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Huluはいい!

平林久和株式会社インターラクト代表取締役/ゲームアナリスト
Huluはアメリカではじまったオンライン動画配信サービスの名称。フールーと読む。

シーズン1:自由という売り物

年末の忙しい時期。もうすぐ休暇がやってくる。

まずはシンプルなおすすめ記事を書きたい。

今年、顧客としての私が「最も満足したインターネットサービスは?」と問われたら迷わずにHulu(フールー)と答える。この緑色、インターネット広告や、テレビCMで見たことがある。Huluのホームページも見たことがある。けれども、魅力がわからないという人向けに解説をする。

Huluに月額980円支払うと自由が買える。見たい映画をいくらでも見る自由。つまらなかったらいつでも視聴をやめる自由。気が変わったので、やっぱり見てみる自由がわがものになる。

普通の記事ならば、マルチデバイス対応なのでリビングでも、移動中にスマートフォンでも‥‥と続くところだが、その自由は今どき当たり前の自由。「ああ、自由」を強く感じるのは、トイレの中だ。家で映画を見ている。便意をもよおす。習慣とはおそろしいもので、リモコンを探しポーズボタンを押さなきゃ、と思う。けれどHuluは違う。手元に持つのはリモコンではなくiPadか、スマートフォンだ。携帯端末を持ち、おもむろにトイレに駆け込み、中断することなく感動のドラマを見続ける。この自由を得た瞬間、Huluで視聴して良かったな、と思う。

Huluでは、家族のひとりがアカウントを持っていれば、他の誰が、何を見ようと自由だ。

『ショーシャンクの空に』でフランク・ダラボン監督が好きになった夫は、これはただのゾンビ映画ではないぞと勘を働かせて『ウォーキング・デッド』を見る。子どもは子どもなので『ポケットモンスター』を見て、妻は妻なので『デスパレートな妻たち』を見て、老いた母は昔を懐かしんで『刑事コロンボ』を飽きもせずに全66話も見る。老いているので、すべて見た頃には最初のストーリーを忘れているから、もう一度見直す。家族そろって、見て見て見まくっても月額980円に変わりはない。

PCに向かって作業中、英語を聞いていると英語慣れするんじゃないか、と思う人ならば映像を見ないで、ただ音声を流しているのも自由。内容がまったくわからないけれども、人気順・ユーザー評価順の上位のものを手当たり次第に見るといった自由もある。

Huluの自由は細部にも宿っている。ユーザーからのフィードバックを参考にして日々改善されていくユーザーインタフェイス。字幕の色を白にするか、黄色にするかを選ぶ自由。ブラウザで視聴している際には、メイン画面の周囲の明るさを変える自由もある。さらに特筆しておきたいのは、休止する自由もあることだ。すでにHuluの加入者であったとしても、意外と知られていないアカウントホールド。たとえば「忙しくて映画を見る時間はない」という期間があったとすれば、一週間単位でアカウントを一時停止することができる。この期間は利用代金が請求されない。

動画再生の詳細設定画面。
動画再生の詳細設定画面。

他のインターネットサービスが、「たとえ月初めに解約しても、月末まで利用したものとして請求します」的な課金システムを採用しているなか、利用期間さえも自由にコントロールできるのがHuluだ。金銭の損得ではなく、かゆいところに手が届く、ユーザーオリエンテッドな心意気に好感が持てる。以上でシンプルなおすすめ記事は終わる。さて、次は専門的なビジネスの話をしよう。

シーズン2:ノーマークの黒船

私はユーザーとしてHuluには惜しみない賞賛を述べたいわけだが、日本人として、この国のコンテンツ施策とやらを考えると重い気持ちになる。私がHuluを評価するわけ。前半ではボケをかましてトイレの話をしたが、真面目に語ると、時代の流れを的確に読み、流れに乗るためにやるべきことをやった。考え、そして考えたことを現実にした構造から「美」を読み取れるからだ。

世の中は多端末化が進む。マルチデバイスを想定したサービスにする。

利用者は忙しい。ゆえに視聴履歴をサーバーに残し、どの端末からでも再生を可能にする。

文字におこすと73字程度のことである。斬新なコンセプトでもなんでもない。だが、この当たり前を実際にやってのけたのがHuluのすごいところだ。多数の端末に対応するということは、2つの力が必要だ。どのハードであろうが、OSであろうが、最適化された環境で再生するための技術力。そして、相手がアップルでも、マイクロソフトでも、ソニーでも、任天堂でも、これら企業が発売するハードをHulu再生装置にしてしまう交渉力。Huluは技術力と交渉力を駆使して、実行してしまった。そして生まれたのが、驚異のマルチデバイス対応型シームレス動画コンテンツ管理システムだ。Huluの加入者とは、この巨大システムの利用者なのである。

日本でどうしてHuluが生まれなかったのだろう。日本の放送局、番組制作会社、映画会社が束なれば、Huluと同じことができた。だが、束なる発想もないまま、今を迎えてしまった。日テレオンデマンド、TBSオンデマンド、フジテレビオンデマンド、テレ朝動画‥‥放送局は独自サービスで番組を供給するが、視聴期間7日間、1時間番組の料金が300円と言われてしまうと、Huluを知ってしまったこの身は、やたら不親切なサービスに思えてしまう。放送局を横断的につないだサービスとして、2012年4月、NOTTV(ノッティーヴィー)が開局したが、こちらは視聴できる端末が少なすぎてお話にならない。日本初スマホ向け放送局のコンセプトも意味不明。

初代iPadと日本語対応したアマゾン・キンドルが発売された2010年、「電子書籍元年」と叫ばれた。時代がかった「黒船来襲」という比喩が頻繁に使われた。アップルとアマゾン。端末と巨大なオンラインストアを持つ2社が、著者と直接契約をして版元を「中抜き」することを出版業界は警戒した。その警戒体制は今も続く。

すでに今年11月の時点で加入者の伸び率は対昨年比で3倍になっているという。来年、Huluは飛躍的に加入者を増やすだろう。2013年の年の瀬、「Huluはノーマークの黒船だった」と、レンタルビデオ、放送(特に有料放送)など、映像にかかわる業界関係者が嘆く姿が目に浮かぶ。

株式会社インターラクト代表取締役/ゲームアナリスト

1962年神奈川県出身。青山学院大学卒。ゲーム産業の黎明期に専門誌の創刊編集者として出版社(現・宝島社)に勤務。1991年にゲーム分野に特化したコンサルティング会社、株式会社インターラクトを設立。現在に至る。著書、『ゲームの大學(共著)』『ゲームの時事問題』など。2012年にゲーム的発想(Gamification)を企業に提供する合同会社ヘルプボタンを小霜和也、戸練直木両名と設立、同社代表を兼任。デジタルコンテンツ白書編集委員。日本ゲーム文化振興財団理事。俗論に流されず、本質を探り、未来を展望することをポリシーとしている。

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