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野田首相「やりましょう解散」の衝撃

藤代裕之ジャーナリスト

結論が分かっているドラマは大概つまらない。「近いうちに」と言い続けてなかなか解散せず、「嘘つき」とすら呼ばれていた野田佳彦首相が自民党の安倍晋三総裁との党首討論で電撃的に解散を表明した。野田首相の余裕と迫力、たじろぐ安倍総裁、信じがたいといった様子の議員、終始ニヤニヤしている前原氏。結論が分かっているからこそドラマが際立つ。

討論は、首相の激務をねぎらい「たまには総理のチャーミングな笑顔が見たい」と安倍総裁が切り出す。余裕すら感じられる。

それに対して野田首相は「皆さんが作ってきた負の遺産が大きすぎて三年間で解消できない」「借金の山という負の遺産もありました」といきなり厳しい言葉を返し、「近いうちにこの討論中で明らかにしたい」と予告する。だが、まさか本当に解散宣言するとは思えない雰囲気だ。

定数削減と議員歳費の削減を条件に「今週末の16日に解散していいと思っています。国民の前に約束して下さい」と野田首相が迫るのは13分ごろ。安倍総裁は「民主党というのは改めて思いつきのポピュリスト政党」と返答。少数政党のために議論しようと言う安倍総裁に対して、野田首相は「明快な答えをいただいていない。16日に解散します。やりましょう」と日付を明らかにする。

「おお」と小さなどよめき(決して大きくない)が起き、やじもストップ、拍手もまばら。安倍総裁は「16日に選挙をする、約束ですね、約束ですね、よろしいんですね、よろしいんですね」と繰り返していて、焦っているようにも見える。ここにきてようやく野田首相の本気が明らかになる。

予告がじわじわと明らかになっていく。結論が分かっているから見ている側は緊張感が高まる。この展開は新聞記事や討論の概要では伝わらないし、テレビの過剰演出の映像でも分からない。サッカー中継を終えたテレビ朝日の報道ステーションがノーカットで報道したのは英断だったが、紙面や番組時間に制限があるマスメディアではどうしても短く編集されてしまう。生中継とアーカイブがあるソーシャルメディア時代だからこそ、有権者もドラマを目撃することができる。

それにしても野田首相は想像以上に戦略的だ。

「やりましょう!」といえばソフトバンクの孫正義社長だが、野田首相のやりましょうは選挙やりましょうだ。安倍総裁が提案を受け入れたが、もし拒否すれば自民党は解散を求めていたのに定数削減と議員歳費を迫られて反対した立場に追い込まれる。定数削減と議員歳費は政治不信が高まる有権者の理解を得やすいアジェンダで、これに反対すると政治の既得権益者と見られてしまう可能性もある。これは野党だけでなく民主党内の批判を封じ込めるにも効果がある。

さらに、迫力ある決断は、ろれつが回らないといった体調不良を払拭した。そして何よりも「嘘つき」ではなくなった。討論で、小学時代の通知表に『野田君は正直の上にバカがつく』と書いてあったので父親にほめられたとのエピソードを紹介したのも、野田首相の真面目なイメージを強調したものになるだろう。

自らをガリレオになぞらえ、自民党をぶっ壊すと郵政解散を行った小泉純一郎氏は、これからの改革を有権者に期待させる手法だったが、野田首相は、社会保障と税の一体改革を進めた上に、定数削減と議員歳費も飲ませた実績で勝負するのだろう。第三極はなかなか対立軸が作りにくい。おまけに、討論の中で「残念ながら『トラスト・ミー』という言葉が軽くなってしまった」と鳩山由紀夫首相へも打撃を与えていた。「やりましょう解散」の衝撃はじわじわくる。

歴史に残る解散といえば、郵政解散や1953年の吉田茂のバカヤロー解散などがある。「やりましょう解散」が歴史に残るかは今後の選挙戦の結果次第だろうが、まずは有権者は党首討論の動画を見ておいたほうがいい。

【党首討論の動画について】

「Yahoo!みんなの政治」の国会中継(Ustream)だと動画が分割されずに見ることができます

ジャーナリスト

徳島新聞社で記者として、司法・警察、地方自治などを取材。NTTレゾナントで新サービス立ち上げや研究開発支援担当を経て、法政大学社会学部メディア社会学科。同大学院社会学研究科長。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)代表運営委員。ソーシャルメディアによって変化する、メディアやジャーナリズムを取材、研究しています。著書に『フェイクニュースの生態系』『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』など。

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