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ソーシャルメディアの実名暴き「私刑」の連鎖がヘイトを生む

藤代裕之ジャーナリスト
地方紙支社の報道部長のTwitterは実名を晒された後に非公開となった

地方紙支社の報道部長が弁護士に対してTwitter上で暴言を繰り返したことで謝罪しました。ネットのニュースサイトだけでなく、全国紙も記事にして、一時Yahoo!ニュースのトップページに掲載されていました。部長はTwitterを匿名で利用していましたが、ネットユーザーの情報提供と弁護士の確認によって社名と肩書、実名が明らかになり、社会的な制裁を受けることになりました。

匿名に隠れ、弁護士に対して酷い発言を何度も繰り返した部長の行動は、何ら擁護する余地はありませんし、報道に関わる人間、それも管理職が、「四肢を切断せよ」といった酷い言葉をツイートしたり、「クソ」や「バカ」といった言葉を弁護士に投げつけたり、事務所の場所や電話番号をネットに書くことを匂わせ恫喝した事実は記録され、検証されるべきです。地方紙は、部長の行為を特例とすることなく、報道に携わる心構えを研修するなど対応をとる必要があります。この問題はソーシャルメディアによって起きたのではなく、人間の問題だからです。

一方、弁護士の対応にも問題があると考えます。いくら、激しく粘着されても、恫喝があっても、同じことをしても良いわけではありません。社名と実名、Facebookアカウント、携帯電話番号(一部を伏せ字にしたもの)をTwitterで晒しあげ、社会的制裁を行うのは「私刑」です。

例え人が罪を犯しても再生できる社会であるべきだし、その実現のために多くの人が心を砕いています。まだ罪も確定していないに、実名を晒しあげ、ネットに半永久的に刻み込めば、部長やその家族の人生にも影響が出るでしょう。「私刑」が許されるなら法の意味はありません。本人を確認し、問題を指摘するのは手間がかかりますが、法に従い、手続きを進めるべきです。

ネット私刑については、2008年1月に日経IT-PLUSに書いたものがあります。マスメディアが私刑を助長しているのではないかと指摘し、事あるごとにネットメディアやマスメディアが安易にウェブの炎上、個人情報を検証せずに取り上げることに警鐘を鳴らしています。

ただ、誰もが情報発信できる時代。メディアパワーを持つのは、マスメディアだけではありません。誰もが私刑の引き金を引くことができるのです。やられたから、やり返す、マスメディアの人間は公人だから、晒しても良い。その論理こそが、ネット上に溢れる恫喝や暴き合いの源泉であり、ヘイトが広がる芽になっているのではないでしょうか。私たち一人ひとりが、「私刑」の連鎖、ヘイトの連鎖を止めるための努力をしていく必要があります。

ジャーナリスト

徳島新聞社で記者として、司法・警察、地方自治などを取材。NTTレゾナントで新サービス立ち上げや研究開発支援担当を経て、法政大学社会学部メディア社会学科。同大学院社会学研究科長。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)代表運営委員。ソーシャルメディアによって変化する、メディアやジャーナリズムを取材、研究しています。著書に『フェイクニュースの生態系』『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』など。

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