Yahoo!ニュース

変態マシンは正しく理解されるか。プレイステーション4(PS4)

平林久和株式会社インターラクト代表取締役/ゲームアナリスト
PlayStation Meeting2013で発表されたプレイステーション4

2013年2月20日(日本時間2月21日)、米・ニューヨークで次世代プレイステーション、PS4が発表された。その後の反応は賛否両論というか、バラバラだ。発表内容と世論。総合的に見て、地に足の着いた議論がされていない。大手マスコミは大衆迎合よろしくスマホとの比較論を語り、ゲーム専門メディアはソフト情報を並べ、経済記者は販売価格と原価の予測をしている。人はわかることについてわかるのが常。わかる範囲の議論が乱立しているように思える。まずは、この混沌を整理してみたい。

■海外仕様という前提

PlayStation Meeting2013。この発表イベントは、ゲーム産業史の中で特異である。何が特異かというと、日本製のハードウェアが海外で、しかも海外の現地法人の仕切りで。また、日本人ではない登壇者が、日本語以外の言語で発表した例は過去にない。つまり、今回の発表そのものが異例の「海外仕様」になっているのだ。ゆえにPlayStation Meeting2013の評価と、PS4そのものの評価は、切り分けるべきだと考える。

現在、家庭用ゲーム市場は、世界全体の約4割を占める北米地域が主戦場だ。そしてこの戦場でプレイステーションは、マイクロソフトのXboxとしのぎを削り合っている。今回の発表は、仮想敵・次世代Xboxを想定しての先陣争いの意味があった。したがって、北米市場で実績のある開発スタジオのキーパーソンが会場ステージに登壇。プレイステーション陣営にいることを示すことは、たとえ発表会が冗長になったとしても、儀式として必要だったのだろう。

ハードウェアの特徴説明についても同じことがいえる。カメラで感知されるコントローラを見せたのは、Xboxの「キネクト」を意識したものだ。PS4にも身振りでのインタフェイスがあることを示すためだと思われる。サスペンドモードによって本体の起動を早くするプレゼンテーションもあった。サスペンドモード、スリープモード、呼び名はいろいろだが、電源を完全にシャットダウンしないで、再起動を早くする技術など目新しくもなんでもない。現在ではあらゆるデバイスに、10年以上昔のPCでも持っている機能だ。にもかかわらず、こんな機能を説明したのは、次世代Xboxにはこの機能がないことをソニー・コンピュータエンタテインメント・アメリカはつかんでいて、あえてアピールしたのではなかろうか。

主催者はそうは言っていないが、PlayStation Meeting2013の目的は北米市場で先制攻撃をすることだった。すなわち、PS4は日本製のハードだが、日本は当事者ではなかったのだ。日本市場へのメッセージが希薄だったため、また、この前提条件を踏まえないで論がわき起こったため、発表後の論点はおのずとバラバラになったのだろう。

■次の注目ポイントは?

価格。互換性。外観を含む本体仕様。

PlayStation Meeting2013では未発表、または詳細についての発表は保留されたこの3点に注目が集まるのは自然な流れだ。

発表会がいくら「海外仕様」であっても、この3点は新ハードを購入するかどうかの重要な事柄であることに変わりはない。これらについては、分析するうえでの尺度が明瞭なので、この場では特に論じない。そのかわりに私が気にする注目点を挙げてみる。

1.立ち位置

PlayStation Meeting2013が日本市場に響かなかった原因のひとつは、環境に対して閉じている印象を与えたことだろう。現行機、PS3が発売された2006年と今とでは環境が違う。新型ゲーム機が発表されれば話題騒然、という時代ではない。ライバルはXboxではなく、スマートフォンだと思う人が多数いる。こうした環境のなかで、PS4はどのようなスタンスをとるのか。立ち位置と今後進む方向を示す必要がある。

さて、その立ち位置はマルチデバイス時代に対応した、総合的なホームエンタテインメントマシンといったものではなく、意外かもしれないが、PS4はゲーム機であるように思える。理由は後述するが、PS4は最高級のゲーム機と開き直るのはひとつの考え方だろう。

スマホゲームは確かに元気がいい。けれども、世の中のゲームがすべて無料で提供される3分間の遊びばかりになっていいのか? という問いかけ。すなわち、PS4はコンピュータゲームが紡いできた歴史を正当に継承するハードだと「宣言」をしてもいいのではないだろうか。時代の流れに逆らうようだが、PS4という事実がそういう性格を持っているのだから、これを覆すとかえって混乱を招く。

2.変態マシン

公開されたPS4の情報のなかで、最もすぐれていると思うのは本体の頭脳部分、チップ構成である。x86-64のJaguar 8コアのCPU、8GBのGDDR5メモリー。多くの人にとっては意味不明の文字列だろう。文章になおすと、ソニー・コンピュータエンタテインメントの広報発表のように

PS4のシステムアーキテクチャーは処理性能、速度、開発のしやすさが特長です。PS4には専用に開発された8つのx86-64アーキテクチャーのCPUコアと最先端のGPUが搭載された高性能プロセッサーが搭載されています。

GPUは様々な面から性能の強化が図られ、物理演算など汎用的な計算処理(GPGPU)も容易に行えます。搭載されている18個のコンピュートユニットは全体で1.84テラフロップスの演算能力を有し、その性能をグラフィック機能やコンピューティング機能、またはその二つに自由に割り当てることが可能です。

