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あかつきの再挑戦 -太陽系科学探査の豊作年、有終の美を飾るか日本の宇宙科学-

縣秀彦自然科学研究機構 国立天文台 准教授
探査機あかつきと金星 提供:国立天文台4D2Uプロジェクト「Mitaka」より

12月を迎え、めっきり冷え込むようになりました。夜空においてもギリシャ神話の詩情溢れる秋の星座たちに代わり、絢爛豪華な冬の星座たちが主役に代わろうとしています。

この時期、忘年会帰りなど21時を過ぎる頃になると、オリオン座の下に明るく-1.5等のシリウスがとても明るく輝いています。日付が変わる頃になると真東の空から木星が上がってきます。-2等の輝きです。木星はいま、しし座にいます。3時を過ぎると、さらに東の空に金星が輝き出します。

2015年12月、明け方、暁の東の空 提供:国立天文台天文情報センター「ほしぞら情報」
2015年12月、明け方、暁の東の空 提供:国立天文台天文情報センター「ほしぞら情報」

明けの明星・金星はー4等台の明るさで輝き、とても目立っています。その暁の空の金星に向けて、JAXA宇宙科学研究所の金星探査機「あかつき」がいよいよ12月7日に金星への接近を再チャレンジします。

金星探査機「あかつき」は、日本では初めての金星探査機です。日本の惑星探査は火星探査機「のぞみ」が1998年に打ち上げられていますが、通信機能や電気系統の故障により、火星を回る軌道に入ることが出来ませんでした。

一方、あかつきは2010年5月21日に打ち上げられました。あかつきは、その年の12月7日にエンジンを逆噴射することで減速し、金星に近づいてその周りを周回する計画でしたが、機械のトラブルで十分な減速が出来ませんでした。結果として、あかつきは、太陽の周りを回る人工惑星となりました。しかし、宇宙研の研究者・技術者の皆さんは「ネバー・ギブアップ」。プロジェクトマネージャーの中村正人教授をはじめ簡単には諦めない粘り強い精神の方々ばかりです。小惑星探査機「はやぶさ」が幾多のトラブルを乗り越え、起死回生の活躍で無事、小惑星イトカワの微粒子を地球に持ち帰ったように、あかつきチームもミッションを諦めることなく、あかつきが金星に近づくチャンスを5年間うかがってきました。

金星が太陽を回る周期は、225日、一方、あかつきは当初203日で公転。つまり、あかつきのほうが金星より太陽に近い内側を回っています。この夏7月中に何回か姿勢制御エンジンを噴射し、減速と方向を変え、金星を回る軌道に投入する準備が整いました。12月7日に再び姿勢制御エンジンを噴射して減速し、金星周回軌道に再投入する予定です。

明けの明星、宵の明星として古くから親しまれてきた金星。月を除くと地球にもっとも近い星でもあります。かつて清少納言も枕草子のなかで「星は すばる。ひこぼし。ゆふづつ。よばい星・・・」と記しています。清少納言のお気に入りは、すばる、ひこぼし(いまのおりひめ星)、金星、流れ星でした。しかし、清少納言は明けの明星と宵の明星が同じ星であるとは気づいていなかったかもしれません。

金星は地球の双子星とも呼ばれています。大きさが地球とほぼ同じなのです。しかし、その実態は探査機が飛んで行ける時代になるまではまったくといってよいほど分かっていませんでした。それは、金星の厚い大気がベールとなって表面の様子をまったく地上からは伺い知ることが出来ないからです。

金星の厚い大気の主な成分は二酸化炭素です。上空50km付近には濃硫酸の雲もあります。初めて金星の表面に着陸することに成功した探査機はソ連の金星探査機ベネラ7号で、1970年のことでした。人びとの予想をはるかに上回る表面温度500℃、90気圧という世界でした。鉛も溶けるような環境下で、とても生物が活動できるような環境ではありません。

ソ連は金星探査をもっとも熱心に行った国で、計20機近くも探査機を打ち上げました。その結果、金星の大気の様子についても、スーパーローテーションと呼ばれる時速400kmを超える暴風が吹いていることも分かりました。

今回のあかつきミッションの目的は、金星の大気の謎を解明することです。

金星は「地球の双子星」、太陽系が出来た当時は地球とまったく似た姿で誕生した惑星と考えられています。ところが金星は高温の二酸化炭素の大気に包まれ、硫酸の雲が浮かぶ、地球とはまったく異なる環境です。

なぜ、金星の環境が地球とこうも違うのか?それがわかれば、地球が金星と違って穏やかな生命あふれる星となった理由や、地球の今後の気候変動を解明する手がかりが得られます。 つまり、あかつきによる金星探査は地球環境を理解する上で重要と考えられているのです。

フランス・パリにおいてCOP21(国際連合気候変動枠組み条約第21回締約国会議)が開催されているように、今日、地球の温暖化が国際問題となっています。温暖化が産業革命以降に人類が放出した二酸化炭素によるものだという考えと、そうではないという考え、または温暖化は起こっていないと主張する人さえいます。二酸化炭素やメタンなどは大気を暖める温室効果という効果を生みますので、一般には二酸化炭素が増えすぎると温暖化する可能性があると考えられています。

大気中に締める二酸化炭素の割合は、地球が0.4%程度なのに対し、金星は96%(地球大気は窒素78%、酸素21%)。地球も46億年間に出来たあとは二酸化炭素が大量に大気中に含まれていたと考えられています。 金星に比べ、太陽からの距離が僅かに遠く、太陽から受け取るエネルギーが僅かに少なかったために、大気中の水蒸気が冷えて雨となり海を形成したのでしょう。その際、大量の二酸化炭素も水に溶けて、海へと運ばれていきました。このことにより、今の地球大気の状態が作られたと考えられるのです。地球の将来を考える上でもお隣さんの惑星・金星を知ることは大事と思われます。

同じく12月3日には、昨年12月に打ち上げられたJAXA宇宙科学研究所の「はやぶさ2」の地球によるスイングバイも予定されています。10月のノーベル賞騒動の最中でしたが、JAXAははやぶさ2の目指す小惑星1999JU3の正式名称が、命名キャンペーンに応募があった多数の名前から審査し、「RYUGU(りゅうぐう)」と決まったことを発表しました。順調にいけば2018年にりゅうぐうに到着、表面に複数回タッチダウンして、表面と内部の粒子を地球に2020年に持ち帰ります。

12月3日に地球をスイングバイする小惑星探査機「はやぶさ2」 提供:国立天文台
12月3日に地球をスイングバイする小惑星探査機「はやぶさ2」 提供:国立天文台

今年は米国NASAのニューホライズンズの冥王星接近ESAの彗星探査機ロゼッタの活躍など、太陽系内探査で歴史的な成果を挙げた年になりました。そんな記念年の締めくくりとして、日本の2つの探査機のミッション「はやぶさ2」と「あかつき」がうまく進むよう応援したいと思います。

「あかつきの金星を見よう」キャンペーン

自然科学研究機構 国立天文台 准教授

1961年長野県大町市八坂生まれ(現在、信濃大町観光大使)。NHK高校講座、ラジオ深夜便にレギュラー出演中。宙ツーリズム推進協議会代表。国立天文台で国際天文学連合・国際普及室業務をを担当。専門は天文教育(教育学博士)。「科学を文化に」、「世界を元気に」を合言葉に世界中を飛び回っている。

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