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おもしろい布石を打ったNintendo Switch、現実主義者と戦う

平林久和株式会社インターラクト代表取締役/ゲームアナリスト
2017年3月3日に発売されるNintendo Switch(写真:ロイター/アフロ)

Nintendo Switch発表日に任天堂株値下がり

2017年1月13日、Nintendo Switchプレゼンテーション2017が行われた。このプレゼンテーションは金曜日の午後1時から始まった。開始と同時に任天堂株は値を下げ、同日の終値は1450円安(-5.75%)となった。

東京ビッグサイト。プレゼンテーション会場にいた証券アナリスト、経済紙記者を見つけて話を聞くと「値下げの第一の原因はソフト不足」。また、「わかりやすいセールスポイント不足」「サプライズに欠けていた」と何名かが指摘していた。試しに「どういう内容であれば『わかりやすい』『サプライズ』と思うのか?」と尋ねると、「たとえば、VRや4Kテレビ対応の話題でしょうか」との答えが帰ってきた。

意外かもしれないが、任天堂の新型ゲーム機が、発表初日から絶賛されることはめったにない。ニンテンドーDS(2004年発売)が発表されたときには「タッチペンでゲームをやって楽しいのか?」との否定的な見解があった。Wii(2006年発売)が発表されたときも「リモコンを振る遊び方は子供っぽい」「日本の狭い家屋事情では流行らない」などと言われた。任天堂のゲーム機は、常に否定的な意見と衝突する。ファミコンブームの勢いに乗り、成功が約束されていたスーパーファミコン(1990年発売)のみが例外である。スーパーファミコン発売の第一報が流れたのが1987年だから、じつに30年間も任天堂の新型ハードは世間の逆風と戦ってきたのだ。

1月13日、全貌が明らかになったNintendo Switchだが、いかにも「全員が絶賛」とはならなそうな内容だった。結論を先に言うと、Nintendo Switchの最大のセールスポイントはJoy-Con(ジョイコン)と命名された専用コントローラだった。今回のプレゼンテーションが行われる以前、Nintendo Switchの特徴といえば「据え置き型としても携帯型としても使える」と語られることが多かった。だが、今となってはこのイメージは変えるべきで、Nintendo SwitchはJoy-Conあってのゲーム機である。このコンセプトは正しいと思われるが、正論すぎる感もある。任天堂はJoy-Conを使って、おもしろい布石を打った。だが、VRや4Kテレビ対応のような、投資家が好む特長を述べたわけではなかったので、この日の任天堂は「売り」と判断されたようだ。

斬新なセンシングデバイスを兼ねたコントローラ

さて、Joy-Conである。発表当初は本体を挟むボタン装置程度に思われていたJoy-Conだが、単なるコントローラではなかった。ボタンの入力信号を本体に伝達するだけではない、多機能なセンシングデバイス(センサー装置)の性格を帯びていた。

なかでも、特に注目に値するのはモーションIRカメラだ。IR(InfraRed)は「赤外線」を意味する略語。Joy-Conに内蔵されたカメラは人間の目では見えない光をとらえて、モノの形や動きや距離を読み取っている。つまり、コントローラを使わず、手のひらや指の動きでゲームの操作ができるのだ。指先でアクションゲームのキャラクターを直接操作する。カードをめくる。楽器を弾く。絵を描く。指で何かをつかむ、つまむ、握る、つぶす、はじくなど。ゲームへの応用の幅は広い。気が早いが、将来的にはアナログな遊びやモノと結びつく可能性も考えられる。フィギュアやプラモデル、レゴのようなブロック玩具、カードゲームやボードゲームと連携した遊びが生まれるかもしれない。

(参考・2016年3月に任天堂が取得した「カメラで撮影した映像から手のジェスチャーを検出する技術」の特許資料

もうひとつの特長として挙げたいのは、HD振動と呼ばれる機能だ。Joy-Conは振動する。だがその振動は、携帯電話のバイブレーションとはまったく異なる。振動というよりは触感に近い。グラスに見立てたJoy-Conを動かすと、グラスの中の氷がぶつかり合う感覚が手に伝わる。しかも、「その氷の数もわかる」とほどだ。体験会場では実際にJoy-Conの箱に入っているボールの数を振動で当てるミニゲーム「カウントボール」も出展されていた。

センシングデバイスとしての機能を持つJoy-Conだが、このコントローラはWii リモコンと同じで、傾きや動きを感知する加速度センサーとジャイロセンサーを搭載している。ただし、精度はWii リモコンよりも大幅に向上している。腕を振って遊ぶのがWiiリモコンだとすると、Joy-Conは手首や手のひらの繊細な動きで遊ぶイメージだ。精度が上がったJoy-Conの機能を十分に使ったゲームがあった。Joy-Conを両手で握ってパンチを繰り出す、あるいは遠くの敵に「伸びる手」を打ち込む。『ARMS』という新作だ。Joy-Conの着想と同時平行で企画したゲームだと思われる。こういう新規タイトルが出てくるところに任天堂の底力を感じた。

会場でモーションIRカメラを使ったゲームをさっそく体験した。本体と同時発売の『1-2-Switch』に収録されている「大食いコンテスト」というゲームだった。ハンバーガーに見立てたJoy-Conを口の前に当てる。スタートの合図とともに口をもぐもぐと動かす。時間内に何個のハンバーガーを食べたのかを競う。展示コーナーの演出にしたがって、まるで大食いコンテストの参加者のようにエプロンを着て遊んだ。はっきり言って、じつにふざけたゲームである。ゲームのコントローラを口で食べる仕草をして、何が楽しいのか? と言われればその通りである。だが、口の動きもセンシングするモーションIRカメラには底知れぬ可能性を感じた。

発表初日、失望売りの洗礼を受けたNintendo Switchだが、時間が経つとともに理解者は増えていくだろう。かつてニンテンドーDSで、ハード発表時には予想もできなかった『脳を鍛える大人のDSトレーニング』(脳トレ)が大ヒットを記録したように、ゲームの世界では何が当たるかわからない。だが、偶然のヒットが生まれそうで生まれないのがゲームの世界でもある。そのハードが正しい準備をしていないとヒット作は生まれない。Nintendo SwitchはJoy-Conという、おもしろい布石を打った。

Nintendo Switchは明日から、任天堂の歴代ゲーム機と同じように現実主義者との戦いがはじまる。

株式会社インターラクト代表取締役/ゲームアナリスト

1962年神奈川県出身。青山学院大学卒。ゲーム産業の黎明期に専門誌の創刊編集者として出版社(現・宝島社)に勤務。1991年にゲーム分野に特化したコンサルティング会社、株式会社インターラクトを設立。現在に至る。著書、『ゲームの大學(共著)』『ゲームの時事問題』など。2012年にゲーム的発想(Gamification)を企業に提供する合同会社ヘルプボタンを小霜和也、戸練直木両名と設立、同社代表を兼任。デジタルコンテンツ白書編集委員。日本ゲーム文化振興財団理事。俗論に流されず、本質を探り、未来を展望することをポリシーとしている。

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