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Xbox One、オールインワンでは人の心を揺さぶれない

平林久和株式会社インターラクト代表取締役/ゲームアナリスト
5月22日に発表されたマイクロソフト・Xbox Oneの外観

■時代遅れのオールインワン

Xbox Oneが5月22日(日本時間)に発表された。

Xbox Oneのワンは「オールインワン」のワンからとった名前である。ゲーム、放送、音楽、Web、スカイプ、ブルーレイディスクが一台で楽しめる。あえて対比をすると、プレイステーション4がゲーム専用機としての性能を尖らせたマシンであるのに対して、Xbox Oneは多機能マシンだ。

オールインワンの機能で何をするのか。家庭内の大画面テレビを、これから発売されるXbox Oneを経由して操作するのだ。今までのゲーム機は、テレビにぶらさがる付属品のようなものだった。この位置から離れて、テレビを制御する側にまわろうとするのがXbox Oneだ。ということは、Xbox Oneはゲーム機というよりはデジタル家電的な性格を持つ。マーケットもコアゲーマーだけではなく、一般ユーザーに拡大する。そんな夢のシナリオが語られてもよさそうだが、市場の反応は冷たい。各メディアはスペックを淡々と紹介している。

究極のオールインワン・ホームエンターテイメントシステム。これはハード開発者ならば言ってみたくなるコンセプトだろう。けれども、このコンセプトは古いのではないだろうか。性能はXbox Oneには及ばないが、現在発売されているゲーム機でもオールインワンもどきのことはできる。新型のテレビにはインターネット接続機能がついている。そして、人々が無意識のうちに使っているPCはすでにオールインワン端末だ。PCが一台あれば、ゲームも映画もインターネットも扱える。マイクロソフトが打ち出したオールインワンの先行きを危惧する。

■伝説のスピーチ

以下は推測だが、マイクロソフトがオールインワンを訴えた背景に90年代の出来事。また、その頃に生まれた企業戦略が影響しているのかもしれない。

1994年11月。まだ、Windows95も発売されていない時期に、マイクロソフト・CEO(当時)のビル・ゲイツは未来を語っていた。ラスベガスで開かれたコンピュータ業界、最大のビジネスショー、コムデックスにてInformation At Your Fingertips 2005と題した基調講演を行っている。

この講演は手が込んでいた。登壇したビル・ゲイツの脇で、テレビドラマ仕立ての映像を上映した。映像は90年代にヒットしていた『ツイン・ピークス』を再現したものだった。ビル・ゲイツは頭の中で、先進的な未来を描いていた。その未来像を聴衆に伝えるために、大がかりなセットをつくり、俳優まで起用してオリジナルドラマを製作したのだ。

スクリーンからビル・ゲイツに呼びかける劇中の人物
スクリーンからビル・ゲイツに呼びかける劇中の人物
ビデオ会議に出席するためボトムがカジュアルすぎるママのファッション
ビデオ会議に出席するためボトムがカジュアルすぎるママのファッション
視聴者の好みを選択する双方向放送のデモ
視聴者の好みを選択する双方向放送のデモ

ドラマは講演した時から約10年後にあたる、2005年のシアトルを舞台にしている。IT技術の恩恵を受けた人々はどんな暮らしをしているのかをビル・ゲイツは語った。この未来予測は的確だった。まだ普及していなかった電子マネーやカーナビとともに、テレビが進化した姿も描かれていた。放映時間に縛られないオンデマンド放送や視聴者参加型の双方向放送などが、その概念とともに利用シーンが紹介されていた。

基調講演の翌年に、Windows95が発売された。結果は周知の通りで大成功を収めた。世界で普及するほとんどのコンピュータにWindowsがインストールされることになった。デファクトスタンダード(事実上の標準)という言葉が一般に広まったのはこの頃である。

すでに市場を開拓してしまった巨人はどこに向かうのか。競争相手になるOSはない。そこで、マイクロソフトが次に目指すべき場所は家庭内のリビングルームという仮説が生まれた。企業や書斎を制覇したマイクロソフトにとって、手つかずの領地はリビングルーム。ビル・ゲイツが基調講演で映像で示したように、家庭内にある大型テレビを放送の受像機だけに使うのはもったいない。テレビが進化すれば、インターネット、ビデオチャットもできる。ゲームや映画も楽しめる。この進化を実現するためには、テレビ筐体の上に置く箱、セット・トップ・ボックスが未来の必需品と思われたのである。このような時代背景があったから、「箱」を示すXboxのようなネーミングが生まれた。またそれは今回発表された、オールインワン・ホームエンターテイメントシステムの発想につながっていると思うのである。

マイクロソフトが持つジェスチャー認識システム「キネクト」は素晴らしい技術である。上下左右だけではなく、前後。つまり3次元の動きを的確に認識する。類似技術は他社も持っているが、認識の精度は他を圧倒する。Xbox Oneでは性能が大幅に向上して、人間の表情や指・関節の動き、全身のうちのどこに重心がかかっているか、心拍数までも認識できる。「キネクト」には次世代の可能性が満ちている。

オールインワンを謳うならば、そのタイミングは初代Xbox、あるいはXbox360発売のタイミングだったように思う。まだ発表を終えたばかりだ。Xbox One、オールインワンは新しい価値ではなくなってしまったので、大々的にアピールしなくてもいいだろう。そのかわりに「キネクトが世界を変える」くらいの大風呂敷を広げて、発売日を迎えてほしい。

●参考動画(英語)

1994年11月開催・COMDEXでのビル・ゲイツ基調講演“Information At Your Fingertips 2005”。0:15:40からリビングの描写がはじまる。

株式会社インターラクト代表取締役/ゲームアナリスト

1962年神奈川県出身。青山学院大学卒。ゲーム産業の黎明期に専門誌の創刊編集者として出版社(現・宝島社)に勤務。1991年にゲーム分野に特化したコンサルティング会社、株式会社インターラクトを設立。現在に至る。著書、『ゲームの大學(共著)』『ゲームの時事問題』など。2012年にゲーム的発想(Gamification)を企業に提供する合同会社ヘルプボタンを小霜和也、戸練直木両名と設立、同社代表を兼任。デジタルコンテンツ白書編集委員。日本ゲーム文化振興財団理事。俗論に流されず、本質を探り、未来を展望することをポリシーとしている。

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