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ヒラリーorトランプ、どちらが大統領でも日本はイバラの道

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長
激突するヒラリーとトランプ(写真:ロイター/アフロ)

・ヒラリーに秋波を送る日本の保守派

アメリカ大統領選挙が姦(かしま)しい。例の「メール問題」再燃で猛烈な追い上げを見せるトランプだが、大統領選挙は一部の例外を除き勝者総取りであるため、接戦州の動向が決定する。最も注目すべきは大人口のフロリダ(選挙人29名)などの動向であろう。金曜日(4日)の東京市場は「トランプ猛追」により一時300円以上下げたが、米メディア報道を見る限り、戦術的な票の積み上げを計算していくと、やはりヒラリー優勢が伺える。が、選挙は水物ゆえ、何が起こるかはわからない。

問題は大統領選挙の票読みや予想ではなく、ヒラリーorトランプどちらが大統領になるかによる日本への影響である。日米同盟の行方を最もその愁眉の課題とする日本の保守主流派(以下親米保守)は、これまで軒並みヒラリー候補に秋波を送ってきた。おりしも、2016年9月20日、訪米した安倍総理はニューヨーク市内でヒラリーと会談した。大統領選挙中に日本の総理が片方の候補者「だけ」に面会を求め、正式会談をするのは露骨なヒラリーへの肩入れであり、異例中の異例である。

・親米保守によるトランプへの根強い恐怖

当然、「駐留経費の全額負担なくば在日米軍は撤退」「日本や韓国は自国のことは自国で守るべし、その為に核武装も容認」などという、「日本軽視」、「日米同盟空文化」および「アメリカによる核の傘の失効」などを露骨に表明してはばからないトランプの日本観は、日米同盟を「強烈な靱帯」と認識する日本の親米保守にとっては恐怖である。

とりわけ、トランプの日本観は1980年代後半のバブル景気時代で止まっている。軍事同盟のみならず、貿易の面でも日本に敵対的な価値観がよぎるトランプ大統領誕生は、親米保守にとって恐慌以外の何物でもないのだ。

そんなトランプよりも、「まだしも」ヒラリーのほうがマシだと思うのは、日本の親米保守の端的な本音であろう。一方、トランプ政権誕生の可能性がにわかに高まりだした2016年春ごろより、「トランプ大統領誕生により、逆説的に日米同盟が弱まり、対米自立の機運が高まる」ことを期待する保守非主流派(以下反米保守)から、にわかに「トランプ待望論」とでもいうべき潮流が沸き起こってきたのは、2016年3月の当方記事で伝えたとおりである。

仮にトランプ政権が誕生すれば、短期的には日本は混乱に陥る。日米同盟の弱体化が決定的となり、中国の海洋進出への対抗や抑止力を、自前で準備する方向が強まる。当然これは、長期的に見れば日本人の主体性と、日本政治の独立性が高まるものの、その道程の困難さは経済的負担の一点を考えても自明のことであり、「イバラの道」を日本が歩むこととなる。

「日米同盟終わりの始まり」という、戦後日本にとって全く未知・未開の、黄昏の異次元ゾーンを歩くことになるのである。その困苦は想像を絶する。ただし、映画『シン・ゴジラ』(庵野秀明監督)の劇中セリフに「危機がこの国(日本)を強くした」旨あるように、むしろ「イバラの道」に踏み出すことが、超長期的には良いのかもしれない。

歴史的分水嶺の評価は、後世の史家が決めるものだ。現在が困苦でも、結果的には後世に良かったと言わしめる歴史的事例は、過去にいくらでもある。トランプ政権で日本は困苦するが、その試練が日本と日本人を強くするかもしれない。筆者はどちらかというとこの立場を採用する。

・「ヒラリー幻想」の限界

一方、これまで日米同盟維持の立場から、ひたすらヒラリーに秋波を送ってきた日本の親米保守の間にも、大統領選挙本選が近づくにつれ、明瞭な変化が見受けられるのである。保守論壇誌「Will 12月号」での、中西輝政氏(京都大学名誉教授)の対談「ヒラリー幻想を戒める」中の主張は極めて示唆に富んだものだ。(対談者・坂元一哉氏)。中西氏は、巨視的なアメリカの政治権勢、特に共和党時代からの対中政策の長期的な失敗等を念頭に置いたうえで、

今のアメリカには、中国に対するギリギリの抑止力はあります。しかし、抑止と実戦はちがう。(中略)要するに、中国が「抑止」を突破してきたときに、(米大統領がヒラリーであれトランプであれ)アメリカが日米同盟を守って実戦、つまり日本のために武力行使をするかどうかは大変不鮮明です。とくに、アメリカは、核大国の中国を相手にして、同盟国日本の領土とはいえ無人島の尖閣諸島を守らないと思う。

出典:月刊「Will 2016年12月号 ヒラリー幻想を戒める」括弧内筆者

と鋭利に指摘し、

防衛は、アメリカを頼ってばかりでは最後の保障はないので、もうこうなると、(米大統領がヒラリーであれトランプであれ)いくらお金がかかっても日本自身で自前の防衛力を備えなければなりません。

