯が同居していることが多く、妊婦や赤ちゃんたちも、衛生状況が良くないところで暮らしているのが現状です。」

そう語る小野さんは、先週1週間かけて妊産婦へのインタビューを行った。彼女達、そして何よりもお腹にいる赤ちゃんを救うために何ができるのか、把握する必要があった。

物資不足の中での出産は、生命の危機につながる

先月末、ユニセフが発表した報告によると、ネパールの5歳未満児 300人以上が病気や命の危機にあり、今後2ヶ月で12万5000人の新生児が特に危険な状態にあるという。

標高が高い地域では、燃料不足で暖をとれないと、体温調整できない新生児の命も守れない。これは、妊産婦や子どもなどにとっては大きな問題だ。

現在、妊娠9ヶ月のAmita(22歳)さんは、医薬品の不足から帝王切開の手術はできないと医師に言われてしまった。初産なので右も左も分からないが、とにかく自分の出産に異常がないことを祈るしかない。たとえ異常があったとしても、ガソリンがないので車で町の病院には行けないのだ。もしものときにはどうしたら…今から不安でいっぱいだという。

また、1歳2ヶ月の赤ちゃんがいるSagorさん(26歳)は、我が子の病気を心配していた。「病院にはスタッフもいないし、薬も無いし、ガソリンがない中、車に乗れないから病院に連れていけない。連れて行ったとしても何もしてもらえない。病気になったらどうすればいいのか…。」

乾季に入り、雨が降らなくなったネパールは、感染症が流行する時期に入った。普通の風邪はもちろん、インフルエンザ、マイコプラズマ肺炎などに罹患する可能性があるという。

それに加えて、震災で家を失い、ひとつの仮設住宅に三世帯以上が暮らすケースも少なくない。感染症も蔓延する下地がある中、妊婦も赤ちゃんもそこにいなければならないのだ。

「ネパールは自宅出産も多いですし、血(月経・出産)=不浄というイメージで、それに伴う古くからの慣習が根強く残っている地域も少なくありません。震災後から続く非常事態を前に、妊産婦や小さい子どもにとっては特に厳しい環境だと思います。医薬品がなかなか揃わず、仮設での巡回診療は遅れていますが、石けんや生理用品などと冬用のセーター、授乳服兼用サリーなども入れた女性支援キットを配布する支援を続けています。震災から半年以上が過ぎていますが、現在も震災以上に苦しい状況だということを知ってもらいたいと思っています。(小野さん)」

一時的だという見方もあったネパールとインドの国境封鎖だが、3ヶ月以上も続いたことで、妊産婦や子どもたちを中心に市民が苦境に立たされている。

子どもの命に政治情勢は関係ない。せめて、緊急物資の支援については例外を認めるなどの対応ができないだろうか。

現地は既に寒い時期を迎えている。ゆっくり待っているだけの余裕は、ない。

TVディレクター、ライター

早稲田大学卒業後、テレビ局入社。報道情報番組やドキュメンタリー番組でディレクターを務める。2008年に第一子出産後、児童虐待・保育問題・周産期医療・不妊医療などを母親の視点で報道。2013年より海外在住。海外育児や国際バカロレア教育についても、東京と海外を行き来しながら取材を続ける。テレビ番組や東洋経済オンラインなどの媒体で取材・執筆するほか、日経DUALにて「働くママ1000人インタビュー」などを連載中。働く母たちが集まる場「Workingmama party」「Women’s Lounge」 主宰。Global Moms Network コアメンバー。

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