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暗くて前向き:防衛的悲観主義

羽田野健技能習得コンサルタント/臨床心理士/公認心理師/合同会社ネス

「悲観する」という言葉には、マイナスのイメージがあります。悲観的な人、ときくと、「いつも悪い方にばかり考える人」や「起こりそうもないことをあれこれ心配している人」といったイメージが浮かぶかもしれません。なにかを成し遂げようとするとき、どちらかというと足をひっぱりそうな考え方です。しかし実は、悲観も使い方次第で、プラスの効果を発揮することがあります。実際に、悲観を目標達成に役立てる人たちもいて、こうした人たちの悲観は、「防衛的悲観」と呼ばれます。「悪いことを考える」こと自体には、目標達成にとって重要な意味があるのです。特に、日常的に不安が強い人にとっては、です。

不安にフタをしない、積極的な悲観

筑波大学の外山美樹によれば、悲観のプラス面は主に2つあります。1つ目は、予測です。悪いことを片っ端から考えていく、つまり予測していくことで、想定外の事態が少なくなります。これ自体に不安定減などの効果が期待できます。2つ目は、対策です。想定できれば、具体的な対策を考えたり実行したりできる可能性が生まれます。たとえば、採用面接にのぞむAさん。面接準備をしていますが、「これ言われたらヤバいな」など次から次へと不安なことを考えます。こういった積極的な不安の予測は、キャリアカウンセラーに相談するなどの具体的な行動へとつながり、「これだけやれば大丈夫」という気持ちをうみます。積極的に悪いことを考える防衛的悲観は、リスク予測と対策を通して安心や自信をうみ、楽観とは違った形で目標達成に役立っているのです。

防衛的悲観は、特に不安が強い傾向の人に適した心理スキルといわれています。不安の強さはある種体質に似たところもあり、もともと感じやすい人もいます。感じやすい人にとって不安は、温泉のように次から次へとめどなく湧き出てくるもののようです。本当に温泉だったらいいですが、「前向きに考えよう、不安なことは考えても仕方ないから」といった考えをすると、むしろ大事なところで不安が溢れてしまうことがあります。フタをしてしまったからです。

実際に、防衛的悲観主義の提唱者ノレムが実施したある実験から、その可能性が示されています。この実験では、防衛的悲観主義の人たちが2つのグループに分けられ、テストを受けました。まずテストの前に、それぞれが自分の成績を予測ました。グループ1は不安の高さを反映してか、実力よりも成績を低く予測しました。悲観的な予測です。グループ2はグループ1と違い、実験者から「あなたたちの実力なら上手くいくはず」と勇気づけられました。その結果「自分たちはできる」と考え、良い成績を予測しました。楽観的予測です。

さて、実際のテストの結果はどうだったでしょう。「自分たちはできる」と思ったグループ2の方が良い成績をとりそうですが、実際はその反対でした。グループ2は、自分たちの予想に反して、悲観的に予測したグループ1よりも成績が低かったのです。

不安を感じやすい人が前向きな考えやリラックスだけに専念すると、不安にフタがされ、未解消の不安を抱えてテストに集中しにくくなります。事前にあれこれ考え、その中で「大丈夫だ」と開き直ると、集中できるのかもしれません。

道は違えど最後は一緒

もちろん、前向きな考えやリラックスに効果がないわけではありません。たとえば不安が強すぎると、お腹がすごく痛いとか、息が苦しいなどの生理的な不快感が生まれます。いくら不安がリスク予測にプラスでも、そんな状態で冷静な思考を期待するのは難しい。そういうとき、呼吸法などのリラックス・スキルを使うと、不安の過剰な高まりが和らぎます。前向きな考えやリラックスに効果がないのではなく、不安の強い人がそれらだけをやると、効果が低いということだと思います。

不安にフタができない以上、それを有効活用する。防衛的悲観主義は、そんな「持ってるものでどうにかする」という人間の適応力から、生まれたものかもしれません。不安を解消する取り組みの中で実感した「大丈夫だ」は、楽観主義の人に負けないくらい、前向きなものなのでしょう。

−参考にした書籍−

□行動を起こし、持続する力 外山美樹著 新曜社

□ポジティブ心理学の展開 堀毛一也編 ぎょうせい

技能習得コンサルタント/臨床心理士/公認心理師/合同会社ネス

技能の習得・継承を支援しています。記憶の働き、特にワーキングメモリと認知負荷に注目して、技能の習得を目指す人が、常に最適な訓練負荷の中で上達を目指せるよう、社内環境作りを支援しています。主なフィールドは、技能五輪、職業技能訓練、若者の就労、社会人の適応スキルです。

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