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NHK「貧困女子高生」報道炎上~ネット右翼と融合する政治家~

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長
2016年都知事選で増田候補を応援する片山さつき参議院議員(写真:Motoo Naka/アフロ)

NHKが2016年8月18日に「ニュース7」の中で報じた「貧困女子高生」報道にネットが炎上中だ。この報道を要約すると、母子家庭の女子高生が、低所得のため専門学校への進学費用である約50万円を捻出できず進学をあきらめてしまったこと、その他に家にクーラーがない、パソコンがない、という窮状を扱ったもの。

わずか6分少々の特集ではあったが、ラストでは被写体となった女子高生が、横浜市のシンポジウムで「子供の貧困の実態」を訴えるという内容で終わる。これに対し、またぞろネットユーザーが「本当は(この女子高生は)貧困ではないのではないか」と疑いを持ち、SNS等で「本人特定」を開始。

やれアニメのグッズを買った、高い画材を買った、高いランチを食った、映画に行った、DVDやゲーム機を持っている、などと私生活の消費動態を徹底的に調べ上げ、「NHKの捏造だ!」と大騒ぎしている。

特集の中でも、くだんの女子高生の家にクーラーがなく、パソコンがないという状況から、この女子高生の家庭の貧困度合いは明らかであるし、この女子高生の姉がこの報道内容が事実であると語っている。にも拘らず、一部のネットユーザーは過去のSNSを掘り下げ「豪遊だ」「捏造だ」と決めつけている。

一般的に低所得者は、高価な消費財を買うのが難しいので、小さな消費行動をため込み、消費のフラストレーションを小出しに開放する。すると部屋にモノが溢れるが、パソコンや車、土地や住宅といった高価な耐久消費財や不動産は持っていない。よって、くだんの女子高生の部屋がアニメグッズや小物で溢れているのは、なんら不自然ではない。

そして若年層の貧困は、現に存在する。ネットユーザーによる「炎上」はこの本質を無視し、ひたすらNHKの些末な荒さがしに終始する「反NHK」的イデオロギーに基づいていると言えよう。

・「本人特定」はネットのお家芸

こうした、疑惑の市井の人物に関しての「本人特定」は、なにも今回が初めてではない。ファイル共有ソフトに感染したパソコンから私的な画像がネットに流失したことで、大手メーカーに勤める写真の所有者が特定される騒動(いわゆる「ケツ毛バーガー事件」2006年)、札幌市の衣料品量販店の店員を強制的に土下座させ、その模様をツイッターにアップロードしていた女を特定する騒動(「しまむら店員土下座強要事件」2013年、女は逮捕された)、大手コンビニ店に勤務するアルバイトの男性が同店舗内に設置されたアイス用冷蔵庫に闖入している模様をSNSでアップロードしたところ、本人の特定に至り店舗が休業になった騒動(いわゆる「ローソン店員アイス事件」2013年)など、枚挙に暇がない。

今回の「貧困女子高生」に対する個人のSNS特定も、決して褒められたものではないが、ある種のネットユーザーの歪んだ義侠心ゆえの追求の一例として、ある種ネットユーザーの「お家芸」の延長であり、特段驚くにはあたらないといえる。

しかし、今回の炎上騒動が、他と決定的に異なるのは、ここに自民党の参議議員という、歴とした国会議員が介入してきたことだ。

・片山さつき議員による介入

自民党参議院議員の片山さつき氏は、このネット上の騒動をツイッターで知ったとして、

拝見した限り自宅の暮らし向きはつましい御様子ではありましたが、チケットやグッズ、ランチ節約すれば中古のパソコンは十分買えるでしょうからあれっと思い方も当然いらっしゃるでしょう。

出典:片山さつきツイッター(2016年8月20日)

とネットの騒動に便乗した「本当は貧困ではないのではないか」という趣旨の投稿を開始する。この片山議員が参照したツイッター情報とは、『痛い2ちゃんねるニュース』という、2ちゃんねるユーザーの書き込みをまとめた「まとめサイト」に依拠している。片山議員はこれを見て、

追加の情報とご意見多数頂きましたので、週明けにNHKに説明をもとめ、皆さんにフィードバックさせて頂きます!