出典:同上 括弧内筆者

と結論付けている。保守派の重鎮論客の中から、これほど痛烈で正鵠を射たヒラリー批判が出てくるのは、ヒラリーorトランプ、どちらになっても、もはやアメリカは信用できぬという機運が、保守主流派の中ですらも、もはや抑えきれないほど、水面下で広がっていることの証左である。

同対談のタイトル「ヒラリー幻想」という言葉が示す通り、親米保守にはいまだ、ヒラリー幻想がまかり通っている。そんな中でいまだ「トランプより幾分マシ」としてヒラリーに縋り付く人々は、中西氏の言をどう読むのか。日本はどのみち、中西氏が予言的に提示するように、ヒラリーが勝っても「イバラの道」、トランプが勝っても「イバラの道」を歩くしかないのである。

・もはや日米同盟は損得の領域ではない

トランプの「在日米軍撤退」発言を受けて、日本が独自に、自前ですべての防衛力を自力で用意した場合の経済的負担が様々想定された。結果、適正防衛費はおおよそ20兆円~25兆円前後で、現在の防衛費(約5兆円)の4~5倍を優に覚悟しなくてはならない。しかし、「経済的損得」ですべてを考えてきた戦後日本政治や、戦後日本人の心に、「もはや損得では測りきれない領域」の政策決定が求められようとしている。

かつて「尖閣諸島が占領されればカネで買い戻せばよい」旨の発言をした論客が居たが、あれだけの経済的困窮に見舞われた90年代初頭のロシアですら、北方領土の寸土すら日本に帰すことはなかった。一度失った国土を金銭で取り返すことは、(沖縄などの例外を除き)基本的には不可能である。国土とは「経済的損得」で語ることなどできないのである。

原発問題も然りである。「原発による電気は安い」という触れ込みで、戦後の自民党政権は原子力政策推進を国是としてきた。しかし、原発による国土の消滅は、もはや「経済的損得」を超越した国家崩壊の危機に直結するということを、私たちは2011年3月11日に思い知ったのだ。「いくらお金がかかっても…」という中西氏の言は正しい。世の中には、金の損得で取り返せないものが、山のようにあるのである。世の中は損得だけで動いているのではない。

・ヒラリー逃げ切りで、つかのま溜飲を下げるだろう日本の左右。しかし…

11月9日(日本時間)の大統領選挙結果で、ヒラリーが逃げ切ったならば、親米保守は冷や汗を流しつつも「やれやれ」と留飲を下げ、また「強いアメリカ」に縋りつく機運を再燃させるに違いない。

一方、トランプを「排外主義・ヘイト的」として呪詛してきた日本のリベラルは、ヒラリー政権誕生にオバマ政権誕生の時と同じような興奮と安堵を覚え、「アメリカの良心が排外とヘイトを否定した」とこれまた留飲を下げるだろう。しかし、トランプが敗れても、また4年後には第二のトランプ、第三のトランプが勃興するに違いない。なぜなら排外とヘイトの構造的遠因は、トランプ個人にあるのではなく、アメリカの構造そのものに内包されているからである。ここを見逃してヒラリー政権の誕生を手放しで喜ぶような姿勢は、本質的ではない。むろんその逆、つまりトランプの勝利なら、日本の左右が両に沈黙し、わずかに「イバラの道」を覚悟した反米保守のみが、暗黒と黄昏の中で新時代を決意する展開になる。

・盛者必衰の理には逆らえぬ

しかし繰り返すように、どちらが勝っても程度の差こそあれ、「イバラの道」に変わりはない。世界帝国が永遠と継続した事例は歴史に存在しない。あれだけ権勢を誇った世界の華・ローマは辺境から反乱がおこり、やがて東西に分裂して消滅した。他国に先駆けてアフリカ・南米・アジアに進出したポルトガルとスペインは、すぐさまプロテスタント教国のオランダとイギリスに駆逐され、欧州の弱小国に成り下がってしまった。

そのオランダは第二次大戦で本国をナチスにアッという間に蹂躙され、ほぼ唯一保持していたアジアの植民地すら、さしたる抵抗もできず日本軍にあっけなく占領された。戦後、イギリスはほとんどすべての植民地が独立し、長い黄昏の時代を経て昨今EUから離脱するまでの段となり、欧州の中心はかつての敗戦国ドイツに傾いている。

アメリカもまた然り。列挙すると紙幅が幾らあっても足りぬが、すべての事象が、巨視的なアメリカの衰微を示している。第一に泡沫と言われたトランプがヒラリーと決戦に臨むという、これ自体がなにより、アメリカ衰微の象徴だ。盛者必衰の理(ことわり)とはこのことである。

強きものに縋(すが)って生きる時代は終わった。「あんなものに縋って生きのびて、なんになろう」。アニメ映画『風の谷のナウシカ』において、復活した巨神兵の死を前に、辺境いちの年寄りである大ババ様が言い放つセリフである。自明の理屈を端的に表現した白眉の脚本だ。強者に頼り、強者に縋ることを根本とした日本の外交姿勢は、ヒラリーとトランプ、どちらが勝っても11月9日に終焉を迎え「ざるを得なかった」と後世記されるに違いないと私はとみに思うのである。

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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