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地盤が軟弱な低地は災害危険度が高い?

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:アフロ)

水辺の低地は地盤が軟弱

川の水は、高いところから低いところに流れ、削り取った土砂を下流に運びます。重い大きな土砂は早く沈降し、軽い小さな土砂は水と共に流下し、流れがゆっくりになってから堆積します。このため、急流の上流ではゴツゴツした岩や礫が堆積し、中下流では砂が、流れの小さい海辺では粘土が堆積します。土は堆積したときは軟らかく、年と共に締め固まって堅くなります。従って、川沿いや海辺の低地では、砂や粘土からなる軟弱な地盤ができます。こういった場所は、水辺なので、浅い位置まで地下水があります。

水辺の低地は水害危険度が高い

水面より低い場所は、堤防によって守られています。かつて、輪中地帯では、集落のみを堤防で守っていました。川全部に堤防を築くことが困難だったり、洪水によって田畑が肥沃になることのためか、田畑が洪水で洗われることはある程度覚悟していました。輪中地帯の家屋では、高盛土の上に水屋を作り、船や食料などを蓄えていました。

一方、近年では、河川や海と陸地との間に立派な堤防を築いたこともあり、宅地が拡大し、水の怖さを忘れた住民が居住するようになりました。ですが、昨年9月に発生した鬼怒川決壊でも分かるように、堤防は万全ではありません。堤防で守られた低い場所は、堤防が決壊すれば、長期にわたって水に浸かる危険があります。

耐震的で無い堤防は津波を防げない

残念ながら、全ての堤防が耐震的に作られているわけではありません。堤防は、水を守るために作られたものであって、強い揺れに対する強度を考えて作ってきたわけではありません。従って地震のときに堤防が損壊する可能性があります。過去の地震でも堤防が崩れた事例は多数あります。このため、地震被害予測調査でも、強い揺れを受けた堤防は機能を喪失することを前提に浸水予測をしています。

海の地震では、強い揺れのあとに津波がやってきます。海抜ゼロメートル地帯の堤防が決壊すれば、倒壊した家屋に取り残された人は溺死のおそれがあります。震災後、堤防の閉め切り工事、ポンプアップによる水の除去、道路の修復、電気の回復、水道の復旧などには多大な時間がかかります。大規模震災では、長期の疎開が予想されます。

地下水面が浅い軟弱な砂地盤では液状化が心配

地下水で満たされている緩く堆積した砂地盤では液状化が心配されます。1964年新潟地震での信濃川沿いのアパートの転倒や、2011年東日本大震災での浦安市などでの住宅の傾斜・沈下、2016年熊本地震での旧河道の住宅地での液状化などが思い出されます。比較的新しく堆積した標高の低い水辺が要注意です。砂分の多い沖積地盤、海や旧河道・池沼を埋めた場所、谷筋の盛土造成地などです。地盤が液状化すると、構造物の重さを支持することができなくなりますので、重い建物が傾斜・沈下したり、軽いマンホールや地中タンクが浮上したり、道路の路面が変状したり、ガス管や上下水道管などが破損したりします。

軟弱な地盤は揺れやすい

地震波は、私たちのまちの地下の岩盤に到達した後、その上に堆積する地盤中を上昇しながら揺れを増幅させて、地表に達します。地盤は深い場所ほど古く堆積するので、深いほど堅く、浅くなるに従って軟らかくなる構造をしています。地震波は、堅い地層から軟らかい地層に揺れが伝わると、揺れが増幅されます。山地に比べ、台地、沖積低地の方が軟らかいので、沖積低地の揺れは大きくなります。例えば、羊羹とプリンをお皿の上に載せて、皿を左右に揺すると、プリンの方が強く揺れます。

一般に、軟弱な地盤では、地表の揺れは、地下深くの岩盤に比べ5~10倍に、杭などを支持している支持基盤に比べ2~3倍に増幅されます。揺れが3倍になると震度が1大きくなります。我が国の大都市が広がる沖積低地では、台地・丘陵部より震度が1くらい大きくなると思っていた方が良いでしょう。

軟弱地盤でも揺れないこともある

実は、地盤は液状化すると揺れが小さくなります。お風呂の中で、手のひらを横にして左右に揺すっときは余り抵抗が無いですが、上下に揺すると大きな抵抗を受けます。液体は圧縮・引張の力は伝えますが、せん断の力は伝えません。前者はP波、後者はS波の伝播に関わる力ですから、液体は、S波を伝えられません。地震の時に感じる大きな左右の揺れの主たる波はS波ですから、地盤が液状化すると、揺れ(加速度)が小さくなります。

また、地盤は、余りに強い揺れを受けると、材料がへたって軟らかくなる性質があります。特定の地層が大きくへたると、まるで自然の免震効果のように、揺れが遮断・吸収され、揺れを通しにくくなります。このように、目に見えない地下の地盤の挙動は複雑です。とは言え、一般には軟らかい地盤は強く揺れやすいと思っておく方が無難でしょう。

建築基準法では地盤の硬軟による違いをどのように考慮している?

それでは、建築耐震基準では地盤の硬軟の影響はどのように考慮されているのでしょうか。実は、現行の耐震基準で一般的に利用されている許容応力度等計算法では、地盤の硬軟によって、地震動強さの割り増しはしていません。

地盤の硬軟の影響を考えているのは、振動特性係数(Rt)と呼ばれる係数です。図のように地盤の種別と建物の固有周期によって、せん断力係数を低減する係数です。第1種地盤が固い地盤、第3種地盤が軟弱な地盤です。図は、長周期の建物では加速度応答が減じられること、軟弱な地盤ではその低減度合いが小さいことを意味しています。

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ただ、二つ、疑問が思い浮かびます。本来は、加速度応答の大きさそのものが、地盤の堅さによって違うはずです。また、長周期の揺れは波長が長いので、表層の地盤の硬軟によって応答は変化しないと思われることです。

新耐震基準が導入されて35年、その間に蓄積された科学的な知見を取り入れて、基準も変化していくことが期待されます。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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