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エクストリームスポーツに光を当てた、デジタルメディアの進化(インタビューPart3)

後藤陽一株式会社Pioneerwork 代表取締役
年間100以上の予選が行われている「Freeride World Tour」
©Mikio Hasui/KLEE INC.
©Mikio Hasui/KLEE INC.

Nicolas Hale-Woods

プロフィール

エクストリームスキーやビッグマウンテンスキー、フリーライドスキーとも呼ばれる、ありのままの自然を滑るスタイルのスキーとスノーボードの世界選手権「Freeride World Tour」を20年前にスイスの山岳リゾートVerbier(ヴェルビエ)で始め、世界3500人が参加し、100大会以上の予選が行われる大会に育てた。現在その運営会社であり、競技連盟の機能も持つFWT Management S.A.(本社・スイス)のCEOを務める。

コンテンツとしての「フリーライドスキー/スノーボード」の魅力と可能性

後藤:FWTのコンテンツとしての魅力と可能性についてもう少し詳しく教えて頂けますか?

Nicolas:私がこのスポーツに大きな可能性を感じている理由は3つあります。

  1. 映像の持つ力
  2. スポーツとしての「身近さ」が増している事
  3. デジタルメディア環境の進化

まず、私たちがやってる「エクストリームスポーツ」や「アクションスポーツ」と呼ばれるスポーツは圧倒的に映像や写真に力があって、魅力的なコンテンツを作ることが出来ます。

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例えば、体育館の中でやるハンドボールを、大自然の中で人間が限界にチャレンジするサーフィンやフリーライドの映像よりクールなコンテンツにするのは難しいと思います。デジタルメディアの時代において「シェア」したくなる、クールなコンテンツを作れることは、ビジネスの視点から見てもますます重要になってきます。

2つ目に、実はフリーライディングは、若い、一部のエクストリームなスキーヤー・スノーボーダーだけでなく、パウダーを滑ったことのある人全てに「ワオ!」と思わせる「身近さ」があります。

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「身近さ」というのは、例えばスノーボード・ハーフパイプのチャンピオン、ショーン・ホワイトが高いエアーを決めてスピンをしている映像や、スロープスタイルの競技の映像は、一般的な視聴者にとっては、自分が普段やっているスノーボードとはスタイルも技術もかけ離れ過ぎているということです。一方フリーライドは今、ヨーロッパでは5歳の子供から85歳のおじいさんまで楽しんでいる「身近な」スポーツです。多くの人が、圧雪されたゲレンデだけを滑るのではなく、パウダーで滑る気持ちよさを経験できる時代になっているのです。

その背景としては、スキーもスノーボードも道具が大きく、軽くなってパウダーでも滑りやすくなっていること、欧米では多くのスキーリゾートがバックカントリーのツアーや講習会のプログラムを提供していることなどがあります。

それから、そもそもスキーやスノーボードの原点はバックカントリーで、共にもともとは裏山の新雪を滑る魅力を知った人の間で広がってきたスポーツです。アルペンスキーヤーやハーフパイプなど他の競技をやっていたスキーヤーもゲレンデには無いパウダーや急斜面を滑る楽しさに気付き始めています。そういった他のスタイルのスキーヤーがFWTに参加するケースも増えてきました。

長野五輪女子ハーフパイプ金メダリストNicola Thost。2015年のFWT Verbier大会で優勝。
長野五輪女子ハーフパイプ金メダリストNicola Thost。2015年のFWT Verbier大会で優勝。

なので、例えばFWTのライダーがアラスカやフランスの山でパウダーを巻き上げ、大きなターンを描いている映像は、多くの人が「こんなことが出来たら最高に気持ちいいだろうな!」というふうに感じることが出来るのです。

「プロから子供まで誰でも、見るだけでなく実際に楽しめる」スポーツであるということは、フリーライドやバックカントリーが今だけのブームではなくて、新しいスポーツとしてこれからその地位を確立していくだろうと、私が確信している大きな理由の一つです。

FWTのジュニア部門には1000人を超える選手が参戦している
FWTのジュニア部門には1000人を超える選手が参戦している

3つ目がデジタルメディア環境の進化です。今のメディアの環境は、とにかくテレビでの露出が重要だった5年前と全く違っています。アクションスポーツ全体で同じことが起きていると思いますが、少なくともフリーライドの世界では、スポンサーは既にテレビは全く重要視していません。

