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「なんでもっと落ち着いてやらなかったんだ」の裏側にある時間圧の影響

羽田野健技能習得コンサルタント/臨床心理士/公認心理師/合同会社ネス

「なんでもっと落ち着いてやらなかったんだ」

仕事を任せた相手が焦って失敗をしたようなとき、こういったことを感じるものです。

なぜ落ち着いてやれないかは色々理由があるでしょうが、その一つに、「時間圧」というものが影響があります。

時間は仕事や生活につきもので、締め切りや納期などの形をとり、まるでアクションゲームの強制スクロールのように私たちに迫ってきます。そうしたスクロールに追われながら、何をするか決めたり、行動したりします。

このように時間が迫ってくることの影響は、時間圧と呼ばれます。

時間圧は、航空機などの重大事故につながる主な要因として知られています。

時間圧が高い状況では、頭の作業台であるワーキングメモリが圧迫されて十分に使えなくなり、本来は必要な手順を省いたり、確認作業をおこたったりといったことが起こると言われています。

図1.時間圧のイメージ
図1.時間圧のイメージ

飛行機を飛ばすわけではない私たちの日常にも、時間圧が影響します。

例えば仕事で、1時間後が締め切りの資料を作っている最中に、お客さんから30分後に見積書が欲しいと言われ、時間がないため「早くしなきゃ」と思って以前作った見積書をコピーして使ったところ、一部がエクセルの数式ではなく数字のベタ打ちになっていて、全く違う数字のまま送ってしまったというケースを聞いたりします。制限時間が「今日中」などの場合と比べて、「30分」は短く、厳しいものです。そのため、いつもならするはずの確認作業が省略され、それが失敗につながった可能性があります。

このように、制限時間が厳しくて、その時間内にやることが多い場合ほど、時間圧の影響は大きくなります。その結果、焦りが強くなり、落ち着いて何かに取り組むことが難しくなります。

時間圧を下げるシンプルな方法は、時間を伸ばすことです。仕事の時間を伸ばせば、その分時間圧は下がります。しかし、実際には、伸ばしたくない場合も、時間厳守の場合もあります。

では、時間を厳守した上で、時間圧を下げることはできるのでしょうか。

仕事の性質で違いはあると考えられますが、熟練者へのインタビューや調査から、熟練者が時間圧を下げる方法がいくつか見えてきます。

そのうちの一つは、「時間のメニュー」を使って時間を割り当てるというものです。熟練者は、「時間がない」という状況で、目的の仕事を終えるのに必要な時間を、かなり正確に計算できます。この正確さの背後には、一つの仕事にどれくらい時間が必要かを、まるでレストランのメニューのように、頭の中に持っています。

例えば、技能五輪全国大会でメダルを獲得するようなレベルの選手は、「Aという作業は何分、Bという作業は何分、Cは省略しても構わない」などのように、作業についての非常に詳細な時間のメニューを、頭の中に持っています。それによって、不測の事態が起こり、時間圧が高まっても、Cを省略すれば全体で何分余裕を作れるとか、この工程は何分余裕があるといったことがわかります。その結果、焦りが減少して落ち着いた作業が可能となります。

こうしたメニューは無意識的かつ直感的に使われるケースが多いと感じられますが、メニューを使うことで、例えば1分しか時間がない場合に何ができるかを、適切に見積もることができるようです。

図2.時間メニューと時間の割り当てのイメージ
図2.時間メニューと時間の割り当てのイメージ

その一方で、経験の浅い初心者の場合は、このようなメニューをまだ持っていません。そのため、どの仕事にどう時間を割り当てればいいかわからず、思いついたことをすべてやろうとしてしまいます。その結果、焦って、上手くできなかったりします。

時間がないときほど、立ち止まってメニューを思い浮かべてみるのは、有効な方法の一つといえます。もちろん、慣れないうちは正確なメニューではないでしょうし、そもそも時間がないときに立ち止まること自体、難しいものです。しかし、そんな中でもひとまずやってみて、後でどうだったかを自分にフィードバックするしていくと、メニューの精度が上がっていきます。

「落ち着いてやれる」とは、こういったことを積み重ねていった結果として得られるものと言えるかもしれません。

技能習得コンサルタント/臨床心理士/公認心理師/合同会社ネス

技能の習得・継承を支援しています。記憶の働き、特にワーキングメモリと認知負荷に注目して、技能の習得を目指す人が、常に最適な訓練負荷の中で上達を目指せるよう、社内環境作りを支援しています。主なフィールドは、技能五輪、職業技能訓練、若者の就労、社会人の適応スキルです。

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