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韓国映画・ドラマの「正しさと面白さ」――不正義への目線、エンタテインメントが持つ力への信頼とその技量

韓東賢日本映画大学教員(社会学)
映画『明日へ』より。勤め先のスーパーで、突然一斉解雇を告げられる主人公ソニたち

不当解雇に抗う非正規雇用女性たちの物語『明日へ』

現在、TOHOシネマズ新宿他で公開中の韓国映画『明日へ』(原題『カート』、英題"cart"、(c)2014 MYUNG FILMS All Rights Reserved. 配給:ハーク)は、大手スーパーである日突然、一斉解雇を通知された非正規雇用で働く女性たちが、屈することなくピケや立てこもりで会社とたたかう話だ。実話をもとにしており、かつて『外泊』という優れたドキュメンタリー映画も作られている。このテーマでごりごりの社会派作品なのに、人気女優やアイドルが出演し、きちんとひとつのエンタテインメントとして作ってしまうところに、韓国映画「らしさ」を感じた。それは、近年の韓国映画に共通するひとつの特徴が、「正しさと面白さの同居」だと考えているからだ。

アイドルEXOのメンバーも出演、社会のひずみ描く

主人公の息子役で映画初出演を果たし好演したEXOのD.O.。主題歌『叫び』も担当
主人公の息子役で映画初出演を果たし好演したEXOのD.O.。主題歌『叫び』も担当

金にモノを言わせ、国家権力さえ味方につけて暴力的に労働者を切り捨て排除する資本のえげつなさは容赦なく、やはり実話をもとに、労災で娘を失い巨大財閥サムスンとたたかった父親を描いた『もうひとつの約束』もそうであったが、個人的に、とくに労働問題をめぐる人間の尊厳をかけたたたかいを描いた話には心を揺さぶられずにはいられない。

とくに、たたかうひとりひとりの女性たちがおかれた様々な境遇、だからこそのたたかいを通じた連帯(と、ときに分断もあるのだが)と主体化のプロセスは、胸に迫るものがある。映画化にあたって盛り込まれた主人公の息子(人気アイドルグループEXOのD.O.が、本名のド・ギョンスとして映画初出演を果たし好演)とその友だちをめぐる貧困家庭やブラックバイトのエピソードも、話を立体的に見せてくれるうえで効果的だった。登場人物それぞれを通じて、社会のひずみが丁寧に描き出されている。

他人事ではない日本、「落差」はあっても意義ある公開

警察の放水のなか、団結してたたかうクライマックスシーン。原題『カート』はここから来ている
警察の放水のなか、団結してたたかうクライマックスシーン。原題『カート』はここから来ている

ストレートに感動的な作品だが、あざとさを感じさせない。プ・ジヨン監督の視線と手腕は確かだ(ちなみに女性)。クラウドファンディングに多くの市民が参加して製作されたというが、シネコンレベルで大規模公開され好評を博したという。

ただ、韓国公開時とまったく違う宣伝ビジュアルとぼんやりしたタイトルはどうにかならないものだろうかと思いつつ、一方で、日本でも人気のEXOのメンバーが出ていなければ日本での公開もなかっただろうと思いつつ、でもそれがきっかけでもいいからたくさんの人が見て、韓国社会のことを知り、そしてここに盛り込まれた社会問題をまったく同じようにかかえるここ日本社会のこと、また人が働くということと人間の尊厳について、考え、省みる機会にしてほしいと強く思った(とはいえ日本におけるK-popのファン層と、非正規雇用女性のたたかいを描いたこの物語との距離はそう遠くない。実態としても意識としても、むしろ重なり合う部分が多いと考えている)。

同じテーマを扱ったマンガ原作のドラマ『錐』も好評

現在、韓国ではやはりスーパーを舞台に非正規雇用の労働問題に焦点を当てたドラマ『錐』(原題、韓国JTBC)が、好調な滑り出しを見せて評判になっている。原作は韓国独特のネットで読むスタイルのコミック「ウェブトゥーン」の人気作。本作にもEXOと同じ事務所の先輩アイドルグループ、日本でも人気が高いSUPER JUNIORのイェソンが出演している。おそらく日本でも放送されるだろう。「正しさと面白さ」はいかに同居しているのだろうか。楽しみだ。

(『週刊金曜日』2015年11月20日号「メディアウォッチング」に若干の加筆修正)