デジタルメディアの時代には、コンテンツを見せるだけではなくて、エンゲージメントを生んでファンをコミュニティにしていくことがとても重要です。フリーライドやサーフィンなどのアクションスポーツが、視聴者の目を惹きつけ、「誰かに伝えたくなる」驚きを生む力のあるコンテンツが作れることは、他のスポーツに比べてもとても有利だと思います。

GoProやドローンでの撮影、GPSなどのデータとコンテンツの融合はなど、スポーツに関連するテクノロジーも急速に進化しています。コンテンツをいかに魅力的にしていくかは、デジタルメディアの時代に、全てのスポーツがチャレンジしなくてはいけない重要なテーマではないでしょうか。

デジタルメディアがエクストリームスポーツに与えた革命的変化

後藤:デジタルメディアやSNSがエクストリームスポーツをどう変えたか、というところについてもう少し詳しく聞かせて頂けますか?

Nicolas:デジタルメディアの登場は、革命的な変化です。新しい若い世代にとって、TVやプリントメディアといったいわゆるトラディショナルメディアは既に存在していないのと同じだと言っても過言ではありません。20代以下の消費者に情報を届けるには、企業は180度やり方を変えて、ソーシャルメディアとそれにフィットするコンテンツによるコミュニケーションを考えなくてはいけません。

アクションスポーツにとって、これはスポーツの裾野を広げる大きなチャンスです。10年前、トラディショナルメディアしかなかった時代にはアクションスポーツは非常に限られた人しか知らないスポーツであり、大きなスポンサーが付くことは考えられませんでした。

先ほども言いましたが、アクションスポーツ、エクストリームスポーツはデジタルメディアやSNSと非常に相性がいいコンテンツになります。短くてエッジの効いたコンテンツはSNSで他人にシェアしたいと思わせる力、エンゲージメントを生む力があるからです。

また、アクションスポーツのアスリートは基本的に1人(=Independent)です。デジタルメディアの登場以前は、スポーツ選手はイベントの時しか露出が無く、それがアクションスポーツの裾野が広がらない原因でもありました。

しかし、自分でコンテンツを発信する事が出来、直接ファンとエンゲージメントを作れる時代になり、1人で、自分のクリエーティビティを直接発揮出来ることが逆に強みになっています。

サッカーなどのメガスポーツは時にチームや競技連盟がアスリート個人の意思でファンとコミュニケーションを取るのを制限します。トップ選手が自身でなくエージェントにSNSでのコミュニケーションを任せているケースも多いですよね。

それに対し、アクションスポーツのアスリートはみな、自分でSNSにコンテンツを上げて、それにリアクションしてくれたファンと直接コミュニケーションを取ります。私の息子は14歳ですが、彼にとってFWTのトップライダーがFacebookで直接質問に答えてくれることは大きなモチベーションになります。

デジタルメディアのおかげで、自由にコンテンツを流通させられ、ファンとの強いエンゲージメントを作り出せる。アクションスポーツにこういった強みができ、結果としてFWTであればAudiのような10年前は考えられないビッグスポンサーがついてくれた。スポーツの発展のために以前では考えられなかった規模のお金を投資できるようになったのです。

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後藤:面白いですね。私は、デジタルメディアは若い人が自分がやるスポーツの選択肢を増やしたと思っています。例えばRed Bullが配信している映像やSNSのタイムラインでシェアされるアクションスポーツの映像を見れば、子供たちはスポーツはサッカーやラグビー、テニスなどTVでやっているものだけじゃないと知ると思うんです。

アクションスポーツの人口は感覚的には増えていると思うのですが、デジタルメディアによってやるスポーツが多様化していることも理由の一つだと思います。

Nicolas:本当にそうだと思います。特にソーシャルでの動画のシェアが起こったおかげで、スポーツの進化のスピードはとても早くなっています。子供はそもそも人がやっているのをマネして、自分でトライしてみる生き物です。

私の子供は友達と一緒にインターネットでスノーボードのトリックを何度も何度も見たら、次の日にはゲレンデや山に行って練習して、それをマスターしています。私が子供の頃は、スノーボードのビデオなんて年に2種類くらいしか見れませんでしたが、今はネット上に無限にありますし、新しい情報もSNSですぐに広まります。

デジタルメディアがスポーツの選択肢を増やした、というのは何も子供に限ったことではありません。例えば、フリーライドの選手たちは様々なアクションスポーツを同時にやっています。

