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引退?夢物語?タイガー・ウッズの行く末

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
全英オープン開幕前のウッズの会見には世界のメディアが詰め寄せ、満員御礼だった。

引退?夢物語?タイガー・ウッズの行く末

今季、3つ目のメジャー大会、全英オープンが16日(英国時間)からゴルフの聖地、セント・アンドリュースで開催される。開幕前に最大の注目を集めているのは、すでに今年のマスターズと全米オープンを制し、年間グランドスラム達成へ向かって邁進中のジョーダン・スピース。

だが、もう1人、別の意味で大きな注目を集めているのは、この聖地でグランドスラムを達成したタイガー・ウッズだ。すでに世界ランキングは241位まで転落しているが、現地火曜日の午前に行なわれた公式会見には世界のメディアが殺到し、満員御礼。「立ち見席」から見守る記者たちも多かった。

観客席はモスグリーンからネイビーブルーへ。いろんな意味で例年とは趣きが異なる聖地
観客席はモスグリーンからネイビーブルーへ。いろんな意味で例年とは趣きが異なる聖地

【いつもとは異なる聖地】

「僕にとってセント・アンドリュースで戦う全英は、これが5度目だ」というウッズは、2000年大会を2位に8打差を付けて圧勝し、キャリアにおけるメジャー4冠のグランドスラムを達成。その次にこの地で開催された2005年大会でも2位に5打差で圧勝。傍から見てもウッズとセント・アンドリュースの相性は抜群に見え、ウッズ自身も「初めて足を踏み入れたときから、僕はセント・アンドリュースとの恋に落ちた」と言い続けてきた。

そんなウッズに対し、世界のメディアたちが会見でぶつけた質問は最初のうちは穏やかなものだった。今年のセント・アンドリュースは2度優勝したときと同じか、違うか。コースのコンディションはどうか。コースをどう攻めるつもりなのか。

「今年はコースがやや柔らかい。金曜日あたりに雨が降れば、もっとソフトになる。だから例年とは異なる攻め方が必要になるかもしれない。いつもとは異なるセント・アンドリュースになりそうだ」

ウッズの言葉は「いつも以上に臨機応変な対応が求められる」という意味である。セント・アンドリュースには、いくつか定説めいたものがあり、ウッズも「初めてここに来たときは、できる限りハードヒットしろ(そうすれば勝手に転がるから)とか、左狙いに徹しろとか、言われた」という。

それが通用する場合ももちろんあるのだが、今年ほどフェアウエイが柔らかい状況下では「(フェアウエイからグリーンへ」転がし上げることは、できないかもしれない。それに、風向きが5度変われば、コースはまったく別物に変わってしまうからね」と、ウッズはコースを熟知しているからこそ警戒している。

状況次第では、「左狙い」にとらわれず、フェアウエイの左右どちらも狙うし、「あえて隣のホールを狙うルートが得策の場合もある。アメリカでは意図的に隣のホールを狙ったことは僕はないけど、ここでは、それがバンカーやマウンド、ラフを越えていく最短ルートになることもある」と、セント・アンドリュースで2度も勝ったチャンピオンらしい解説を披露した。

どんな質問も怒らず、冷静に答えたウッズ。そんな会見のムードも例年とは異なった。
どんな質問も怒らず、冷静に答えたウッズ。そんな会見のムードも例年とは異なった。

【引退からの距離】

この聖地で過去に勝利を挙げた「パスト(past=過去)チャンピオン」。だからこそ、セント・アンドリュースを熟知しているわけだが、そのパスト・チャンピオンを、すでに「過去の人」と見なしているメディアが会見で多く見受けられたところは、例年の全英オープンのウッズ会見とは異なっていた点だった。

今季の米ツアーで、すでに80台のスコアを3度も喫したウッズ。前述の通り、世界ランキングは241位まで転落しているが、米ツアーのポイントランクも194位と低迷。2008年の全米オープンを最後にメジャー優勝から遠ざかり、通常大会でも、もう2年も勝っていない。そして、現在はキャリア5度目のスイング改造中。その成果は一向に数字に表れず、低迷し続けている。

そんなウッズに対して、ストレートな質問が投げかけられた。

「大幅なスイング改造に取り組み、もがいているとき、ちゃんと戦えるレベルから自分はどのぐらい離れているのかと思ったことはないんですか?引退という言葉を思い浮かべることは?」

一瞬、会見場内に緊張が走った。R&Aの係員もピリピリし始めた。

「引退?うーん、今のところは、まだ距離があると思う。去年の手術から、やっと体が癒えてきたところだし、4~6か月かかることだってあるわけだし、ツアー仲間や他のスポーツのアスリートだって手術から復活するまでに1年かかったなんて言っているわけだし。おまけに僕はスイング改造にも取り組んでいる。つまり僕は、リハビリとスイング改造の両方に同時にダブルで取り組んでいるんだからね」

しばらくすると、メジャー14勝のウッズに対し、今度はこんな質問が飛び出した。

「ジャック・ニクラスの(メジャー18勝の)記録を追いかけるのは、もはや夢物語だと、すでに割り切れているのですか?」

さすがに、これにはウッズが激昂するのではないかとも思ったが、彼は冷静なまま、こう答えた。

「いやいや、全然諦めていないよ。まだ僕は若い。まだ40歳にもなっていない。キミたち(メディア)の中の数人が、僕のことを“葬り去られた”“終わった”と言っているのは知っている。でも僕は今もキミたちの目の前に、こうして座っている。とにかく僕はプレーするのが好き、戦うことが好き、試合に出ることを愛してやまないんだ」

以前のウッズなら、こうした質問が飛び出した時点で、顔色を豹変させ、短い一言で遮っていた。いや、ウッズが遮る前に会見の係員が遮っていたし、それ以前に、引退の二文字や記録を追いかけることを夢物語などという言葉をウッズに直接ぶつける記者が皆無だった。そして、ウッズ自身、好調なときは30歳代の半ばから「僕はすでにオールドだ」と言っていたが、今は逆に「僕はまだ若い」。そこに違和感を感じずにはいられなかった。

アスリートは最終的には数字がすべて、結果がすべてなのだろう。少なくとも、世界のトップレベルの戦いの場においては、過去の栄冠より、現在の成績がすべてだ。そして、ウッズ自身がその厳しさを嫌というほど知っている。だからこそ、かつての王者は試合で出した数字にこだわる。

「(2週間前の米ツアーの)グリーンブライア・クラシックの日曜日に僕は67を出した。ようやく上向いた。あのときは理屈ではなく感性でプレーすることができて、好感触を得た。この2年間で一番いいショットが打てた」

「そう、来てるんだ。いいところまで来てる、来てる。もうちょっとなんだ」

歯を食いしばり、唇を噛みしめるウッズは、本当に「いいところまで来ている」のか。それとも、ウッズはもはや「過去の人」で「引退」は近いのか。その答えが、これから聖地で披露される。

ともあれ、今年のセント・アンドリュースで大きな注目を集めているのが、この2人であることは間違いない。1人は年間グランドスラムに迫り、勝利を狙うスピース。そしてもう1人は、英国のタブロイド紙の記者たちの表現を拝借すれば「この地でキャリア・グランドスラムを達成した過去のチャンピオン」。そう、タイガー・ウッズの行く末だ。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、ラジオ福島、熊本放送でネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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