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萩野公介の挑戦 「複数種目」に挑む理由

萩原智子シドニー五輪競泳日本代表

7月28日から、世界水泳(競泳競技)がスタート。個人6種目、リレーを含めると最大8種目に出場する予定の萩野公介が注目を集めている。個人での出場種目は、200、400m個人メドレー、200、400m自由形、100、200m背泳ぎの6種目。萩野自身も「400m個人メドレーの金メダルを含め、複数種目でのメダル獲得」を目標に覚悟を持ってチャレンジしている。

400m自由形で53年ぶりのメダル

そんな萩野が、大会初日から高いポテンシャルを魅せつけた。男子400m自由形で3分44秒82の日本新記録で銀メダルを獲得。この種目では、53年ぶりのメダル獲得となり、日本水泳界の歴史を塗り替えた。

今大会3日目には、200m自由形で日本新記録を樹立して5位に食い込み、100m背泳ぎでも7位に入賞。メダル獲得はならなかったが、出場している種目全てで決勝に残る強さは、十分に評価できる。このチャレンジを支えているのは、やはり彼の目指すものが大きいからなのかもしれない。

怪物フェルプスのように

北京五輪で8冠を達成した、アメリカの怪物マイケル・フェルプスを観て育った世代の萩野は、ことある毎に「フェルプス選手のように強くなりたい。追いつくために自分には何が必要か考えて補ってきました。複数種目にチャレンジするのも、そのためです」と話してきた。

3年後のリオデジャネイロ五輪に向けて、スタートとなる今大会。今年、このハードスケジュールを経験しておくことが、今後の判断材料にも繋がると考えている。

究極のエコ泳法を支えるもの

すでに複数種目でのポテンシャルの高さを発揮している彼の強さは、何なのか。彼は小学生高学年の頃から徐々に基礎体力作りを行い、その積み重ねで強靭な体幹を作り上げてきた。体幹が強いため、水の抵抗を受けない水中姿勢をレースの前半も、疲れが出る後半にも崩さず保つことができる。そのため、苦しいところでフォームを崩さずに泳ぎ切ることが可能になる。

水の抵抗を受けない泳ぎのため、無駄なエネルギーを使うことがない。その結果、「究極のエコ泳法」が可能となる。もちろん、複数種目をこなせる体力面、精神面での強さもあるが、エコ泳法ができているからこそ、あの400m自由形決勝で見せた爆発的なラストスパートが生まれるのだ。彼がこれほど複数種目で強いのも、このエコ泳法が、ひとつの要因となっている。

驚異の回復力

複数種目に出場すると、体にかかる負担は大きなものになる。萩野のように高いレベルではないが、私も昔、複数種目にチャレンジしたことがある。レース間隔30分を経験。その時は、次のレースまでの間、調整用のサブプールで泳ぎ続けた。レース後は、体がパンパンに張り、乳酸が溜まる。その疲労を取り除くために、ジョギングのようなスイムを行い、少し脈を上げることで、血流を良くし、乳酸を除去する作業をしていた。

観ている人から、ジッとしていた方がいいのでは? そんなに泳いで大丈夫? と心配の声を聞くことがある。しかし萩野もレースとレースの間隔が短いとき、サブプールで約1500mを泳いでいた。泳ぐことで、体に溜まった乳酸を除去しているのだ。しかし萩野は、他の選手に比べても、乳酸除去能力が強いのかもしれない。脅威の回復力を感じる。

それに加え、体重管理も大きなポイントになる。私が複数種目にチャレンジした際、1週間の試合で体重が4キロ減少したことがある。いくら食事を摂取してもエネルギー消費量が高く、体重維持が大変だった。特に萩野は男子選手であるため、体脂肪率も低く、体にかかってくる負担も大きいだろう。世界水泳(競泳競技)後半戦に向けて、しっかりと食事やサプリメントを摂取し、体重管理にも気を付けてもらいたい。

「複数種目」に挑戦する理由

今大会、萩野のチャレンジは「複数種目」がキーワードとなっているが、色々な泳法であることはもちろんのこと、100、200、400mと広範囲に渡って異なる距離にも出場している。スプリント能力も持久力も問われる種目に出場しているため、レース毎の切り替えは、とても大変な作業となる。

当然、ウォーミングアップは、それぞれの種目、距離によって異なる。出場種目によって、体も心も切り替えなければならない。複数種目へのチャレンジは、総合的な強さを必要とする。だからこそ、萩野は、チャレンジし続けているのかもしれない。

世界の「HAGINO」へ

ここまで萩野は、400m自由形での銀、200m自由形での5位、100m背泳ぎでの7位、・・・と「金メダルを含む、複数種目でのメダル獲得」に向けて、素晴らしいスタートを切っている。大会後半戦には、得意の200m、400m個人メドレーや200m背泳ぎが待っている。後半戦、彼がどんな泳ぎを見せてくるのか。

3年後のリオデジャネイロ五輪に向けても、今回の経験は彼にとって大きな支えとなるに違いない。日本の萩野ではなく、世界の「HAGINO」へ。大きく羽ばたく夏になる。

シドニー五輪競泳日本代表

1980年山梨県生まれ。元競泳日本代表、2000年シドニー五輪に出場。200m背泳ぎ4位。04年に一度引退するが、09年に復帰を果たす。日本代表に返り咲き、順調な仕上がりを見せていたが、五輪前年の11年4月に子宮内膜症・卵巣のう腫と診断され手術。術後はリハビリに励みレース復帰。ロンドン五輪代表選考会では女子自由形で決勝に残り意地を見せた。現在はテレビ出演や水泳教室、講演活動などの活動を行っている。

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