スラックライン、クライミング、サーフィン、スケートボード、マウンテンバイク……。私はこれらを「アウトドアアクションスポーツ(Outdoor Action Sports)」と呼んでいますが、これらのアスリートは当たり前のように2・3種類のスポーツを楽しんでいますし、競技をまたいだ交流もとても盛んです。

クライマーがスキーヤーにクライミングを教えて、スキーヤーはクライマーを雪山に連れて行く。こういうカルチャーが根付いていること、彼らのライフスタイルそのものが、アウトドアアクションスポーツの魅力でもあるし、その広がりのスピードや複雑さが増している背景には、デジタルメディアの登場が大きく影響していると思います。

後藤:一方で、ネットの動画で誰でも新しいことを学べるのはネガティブな面もあるような気がしています。例えばバックカントリーのように、知識も経験も無い人が安易に真似してしまうことで事故が起こるようなケースが一つ。

それから、SNS上にアクションスポーツのコンテンツが溢れてしまうことで、よりエクストリームで高クオリティなコンテンツを、しかもたくさん作らないと露出が無くなってしまい、プロとして活動できなくなってしまう。コンテンツを作る能力と選手としての実力は直接関係無いと思うのですが。選手の実力が正当に評価されなくなっているのではないかと思っています。

Nicolas:なるほど。まず1つ目の危険についてですが、私の生まれたスイスでは、バックカントリーに入る人の数は過去20年の間に約20倍になっていると言われています。しかし、バックカントリーでの死亡事故の数は同期間でほとんど変わっていません。つまり、死亡率は大幅に下がっているということです。

これは様々な理由が考えられますが、私はアクションスポーツの技術面の進化のスピードが上がっているのと同時に、危険な側面もあるという認識や、事故にあった時の対処法、身を守るための装備やその使い方の情報などが広がるスピードも早くなっているからだと考えています。

私の感覚的な数字になりますが、20年前はバックカントリーに行く人の20%が雪崩ビーコンを持っていましたが、使い方を知っている人はビーコンを持っている人の1/4くらいでした。今は少なくとも80%の人がビーコンを持っていて、ほとんどはその使い方を知っています。これはそういったギアのメーカーが発信する情報がしっかりユーザーに届いている証拠だと思います。

確かに山は危険で予測不能な場所です。しかし、バックカントリーの愛好家が増えているからと言って「山の危険やリスクが急上昇している」という意見には私は反対です。デジタルメディアはレスキュー技術の進歩や認知の拡大にもしっかり貢献しています。今の子供たちは私が子供の頃よりもずっと山の危険についてしっかりと認識していると思いますよ。

後藤:なるほど。

Nicolas:それが1つめの質問に対する答え。2つめの、デジタルメディア上にコンテンツが増えすぎているという点ですが、確かに、今はどのアクションスポーツも個人が作ったものからプロが作ったものまで、ものすごい数のコンテンツがあります。

しかし、アクションスポーツでトッププロとして活躍しているアスリート達は、映像コンテンツに関しても非常にクリエーティブでオリジナリティのあるアイデアを持っています。

アスリートとしての能力が高く、良いアイデアを持っていれば、撮影や編集も良いチームを組めます。結果として、他の一般人が作ったコンテンツとは一線を画すアウトプットが出来上がるので、バズを起こせるのです。なので、このスポーツではアスリートとしての実力と、コンテンツを作る力というのは比例しているのかもしれませんね。

あとは、プロスポーツ選手として生計を立てるのが難しいのは別にアクションスポーツに限ったことではありませんよね。サッカーのように、何千人にも及ぶプロ選手が活躍している一部の例外的なスポーツもありますが、例えば、明らかにメジャースポーツであるテニスでも、大きな収入を得ているのはトップ10までで、本当にそれだけで生活できているプロは世界で100人もいないのではないでしょうか。

アクションスポーツでプロと言える人は確実に10年前より多くなってきていますよ。デジタルメディアでアスリート個人がファンを獲得出来るようになったことはポジティブに影響しているほうが大きいのではないでしょうか。

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クリエーティビティに順位を付ける矛盾と戦う方法

後藤前回のインタビューで、フリーライドスキーの一番の魅力が「自由=Freedom」でクリエーティブなスポーツだということをおっしゃっていましたが、大会を開くということはジャッジをして順位を付けるということで、自由やクリエーティビティと相反するところがあると思います。

Nicolas: その通りですね。このスポーツが本来的に持っている「クールさ」、つまり自由さとそこからくるクリエーティブな部分を維持したまま、ポイントやランキングのシステムを導入していくことはとても重要です。

FWTがそれこそ世の中に溢れる無数のエクストリームスポーツのコンテンツの中でも輝きを放っているのはそれに成功しているからだという自負はあります。

後藤:具体的に守っている原則やルールなどはあるんでしょうか?