追記。『錐』の音楽制作会社をめぐる告発とたたかい

韓国で初めて非正規雇用の不当解雇と労働組合の問題を正面からテーマに据えた意欲的なドラマだと話題になった『錐』は29日、好評のうちに最終回を迎えた。だが上で転載した記事を書いた後、ドラマ『錐』の音楽を担当したロイエンタテインメントが、所属する新人作曲家たちの著作権を尊重せず搾取しているという内部告発をきっかけに、映画・ドラマの音楽制作に携わる作曲家たちの「やりがい搾取」に関する議論が韓国内で巻き起こっていることを知った。

8月19日付(11月26日修正)のハンギョレ電子版によると、同社に所属する相当数の作曲家は、会社が作曲家の同意なく曲を収集、使用し、それによる収入を明らかにしないなど、日常的な著作権侵害が行われていると主張しているという。記事は、作曲者の著作人格権と著作財産権をないがしろにしてきた放送界、音楽界の慣行と深い関連があると指摘しているが、この記事に対し、同社が事実と食い違うと抗議したことも追記されていた。

現代社会の労働者に共通するリアルなストーリーを描くとして、海辺の砂のような存在にされた個々人は連帯してこそ「錐」のように抑圧的な社会に切り込めるとうたったドラマの内容が内容だっただけに、とくに韓国で音楽や映像の仕事についている筆者のFacebookフレンドの間でも話題になっていて、ドラマ制作側の倫理的な姿勢を問い質すような意見も多く目にした。

ドラマ放送中の11月中旬、「幽霊作曲家たち――ロイエンタテインメントに対応する集い」が立ち上がった。会のFacebookページによると「みなが知っているドラマの音楽を作曲したのに、誰も知らない幽霊作曲家たち」と同社との契約問題に対応するために結成されたものであり、同社の不当で不法な著作権侵害と搾取を告発しながら交渉の道を探り続けているようだ。21日に発表された声明によると、作曲家たちは同社が誠実に交渉に臨み不当な契約の解除を確認するよう求めている。まさに『錐』のようなことが、その作品もかかわる作品の外の現実のなかで起きているのだ。

この間、支持も広がった。テレビの報道番組も映画やドラマ界にはびこる「幽霊作曲家」問題を取り上げた。また26日に行われた「青龍映画賞」の授賞式では、脚本賞を受賞した『少数意見』(原題。ちなみにこの作品も2009年、ソウル市の雑居ビルで強制的な立ち退き要求を拒否して立てこもった市民らと警官隊が衝突し6人が死亡した事件をモチーフに、国家権力の責任を問う社会派の作品である)原作者の作家ソン・アラム氏が受賞コメントで「この地の幽霊作曲家を応援する」と述べて話題になった。

「正しさと面白さ」の同居と言ったが、その背景に不正義に満ちたブラックな現実があるのは事実だ(たとえば、日本で人気のアイドルたちが所属する芸能事務所だって決して他人事ではないだろう)。でも同時に、正義への信頼、社会的コンセンサスがあるから、こうした告発の声が表面化するし(もちろん、もみ消されたりかき消されることも多いだろう。資本や権力の側はいつもえげつない)、支持の声や会社、業界への批判も広がる。その一方で、問題含みの業界であっても『明日へ』や『錐』のような作品も作られる(それは資本の側のしたたかさであったりもするだろう)。

不正義と正義が真っ向から火花を散らし合う圧縮近代化のもと、民主主義を自らの手で獲得してきた韓国社会では、文化やエンタテインメントの持つ力への信頼もまた強いのだと思う。そして、それを可能にする技量も確かだ。

日本映画大学教員(社会学)

ハン・トンヒョン 1968年東京生まれ。専門はネイションとエスニシティ、マイノリティ・マジョリティの関係やアイデンティティ、差別の問題など。主なフィールドは在日コリアンのことを中心に日本の多文化状況。韓国エンタメにも関心。著書に『チマ・チョゴリ制服の民族誌(エスノグラフィ)』(双風舎,2006.電子版はPitch Communications,2015)、共著に『ポリティカル・コレクトネスからどこへ』(2022,有斐閣)、『韓国映画・ドラマ──わたしたちのおしゃべりの記録 2014~2020』(2021,駒草出版)、『平成史【完全版】』(河出書房新社,2019)など。

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