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首都直下地震がおきたらどこが混雑する?

廣井悠東京大学先端科学技術研究センター・教授/都市工学者
東日本大震災時に車道や歩道で発生した渋滞(写真:ロイター/アフロ)

2011年3月に発生した東日本大震災時、首都圏では鉄道が運休したことにより515万人ともいわれる大量の帰宅困難者が発生し、各地で車や人の大渋滞が発生しました。これほどの帰宅困難者が発生した事例は世界でもはじめてでしたが、それでは首都直下地震が発生すると、またしても同じような大渋滞が発生してしまうのでしょうか?

もちろん状況にもよるのですが、平日昼間に都心部で巨大地震が発生すると、東日本大震災時を大幅に超える渋滞が起きうると筆者は考えています。筆者らの調査によると東日本大震災当時、首都圏ですぐに帰宅した人は約半数にすぎませんでした。しかし東日本大震災で首都圏を襲った揺れよりも、さらに大きい地震が都心を襲った場合、家族を心配して多くの人がすぐに帰ろうとするでしょう。「職場にとどまれ」と言われても、そもそも職場が被災してしまっては帰るしかありません。道路が被害を受けて、一部しか使えないかもしれません。さらには東日本大震災時に上記の調査で、すぐに家に帰った首都圏滞在者の約8割は「同じような状況になっても、もう一度帰る」と回答しています。このように首都直下地震では地震直後、より大規模な徒歩帰宅が行われてしまう可能性があります。そうすると、東日本大震災時を上回る大渋滞が歩道や車道で発生する危険性が極めて高くなるのです。

混雑を予測する大都市圏避難シミュレーション

その根拠が、筆者らが開発した震災後の混雑を予測する「大都市圏避難シミュレーション」です。これは1都3県を対象としたもので、平日昼間14時に東京23区にいる外出者(自宅にいる人以外すべて)が地震直後、一斉に帰宅行動を行ったとき、歩道や車道でどのような混雑が発生するかを予測するものです。ただし、地震による道路障害や道路規制は考慮していません。

試算結果を紹介します。例えば下図は発災1時間後の歩道における歩行者密度を示したものです。発災直後は、都心部などで歩行者密度が1平方メートルあたり6人以上という、極めて危険な高密度空間が発生しています。電話ボックスの面積が約1平方メートルですから、そこに6人が詰め込められる状況を想像してください。これは我々が2011年3月11日に経験した徒歩帰宅者の大行列とは比べ物にならないほど深刻なもので、2001年明石歩道橋のような大事故(群集なだれ)の発生も懸念される状況です。この試算によれば、このような1平方メートルあたり6人以上の歩行空間は、首都圏全体で東日本大震災の約137倍(道路延長距離で計算)発生するようです。この大混雑は時間が経過するに従って都心部から郊外部に広がっていき、東京と埼玉、神奈川、千葉の都県境付近では発災から3~5時間後が最も混雑する時間帯となります。市街地火災の危険性が高い地域では、このような混雑が発生する前に避難するという選択肢も考慮するべきでしょう。なお、このような歩道における混雑の継続時間は各地でおおむね1~2時間程度と考えられますが、千代田区、渋谷区、市川市などでは3時間を越える混雑が発生する場所も確認されました。

発災1時間後の歩道における歩行者密度
発災1時間後の歩道における歩行者密度

続いて車道での混雑を予測しましょう。下図は同じく発災1時間後における自動車の平均移動速度です。結果として歩行者密度と同様に、一斉帰宅がなされてしまうと東日本大震災を超える車道の交通渋滞が発生することがわかりました。その平均移動速度はおおむね時速3km未満と時速10km以上に2極化する傾向にありますが、時速3km未満の大渋滞が発生する箇所は広域にわたります。このような大渋滞のもとでは、市街地火災やけが人が発生しても消防車や救急車が現場に向かうことは困難です。さらに計算を続けることで、この混雑は多くが5時間以上の長時間続くこともわかりました。以上より、歩道では混雑継続時間が比較的短く、その発生時刻も発生地点も偏っているが、車道では混雑が一挙に広域的に発生し、またその継続時間が長いという傾向が確認できます。

発災1時間後の車道における平均移動速度
発災1時間後の車道における平均移動速度

「一斉に帰ると大混雑」は大都市の宿命。「帰宅しない」ための対策を!

現在、東京都をはじめとして多くの自治体が、大規模災害時に「帰らない」ための帰宅困難者対策を積極的に進めています。この理由はさきほど確認したような、1. 歩道の大混雑による群衆なだれの発生、2. 車道で発生する大渋滞に伴う避難・消火・救急など災害対応の遅延を問題意識としています。つまり大量の徒歩帰宅者が密集し、2001年明石歩道橋のような大事故が発生する、帰宅を急ぐ車によって車道で大渋滞が起き、消防車や救急車が活動できない、という二次災害を起こさせないことが帰宅困難者対策の意義であるわけです。大規模災害時に家族の安否を心配することは当然のことですし、「どうしても帰らなければいけない」方もいると思います。しかしながら、皆が一斉に帰ってしまうと大渋滞は高い確率で発生します。周辺のベッドタウンなどから毎日朝夕に大量の人口が移動する大都市では、どのような理由であれ日中に鉄道が止まると帰宅困難者の大量発生は避けられません。そして、帰宅困難者の引き起こす大渋滞が人的被害を生んでしまう可能性は、災害が大きくなればなるほど高まります。いずれにせよ、東日本大震災時の首都圏と首都直下地震時は「帰宅行動」一つとっても全く異なる災害であると認識したほうがよいでしょう。

東京大学先端科学技術研究センター・教授/都市工学者

東京大学先端科学技術研究センター・教授。1978年10月東京都文京区生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻・博士課程を2年次に中退、同・特任助教、名古屋大学減災連携研究センター・准教授、東京大学大学院工学系研究科・准教授を経て2021年8月より東京大学大学院工学系研究科・教授。博士(工学)、専門は都市防災、都市計画。平成28年度東京大学卓越研究員、2016-2020 JSTさきがけ研究員(兼任)。受賞に令和5年防災功労者・内閣総理大臣表彰,令和5年文部科学大臣表彰・科学技術賞,平成24年度文部科学大臣表彰・若手科学者賞、東京大学工学部Best Teaching Awardなど

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