Nicolas:抽象的な言い方をすると、ランキングシステムやジャッジの基準、イベントの進行を作る時など全てにおいて、FWTのコアバリューに徹底的にこだわるということでしょうか。

具体的には、FWTでは、新しい会場を決めるときには必ず「現役の」選手も何人か一緒に山に登って、どの斜面が競技に適しているかを一緒に議論します。どこにスタートゲートを置くか、どこからジャッジが採点するのか、採点基準は適切か、全ての決定において現役選手の意見を重要視しています。

大会前に選手、スタッフと会話するNicolas
大会前に選手、スタッフと会話するNicolas

これは当たり前のように聞こえるかもしれませんが、私には現代の多くのスポーツがあまりにも商業化が進んだ結果、忘れかけていることのような気がしています。特にメガスポーツにおいてはスポーツのルールや仕組みを作っている連盟や協会の人達がアスリートと触れ合う機会が少ない気がします。80歳以上で、全く自分でスポーツをやらないボードメンバーが重要な意思決定を行っているのは、ナンセンスだと思います。

逆に言えば、マネジメントサイドがそのスポーツの未来を決める意思決定に、スポーツの最も重要な構成要素であるアスリートの意思を組み込む事が出来れば、他は後からついてきます。「Cool = クール」であること「Real = 本物」であること。これを両立するために、FWTのコアバリューは何かを考えて、常識にとらわれずにそこにこだわり続けることは絶対に必要なことです。

インタビューPart2でも述べましたが、デジタル時代に情報が溢れ、消費者は「嘘」を見分けることが出来ます。こういった取り組みが、FWTのコンテンツとしての価値を高める結果に繋がっていると信じています。FWTのやり方についてシェアするために、他のスポーツ関係者にワークショップをして欲しいと言われる機会も増えてきています。

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アウトドアアクションスポーツがただのブームではない理由

後藤:最後の質問なのですが、世界中でトレイルランニング、バックカントリースキー、マウンテンバイクなど、あなたの言う「アウトドアアクションスポーツ」の人気が高まっていると思います。このトレンドは続くと思いますか?

Nicolas:私はスノーボードと同時にサーフィンを10代の頃からやっていますが、サーフィンもいま、世界中でブームになっています。サーフィンもスキーも100年以上前に生まれたスポーツですが、その根本にある魅力は同じで、それは固いアイスバーンの上を滑るアルペンスキーとは異なるはずです。

スキーの道具の進化と同様、サーフボードも大きく、軽く、浮力の高いものが出来たおかげで、手軽に、少なくとも何回か波の上で立つのは誰でも出来るスポーツに進化しました。バックカントリーのレッスンや講習会が増えてきているのと同様、サーフィンのレッスンも体系化されてきて、子供から時間のないビジネスマンまで、手軽に「波に乗る」ということの根本にある楽しさを味わえる時代になってきました。

今あらゆるアウトドアアクションスポーツで起こっていることは、これと同じ現象です。

これに、 自然に触れることや山に登ることに対する人の根本的な欲求、健康意識の高まり、体験を簡単にシェア出来るメディアの登場などが合わさったのが今のアウトドアアクションスポーツの姿です。これはただの流行りではなく、昔から存在する山岳スポーツのカルチャーの進化であり、今後も大きくなっていくはずです。

白馬を視察したNicolas(2016)©Mikio Hasui/KLEE INC.
白馬を視察したNicolas(2016)©Mikio Hasui/KLEE INC.
株式会社Pioneerwork 代表取締役

電通を経て、フリーライドスキー/スノーボードの国際競技連盟Freeride World Tour(FWT)日本支部マネージングディレクター、2019年11月に株式会社Pioneerwork創業。日本が誇るアウトドアスポーツカルチャーとそのフィールドの価値を爆上げすることをミッションにしています。ヤフーニュース個人では山岳スポーツ・アクションスポーツ・エクストリームスポーツをカバーします。

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