出典:片山さつきツイッター(2016年8月20日)

などと血気盛んである。これまでの本人特定は、2ちゃんねるやその他のユーザーが盛り上がるだけで、政治家がこういった問題に関与することはなかった。なぜこういった2ちゃんねるの「本人特定」騒動に政治家が関与しなかったのか。第一に根拠があいまいであること、そして第二に、ネットによって「本人特定」された当人が、無名の市井の人であった、という点である。

片山議員は、2012年にも、お笑い芸人の河本準一氏の母親が生活保護を不正受給しているとの疑惑がもたれた際に、河本氏を徹底的に糾弾する急先鋒の一人となり、2012年7月に新宿で開かれた「片山さつき頑張れデモ行進」にも参加した来歴がある。

これは、くだんの河本氏への批判を行った片山議員が、メディアで批判を受けていることについて、在特会(在日特権を許さない市民の会)の支持者など、「行動する保守」を標榜する人々が主体になって行われたデモで、約180人が参加したものだった。このとき片山は、このデモを「日本版ティーパーティー運動が始まった。皆さんは本当に素晴らしい愛国者」など絶賛している。

しかし、河本氏はメディアへの露出も多く、私人とはいえ著名人であり、その親族の不正受給疑惑を糾弾することには、最低限の蓋然性があったともいえる。だが、今回の「貧困女子高生」に関する片山議員の介入は、その対象者が芸能人でも著名人でもない、市井の無名の10代の女子高生であり、「NHKの捏造!」というネットユーザーの滾る声を全面に受け、ネットの「まとめサイト」を批判的に検証することもなく、国会議員が「NHKに説明を求める」などと公言するという事態は、前代未聞の珍事である。

そしてその「説明を求める」の根拠が、「まとめサイト」というところが拙速に過ぎる。今回の「貧困女子高生」騒動は、ネットユーザーの中でも右派、保守系と目されるネット右翼(ネット保守とも)が中心となっていることは疑いようもない。一部のネット右翼によるネット上に限局した(根拠もあやふやな)騒動を、公僕たる国会議員が問題視し、NHKに説明を求める、ということ自体、極めて異様な光景だ。ここまでくると、片山議員自体がある種のネット右翼と融合しているのではないか、と見做されても致し方ないであろう。

・「反NHK」はネット右翼の精神的支柱

NHKへのネット右翼の本格的憎悪は、2009年に始まる。同年4月にNHKが放送した「ジャパンデビュー・アジアの一等国」の放送内容について、その内容が日本の台湾統治を悪玉であると決めつけ、取材対象となった台湾少数民族を「人間動物園」などと誹謗したなどとして、「NHKの偏向報道」と銘打ち、右派系の独立放送局「日本文化チャンネル桜」が中心となって、ネット上で原告を集め、集団提訴に及んだのが端緒である(いわゆる「1万人訴訟」)。

この裁判は、2012年の第一審(東京地裁)で原告・チャンネル桜側が敗訴。しかし翌2013年の控訴審(東京高裁)で原告・チャンネル桜が逆転勝訴し、高裁はNHK側に賠償請求を命じた。NHK側は上告し、2016年1月、上告審(最高裁判所)により、原告・チャンネル桜の主張が全面的に棄却され、原告敗訴が確定した。このときの裁判所の判決には「(NHKは)日本による台湾統治の際に人種差別的な扱いがあったと番組の中で批判的に論評しているのであって、台湾少数民族に対する名誉を棄損することには到底あたらない」などとしている。

しかしこの判決以後、ネット右翼層にとって、NHKは唾棄すべき巨悪の対象になった。今回の騒動も、ネットユーザーの中でも右派的、保守的と目されるネット右翼層が主導して火付け役の機能を果たしている。片山議員もこうしたネット右翼の潮流をトレースしていることは明らかである。やはり、ある種のネット右翼と融合しているのではないか、と見做されても致し方ない。

・片山議員の行為は問題ではないのか

繰り返すように、私はNHKの報道内容の真偽を検証する、というある種のネットユーザーによる義侠心を否定するつもりはない。前述したように、「本人特定」はネットのお家芸だからだ。しかし、その対象が私人である以上、公僕たる国会議員が、市井の日本人に対するネット右翼層の糾弾の騒擾に便乗するのは、果たして国会議員の本務なのだろうか。

NHKの番組内容を批判的に検証することは、NHKウォッチャーやメディア・ウォッチ・ライターの役割であり、国会議員の役割ではない。百歩譲って公共放送の疑義を追及する大義ありとしても、その根拠が2ちゃんねるの「まとめサイト」というところに、知的な怠惰を感じる。しかも、番組で取り上げられた「貧困女子高生」の貧困度合いは、番組に取り上げられた範囲でも明らかに問題として提起するだけの蓋然性がある。この辺の精査も、片山氏のソースは「まとめサイト」なのだから根拠が無い。たまたま自らのツイッターのタイムラインでながれてきた「まとめサイト」の内容を読んで、紛糾しているという印象しか持ちえない。

舛添前都知事は公費で「クレヨンしんちゃん」を購入したとして問題視されたが、「まとめサイト」やある種のネット右翼ユーザーの吹き上がりを根拠とし、無名の10代の私人たる女子高生に関する疑惑をNHKに公に説明求める姿勢、という片山議員の公僕らしからぬ姿勢そのものの方が、より問題であると思うのは私だけだろうか。

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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