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やはり売れなかったiPhone5cと、法人が求めるスペックをもつiPhone5s

小川浩株式会社リボルバーCEO兼ファウンダー。

AppleがiPhone5cの減産を決めたそうだ。ジョブズ時代にも、Appleは何度か市場のニーズを読み違えて、投入した製品の撤退に追い込まれることはあったから、今回のiPhone5cのケースも長い歴史の中のひとつのミスに過ぎないといえるかもしれない。

ただし、ジョブズ時代のミスは高価格が仇になったものだ。たとえばPowerMac G4 Cubeは、立方体のクリアケースに拡張性を無視しつつも必要十分な高機能を詰め込んだ名機だったが、上位機種であるタワー型のG4とあまり変わらない高価格であったことと、下位機種のiMacもまたデザイン的にすぐれたうえに安かったため、売れ行きが思わしくなかった。しかも、せっかくのデザインが仇になって品質的な問題を引き起こしたことも、販売不振につながった。

しかし、PowerMac G4 Cube自体はナイストライであり、いまだにむだを削ぎ落としたデザインは語りぐさになっている。というよりも、年内に販売予定とされる最新のMac Pro(http://www.apple.com/jp/mac-pro/)は立方体から円筒形に変わったものの、PowerMac G4 Cubeへのオマージュであるといえる。

ところが、iPhone5cは違う。旧型(iPhone5)の設計をチープなプラスティックのパッケージで化粧直ししただけのような製品であり、低価格を武器に新興国市場を席巻するAndroid陣営に対抗するためだけの、純粋な戦術的反応の結果にすぎない。これがせめてプラスティックボディをトランスパラント(透明)なモノにして剥き出しの筐体がうっすら見えるようにでもしていたら、初代iMacを彷彿させていたかもしれない。

結局のところ、多くのAppleファンはiPhone5cではなくiPhone5sを買った。クールなデザインと高機能を兼ね備えたiPhone5sは、ジョブズ時代のインパクトこそないが、それでも世界最高の性能と使いやすさにはいまだに高いブランド力があったわけだ。同時に、性能的にもデザイン的にも凡庸なiPhone5cは、価格戦略的にも凡庸だった。そんなに安くもないのに見た目が安っぽい。それがiPhone5cの評価となった。

Appleファンが求めるのは、そこそこかっこよくて、ほどほど安い商品ではなく、とてもかっこよくて、高すぎない商品だ。かっこよすぎて高過ぎる商品(前述のPowerMac G4 Cube)は失敗するときもあるが、少数の熱狂的信者を得ることができる。しかし、かっこよくもなく安くもない商品に熱狂はない。

iPhone5sでさえ、正直従来のAppleファンからしても、いささか凡庸だ。カメラ機能と指紋認証以外はさほど感銘を受けない。ただ、指紋認証機能はたしかにほかのどのスマートフォンにもない特殊な優位点だ。

Appleは中途半端な低価格機に手を出すのはやめて、先進国におけるスマートフォン需要の“再定義”に取り組むべきだ。そのために、いまなら指紋認証機能は有効な武器になる。

その需要とはずばり、法人のモバイル採用に手を貸すことだ。その昔、Appleは何度も法人市場に取り組んだが、ことごとく失敗してきた。そしてAppleはモバイルにフォーカスすることで、消費者市場の覇者になった。昔、Macがそうであったように。

しかし、スマートフォンがコモディティになり、スマートフォンの消費者市場は飽和に向かっている。Appleの危機は昔にきた道であり、いまや、今すぐそこにある危機だ。これを回避するために、Appleは水平に市場をスライドしようとした。つまり、低価格機(iPhone5c)による新興国市場への侵攻だ。しかし、本来Appleが狙うべきはそこではない。Appleが行なうべきはコモディティ化したスマートフォンではなく、新たなプロダクトのローンチを急ぐことと、その開発期間にこれ以上iPhoneのシェアを落さないために隠された市場を開拓することだ。

その隠された市場こそが、法人市場だ。法人市場は先進国にある。企業はいま、PCをオフィスに招き入れたときと同じ状況にあり、積極的にスマートフォンを業務効率ツールとして採用しつつある。ポータブルであるがゆえに、個人の便利なツール、私物だけれど公用に使うことを暗に認めていたスマートフォンだが、セキュリティ面でみれば企業内に持ち込むにはきわめて危険な私物であることに、企業のCIOたちは気づきはじめている。要するに、企業はこれから続々とスマートフォンを会社の備品として社員に渡しはじめる。この需要は非常に大きく、指紋認証機能を有するiPhone5sには強い引きがある。

さらにいえば、社内Wi-Fiにつないでいるときはカメラ機能を強制的にオフにするとか、アプリのダウンロードをコントロールするなど、企業が必要とするセキュリティ面の充実を、Android陣営のどのメーカーにも先駆けて行なうべきだ。

Windows PCが消費者市場をおさえた理由のひとつに、法人市場のPCをおさえたことがあるのはまちがいない。PCを会社で使い、Microsoft Officeを使う。自宅でも同じ仕様を揃えなければ不便極まりないから、結局自宅用もWindows PCを買うことになる。もし、ふだんのスマートフォン利用にAndroidを使うように強制されたら、私物としてわざわざiPhoneを買うか?いや買わないだろう。

PCではそうなった。スマートフォン、いやタブレットでも同じことが起こるだろう。

いまだからまだ間に合う。Appleは消費者市場には高級機にフォーカスを続けて、セキュリティと使い勝手(使い勝手が良ければユーザー教育にコストがかからないから、使い勝手は大事だ)にすぐれたスマートフォンとして強力に企業に売り込むべきだ。

via MdN Interactive

株式会社リボルバーCEO兼ファウンダー。

複数のスタートアップを手がけてきた生粋のシリアルアントレプレナーが、徒然なるままに最新のテクノロジーやカッティングエッジなサービスなどについて語ります。

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