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差別禁止の理念法すら成立しない現状であっても、ネットメディアは差別扇動への対策を

韓東賢日本映画大学教員(社会学)
排外主義団体のヘイトデモで「活用」された「ヘイト画」(10月25日、京都市内)

罰則なしヘイトスピーチ特化でも自民の一部が飲まず

ヘイトスピーチに象徴される排外主義の高まりを受け、民主、社民および無所属議員らが今年の通常国会に共同提出した「人種差別撤廃施策推進法案」は、審議ストップのまま与野4党間協議が7回も重ねられたものの合意にはいたらず、継続審議となった(9月27日に会期終了)。法制化は、日本が1995年に加入した国連・人種差別撤廃条約が求める義務だ。加入から実に20年が過ぎている。

提出者のひとり、有田芳生参院議員(民主)によると、罰則のない理念法だが差別全般を禁じる法案に対し、与党が「間口が広がりすぎているという姿勢」だったため、「ヘイトスピーチに特化した内容に修正ができないか」を議論していたという(東京新聞9月28日付)。

繰り返すが同法案は、「差別にノーと言うだけ」の罰則のない理念法。にもかかわらず聞くところによると、自民党内の反対が根強かったようだ。ヘイトスピーチへの特化は、自民の意向を汲んだ公明党が打ち出し、提出側も受け入れやむなしという方向だったが、結局はそれすらも自民の一部が飲まなかったという。どうやら彼らの理念、政策そのものに抵触すると判断したのだろう。ずいぶんと「自覚的」なことだ。

ネット上、路上での差別を扇動する「ヘイト画」

こうしたなか9月上旬、自称漫画家のはすみとしこ氏が自らのFacebookページに投稿した難民を中傷する自作のイラストが差別的だとして、内外から批判を浴びるという出来事があった。「偽装難民の揶揄」だという同氏の「釈明」そのものが、偏見にもとづく悪意に満ちた中傷であることの証明だ。同ページにはかねてから在日コリアンや中国、韓国などに対する根拠なきデマにもとづく差別発言やイラストが投稿され続けており、難民中傷イラストが国際的な批判にさらされた後にも、外国にルーツを持つ日本国籍取得者や在日コリアン、在日外国人一般を中傷する「新作」が立て続けにアップされた。

こうしたSNS上の「表現」が深刻なのは、万一それ自体が直接的な攻撃ではなくても、文脈を共有する差別主義者への容易な扇動となるからだ。実際、同ページのコメント欄には、呼応して難民や在日コリアンへの明白なヘイトスピーチが多数書き込まれている。10月25日に排外主義団体が京都市内と東京・銀座で行ったヘイトデモでは、同氏がFBページにアップした複数の「ヘイト画」がプリントされそのままプラカード、横断幕のように使われたことが確認された(写真参照)。扇動は、何もネットのなかだけに限られたことではないのだ。

FBの規定には、属性にもとづき他人を直接攻撃する差別発言は削除する、そのような集団に対する憎悪の扇動を目的とした団体や個人の存在を許可しない、そのようなコンテンツを見つけた場合は報告をお願いします、と書かれている。そのため多くのユーザーがサポートセンターに報告したが、「規定違反ではない」の一点張りで、10月1日からは、FBが差別だと認めるよう求めるネット上での署名運動も始まった(10月29日現在で賛同者13,000人超)。

「規約違反ではない」一点張りのFB、その他の動向

Yahoo!は9月3日、中国情報サイト「サーチナ」との提携契約を解除することを発表した。報道によると、サーチナで嫌韓や嫌中のニュースが増えたことが問題になっていたようで、Yahoo!ニュースからそのようなニュースを減らすことが目的のようだ。同ニュースは以前からとくにコメント欄のヘイトスピーチが問題視されていたが、9月15日にはスタッフブログを通じ、「インターネットにおける健全な言論空間」をめざし、新たな基準を設けてヘイトスピーチなどへの対応を強化すると宣言している。

また、ネット上のヘイトスピーチの生みの親的存在でもある掲示板サイト「2ちゃんねる」(2ch.net)は、同サイトの書き込みを転載したいわゆる「2chまとめサイト」の運営を11月1日から許諾制にすると発表した。2chまとめサイトは恣意的で悪意のある転載、編集でPVを上げて広告収入を狙うケースが後を絶たず、排外主義を扇動するデマの拡散装置ともなってきた。

一方、長らくヘイトスピーチの温床となっており、昨年12月に在特会が公式チャンネルを開設してからとくに批判の声が高まっていた「ニコニコ動画」を運営するドワンゴは今年5月、公序良俗や一般常識に反する行為などを禁止した規約に違反したとして在特会チャンネルを突然閉鎖したが、その具体的な理由や事情については明らかにされていない。同社が10月1日に発表したニコ動などの活動ガイドラインは、「みんな空気読め」「運営の対応に過度の期待をしないようにしましょう」などとして、原則的にはユーザーの自主性にゆだねる方針の無責任な内容となっている。

PVが収益に直結するネットメディアの社会的責任

3月に発表された国連マイノリティ問題に関する特別報告書は、インターネット・プロバイダーに対し、国内法と国際基準に沿ったヘイトスピーチと扇動に関する詳細な規約や通知および削除手続きを制定、実施するよう促した。

冒頭で触れたように、残念ながら日本では差別禁止の理念法すら成立していないのが現状だが、求められているような実効的な対策は、ユーザーの投稿とPVが収益に直結するネットメディア運営企業が引き受けるべき社会的責任だろう。また最近の一部の動きは、ヘイトでPVを稼ぐことが社会的信用を失うことにつながり、それによって結果的には収益面でもマイナスになるという認識が生まれ始めているということではないだろうか。だとしたらそれは正しい判断だろう。引き続き動向を注視したい。もちろん、継続審議となった「人種差別撤廃施策推進法案」の行方についても、だ。

(『週刊金曜日』2015年10月23日号「メディアウォッチング」に加筆修正)

日本映画大学教員(社会学)

ハン・トンヒョン 1968年東京生まれ。専門はネイションとエスニシティ、マイノリティ・マジョリティの関係やアイデンティティ、差別の問題など。主なフィールドは在日コリアンのことを中心に日本の多文化状況。韓国エンタメにも関心。著書に『チマ・チョゴリ制服の民族誌(エスノグラフィ)』(双風舎,2006.電子版はPitch Communications,2015)、共著に『ポリティカル・コレクトネスからどこへ』(2022,有斐閣)、『韓国映画・ドラマ──わたしたちのおしゃべりの記録 2014~2020』(2021,駒草出版)、『平成史【完全版】』(河出書房新社,2019)など。

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