また、176GB/秒の広い帯域幅を持つGDDR5のメモリーを8GB搭載しており、表現力豊かなゲーム開発がより効率的に行えます。

出典:プレイステーション4発表ニュースリリースより

と堅苦しくて難解なものになってしまう。これを思い切って言い換えると「変態マシン」ということになる。

日本でも当然、PS4のソフトの開発は行われている。現在、開発者たちが、まるで流行語になったかのように異口同音に口にするのが、「変態マシン」というあだ名だ。これは最上の誉め言葉である。常識では考えられないほどパワフルな能力を持っていることを、下世話だが変態の一語で言いあらわしている。

この10年間のゲーム機戦争は、「ニンテンドーDSは触る」「Wiiは振る」のように大向こうをうならせる一瞬のわかりやすさが重視されてきた。ゲーム機はコンピュータであるのに、その心臓部分を正面から語る文化が排除されてきた。だが、PS4は明らかに心臓部分がすぐれている。したがってこのポイントを、ニュースリリースの文体でも、変態の一語でもない言葉によって説明するのが、王道というものだろう。

3.粒子レベルの表現

変態だと何ができるのか。ある開発者は言った。「PS4ならば、髪の毛がなびくどころか、毛の先についた水が蒸発する様子まで表現できる」と。

できることのひとつは空気のような細かな粒子を表現することだ。PlayStation Meeting2013の冒頭で上映された動画を見るとわかりやすい。これは次世代ゲームソフトを開発するためのツール、「アンリアル4」のデモンストレーション動画だ。

どんなにリアルになったと言われても、今までのCGには嘘があった。対象となる物体とカメラの間に、実空間ならばあるはずの空気は「ないもの」とされてきた。粒子単位の変化の計算にコンピュータが追いつかなかったからである。高熱の物体と水が接触したとき、吹き出す水蒸気をあとから映像としてつけたしてきたのが今までのCGだ。これが進化した。リアルタイムに水蒸気の様子を計算上正しく表現できるのが、PS4以降のCGである。PS4のソフト紹介の映像を見ていると、砂けむり、火の粉、遠くの景色が霞む姿など、粒子単位の演出場面が多いのはそのためだ。

粒子単位で計算できる能力は、人の表現にもいかすことができる。光のあたり加減や表情によって変化する皮膚。皮膚はCGが描くのが最も難しいとされてきた。だが、PS4ではこの表現力が飛躍的に高まったために、PlayStation Meeting2013では顔のデモンストレーションが行われた。

「実写のよう」と感嘆されたPS4のコンピュータグラフィックス
「実写のよう」と感嘆されたPS4のコンピュータグラフィックス

ただの技術デモのように見えるが、この老人の顔には深い意味がある。白い肌、白髪、顔のシワ。これらは今までのCGが描くことを苦手としてきたものばかりなのだ。白は光の吸収率が高いので、その分だけ、計算しなくてはいけない量が増えてしまう。この計算が粗いと、まったくリアルに見えない。

したがって、過去のマシンで技術デモをする際には黒い肌、短髪は都合がいいとされてきた。下写真は2005年に行われたPS3の発表イベントでの映像。色を黒くすることによって、七難を隠していたのである。

PS3発表時のデモンストレーション映像より
PS3発表時のデモンストレーション映像より

まとめ

奇をてらわないで、素直にPS4の長所を述べよといわれたら、コンピュータとしての心臓部分がすごい、以上。ではないだろうか。こんなことをいうと、ゲームのグラフィックスばかりが進化して何の価値がある? と危惧の声が聞こえてきそうだ。確かに、ただ「CGがきれいになりました」だけではユーザーは喜ばない。

今後のPS4。

注目するのは、計算能力を数値ではなく、どのような価値を感じる言葉に変えていくかだ。

「きれい」「美しい」「美麗」などではない、何か。

哲学的にいうと、「量的変化から質的転換へ」を促すことが求められている。

通俗的にいえば、「変態は何をやらかすか」の説明が必要なのだ。

私の頭の中は「あるがある」という言葉が、グルグルと回っている。

今までのゲームCGは見るものだった。あくまでも目で見るもの。

「見る」のその先は。

まるで「ある」かのような空間と時間を、目、耳、手で感じ、ああ、ここに創造された世界が「ある」と感じる。そんな体験を、次世代のゲーム機がもたらしてほしいと願っている。

*本稿はゲームビジネス専門サイト「GameBusiness.jp」に掲載しました。

http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=7566

株式会社インターラクト代表取締役/ゲームアナリスト

1962年神奈川県出身。青山学院大学卒。ゲーム産業の黎明期に専門誌の創刊編集者として出版社(現・宝島社)に勤務。1991年にゲーム分野に特化したコンサルティング会社、株式会社インターラクトを設立。現在に至る。著書、『ゲームの大學(共著)』『ゲームの時事問題』など。2012年にゲーム的発想(Gamification)を企業に提供する合同会社ヘルプボタンを小霜和也、戸練直木両名と設立、同社代表を兼任。デジタルコンテンツ白書編集委員。日本ゲーム文化振興財団理事。俗論に流されず、本質を探り、未来を展望することをポリシーとしている。

平林久和の最近の記事