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タブーを白日の下にさらし、議論を巻き起こす「ニコニコドキュメンタリー」の望みとは

藤代裕之ジャーナリスト
ニコニコドキュメンタリーの独自作品『タイズ・ザット・バインド』イメージ

日韓問題や南京事件を取り上げたドキュメンタリー、中国の軍事パレードの生中継、NHKスペシャルとのコラボレーション…『ユーザーの「本当のことを知りたい」という思いに応える』を掲げ、刺激的な作品を次々と配信するニコニコドキュメンタリー。テレビではなく、インターネットだからこそ可能な取り組みとは何か、担当する会長室エグゼクティブ・プロデューサーの吉川圭三氏に話を聞いた。

扱うのは議論を呼ぶ作品

Q,吉川さんはテレビ出身(日本テレビで『世界まる見え!テレビ特捜部』などを担当していた)ですが、テレビとニコニコ動画のドキュメンタリーの違いはどこにあるのでしょうか

ドワンゴの吉川圭三エグゼクティブ・プロデューサー
ドワンゴの吉川圭三エグゼクティブ・プロデューサー

ードキュメンタリーには色んな種類がある。人物を追ったもの、歴史モノ、自然ものなどだが、ニコニコドキュメンタリーが扱うのは議論を呼ぶ、controversial(コントロバーシャル)なもの。

川上(量生ドワンゴ会長)には、映画人の数奇な運命を紹介する評価の高いドキュメンタリーを紹介して「これやりましょう」と持って行ったが、OKが出なかった。やり取りをしながら、川上はジャーナリズムをやりたいんだ、と思った。

ニコニコ動画はユーザーが参加できるので、単にドキュメンタリーを配信するだけでなく作品公開に合わせて討論会を開いている。第一弾(日韓問題を取り上げた独自作品『タイズ・ザット・バインド〜ジャパン・アンド・コリア〜』)では、 領土、従軍慰安婦、ヘイトスピーチ、などのテーマで5回の討論会を行い、賛成、反対、いろんな立場の人に参加してもらって議論している。これは民放でもやってないこと。中国人監督がつくった『靖国-YASUKUNI』は、8月15日に公開して討論会をやって多くのアクセスがあった。

自分で考えなくなったらおしまい

Q,討論会を行なう狙いはどこにあるのでしょうか

ー本当の事を知りたいというのが主旨(ニコニコドキュメンタリーの説明ページには、ユーザーの「本当のことを知りたい」という思いに応える、と書かれている)。中国中央電視台で5夜連続ゴールデンに放映されたドキュメンタリー『1937 南京記憶』は南京事件を扱ったもの。内容について冗談じゃないという意見もあるだろうが、中国の立場や考えを知る題材になる。

タブーとされているようなことを白日の下にさらしてやろう、と考えている。まだ語られてないことが山程ある。アンダーグラウンド、アンタッチャブルなことを、ひとつひとつ剥がしていこうよ、知ることによって日本社会が分かってくるのではないだろうか。

ドキュメンタリー作品は結論を出しているが、討論会では結論が出ない。それを見ながら、ユーザーがこれは正しいとか、これは間違っていると判断してほしい。自分で考えるのは大事、考えなくなったらおしまいだ。

投票サイト「ゼゼヒヒ」と連携し、ユーザーの意見を募集している
投票サイト「ゼゼヒヒ」と連携し、ユーザーの意見を募集している

Q、どのような体制で取り組んでいるのでしょうか

ーまだ固まってないので試行錯誤。

兼務も入れて担当する人数は7人で、週に1回の会議を1時間だけやっている。「好きだとか」「つまんない」とか勝手に言う、地位の上下とか関係ない、面白いですよ。

ニコ動はプラットフォームが長かったので、テレビ屋として「このドキュメンタリー撮るの大変だっただろうなあ」という作品が、「面白くない」の一言でダメになる。「一年ぐらいアフリカでロケしてみろよ」「民兵とか武器商人とかどれだけカメラ入れるの大変か」と思ったりもするけれど、見ている人には関係ないので、彼らの意見が正しい。

Q、批判や苦情が殺到したりしないのでしょうか

ー予想以上に少ない。ニコ動はコメントを打ち込めるので、電話するよりも画面で自分の意見を言ったほうが早いからでは。ただ、何でも刺激的なものをやればいいわけではない。ネットは自由だが、モラルを持って配信していくというのは川上も言っている。

Q,ニコニコ動画を通してユーザーからドキュメンタリーを募集するといった取り組みは行わないのでしょうか

ー当面はないと思う。やっぱりプロは凄い。

お金儲けではなく、意義あることを

Q,海外作品が中心ですが、日本のテレビ局のドキュメンタリーを購入することはあるのでしょうか。

ー民放は深夜などいい時間で放送していないし、制作にお金もかけていない。民放からドキュメンタリーが消えていっている。扱いたいと思ったのは東海テレビの『ヤクザと憲法』だけ。NHKは頑張っている。

海外ではドキュメンタリーが市場として成立している。国際共同制作でお金が集まる仕組みがある。世界中のドキュメンタリー制作者が作品を買わないかと持ちかけてくる。ネットフリックスが、我々が最初に見つけた作品を後からやってきてボコーんて買っていくこともある。我々は、彼らのような資金を持ってないのでしょうがない。合間を縫って尖ったcontroversialなものを買いに行きたい。

日本と海外では放送文化が違う。夜に大人の時間があり第一次世界大戦とは何だったのかといった知的な作品が放送される。ニコニコドキュメンタリーはお金儲けをするのではなく、意義があることをやっていきたい。なので作品は無料で公開している。作品を見てもらい、ユーザーが考えてもらえばありがたい。それだけが望みです。

ジャーナリスト

徳島新聞社で記者として、司法・警察、地方自治などを取材。NTTレゾナントで新サービス立ち上げや研究開発支援担当を経て、法政大学社会学部メディア社会学科。同大学院社会学研究科長。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)代表運営委員。ソーシャルメディアによって変化する、メディアやジャーナリズムを取材、研究しています。著書に『フェイクニュースの生態系』『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』など。

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