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新聞記事のフォーマットが壊れる日。書き方を変えるだけで「ニュース」になる

藤代裕之ジャーナリスト
共同通信の高橋さんがYahoo!ニュース 個人に掲載した記事

友人のFacebook投稿から良い記事に出会った。福島県南相馬市で開かれたイベントで、東京電力代表執行役副社長で福島復興本社の代表を務める石崎芳行さんが原発について絶対安全と嘘をついてきたと語ったというもの。石崎さんの発言をただ切り取るだけでなく、被災者の方の複雑な気持ち、そして交流についても伝えています。ぜひ記事を読んで頂きたいのですが、執筆者を見て少し驚いたのです。そこには、高橋宏一郎共同通信仙台編集部長、とありました。「え?共同の人が社名を出してヤフーに」。

記事は新聞に掲載されていない?

驚きを理解するためには、共同通信という会社の立ち位置を理解する必要があります。

共同は全国の新聞とNHKが立ち上げた組織で(参考:共同通信の沿革)、ニュースの配信を受けるためには原則として加盟料を支払い「加盟社」になる必要があります。加盟社は記事を購入する顧客でもあり、共同を運営する仲間であるといえます。共同は、記事配信料だけでなく加盟料をもらうことで安定した運営が可能ですし、加盟社は単に記事を受け取るだけでなく取材依頼なども出来るというわけです。

なので、この記事もどこかの加盟社に配信に配信されているのでは?と探してみることにしました。イベント名の「東京福島復興本社って何してるんですか」や主催団体の「ベテランママの会+登壇者の名前」などで検索してみましたが、見当たりませんでした。紙には掲載されておりネットには出ていない、もしくは共同からは配信したけれど加盟社が使わなかったのかもしれませんが、とてももったいないことだと思います。「この記事はスクープだ」という報道関係社もいました。

記事のフォーマットが変わった

しかし、自身、地方紙の記者としての経験を振り返ると、高橋さんが書いた記事は、新聞のフォーマットとしては異例で「載せづらい」気がします。字数は3000字以上ありますが、新聞は1段12文字だとして、250行もあり一面特集にしないと紙面に収容できないのです。

検索してイベントの様子を報じた地元紙の記事を見つけましたが、「原発事故備え不足を反省」という見出しがついた写真付き2段(見出しが2段になっている)で、イベント原稿になっていました。そこには高橋さんが書かれているような、登壇者たちの人間としての葛藤は描かれていませんでした。でも、これがいままでの新聞記事の扱いでしょう。

また、高橋さんの記事は、すでに報じられたいくつかの事実を組み合わせた部分があり、そこは「既報(すでに報じた)」でニュースバリューが低いと判断したかもしれません。記者によっては石崎さんの謝罪部分だけを抜き出して「ウソをついてきた」と報じたかもしれません。

私が高橋さんの記事が良いと思ったのは、東電が悪いといった二項対立ではなく、立場の異なる人たちが葛藤し、答えが出ない同じ問題に向き合っている現実を書いているからです。ジャーナリストの寺島英弥さんは「記事のピースを埋めるのは読者だ」といつも言っています。書き手が結論を決めつけるのではなく、読者が考える材料を提示するのがジャーナリストの役割。これもまた、新聞が苦手なところです。

つまり新聞記事のフォーマットが壊れ「ニュース」は新しくなるっていると言えるでしょう。

このような記事が新聞ではなく、ヤフーに掲載されていることを、新聞関係者は残念に思わなければいけませんし、それを直視しなければイノベーションは起きないでしょう。いま、新聞業界は衰退がはっきりと実感できるようになり、ビジネスモデルだの、マーケティングだの、マネタイズだの、横文字が記者の間でも飛び交っている状況ですが、それより大事なことは読者に届けるために、記事の書き方を常に新しく改善していくことではないでしょうか。

「個」のジャーナリストが活躍する時代

通信社の記者にとっては、Yahoo!ニュース個人のような「場」があることでジャーナリストとしての活動が広がります。高橋さんは2014年からYahoo!ニュース個人で書かれていたようですが、私は失礼ながらこれまで存じ上げませんした。しかし、このような記事を書くジャーナリストであれば、他のテーマも読んでみたいなと思うのです。

これまで加盟社が掲載しないと記事は書いても届かなかったわけですが、記者個人がニュースだと思えば、世の中に出すことが出来る。ヤフーは個人の発信の質を高める努力を続けていますし、LINEニュースも新しい取り組みをスタートさせています。

ネットメディアは依然として玉石混交で、アクセスを増やすための「猫動画と釣りタイトルとw(草)」もありますが、個人への支援が拡大すれば、良い記者は記事を大事にしてくれる媒体を選んで書くようになるでしょう。媒体も良い記事、記者を集めるために支援を拡大するという循環が起きる可能性があります。個のジャーナリストの質をどう高めていくか、それは個人にとっても媒体にとっても、とても重要なテーマになってきています。それにともないネットメディアが直面する課題もあるのですが、それはまた別の機会に書きたいと思います。

ジャーナリスト

徳島新聞社で記者として、司法・警察、地方自治などを取材。NTTレゾナントで新サービス立ち上げや研究開発支援担当を経て、法政大学社会学部メディア社会学科。同大学院社会学研究科長。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)代表運営委員。ソーシャルメディアによって変化する、メディアやジャーナリズムを取材、研究しています。著書に『フェイクニュースの生態系』『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』など。

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