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高代コーチに聞く、あの重盗の真相!

本郷陽一『RONSPO』編集長

テレビ朝日は、視聴率至上主義の原則にのっとってドミニカープエルトリコの決勝戦をライブでやらず、私は深夜に目をショボつかせながら結果のわかっていた試合を見た。桑田真澄が、パイレーツにいた時に、フロリダでインタビューをさせてもらったトレーナーの百瀬君が、世界一となったドミニカベンチにいた。彼の尽きることのない野球への情熱の深さを見せられた気がして、私は違った感動を覚えた。

WBCというお祭りは終わった。適当に書かれたものも含めて、いろんな検証記事が出ている。侃々諤々の議論は大歓迎すべきだろう。私は、組織論を考える前に、あのプエルトリコ戦の8回一死一、二塁からの重盗失敗が、ずっと心に引っ掛かっている。イチローまでが、珍しく、あの重盗について口を開いた。おそらくイチローの見立てが一流のスタンダードなのだろうが、私は、ことの真相を知りたくて、当事者の一人、3塁コーチャーズボックスにいた高代延博さんを直撃した。

――時差ボケは取れましたか?

「昨日は、さすがにしんどかったなあ」

――ひとつ聞きたいことがあります。あの重盗の場面です。

「そのことでひっきりなしに電話がかかっているよ。でも私は評論家じゃない。中にいてみんなと一緒に戦った人間なんだ。人ごとのようには語れない。ただひとつ言えることは、内川が責任を背負う問題ではないということ。悪いのは、一塁コーチと三塁コーチの私の責任。本当に選手はよく戦ってくれたと思う。感謝の気持ちしかない。メジャー組はいなかったけれど、チームはまとまっていた」

――高代さんの気持ちも立場もよくわかります。ただ、しっかりと検証、反省をしておかなければ、次の代表チームにつながりません。そういう作業をする責任も今回の監督、コーチらスタッフにはあると思うんです。

「それは理解している」

――「行けたら行け」のサインだったと山本監督は仰っていますが、そうだったのですか?

「そう。グリーンライトと呼ばれるサインだった。相手の投手はモーションが大きいというデータがあった。チャンスはあった。1球目は様子を見て2球目に行ければ行こうという確認をしていた。重盗を作戦として狙っていた。だから井端は、その2球目で仕掛けた。ただ、井端のスタートが遅れた。一歩半くらい遅かったのではないか。だから彼は盗塁を止めて帰塁した。グリーンライトのサインなのだから、その判断は間違っていない。ただ、内川が、井端が止めたことを確認することが遅れた。彼は、そのミスを悔やんでいた。でも繰り返すが、内川は悔やまなくていい。僕らの責任なのだ」

――イチローは、あの状況でThisボール(このボールで必ず盗塁を仕掛ける)はないと断言しています。行けたら行けのサインしかなかったと。逆に北京五輪代表チームのスコアラーだった三宅博さんは「行けたら行けという選手に責任をあずけるようなサインはありえない。やるならThisボールだ」と言います。どうなんでしょう。

「Thisボールはないよ。選手は走る根拠を持ってスタートを切るわけだから、Thisボールにしてしまうと、もしスタートに遅れたらどうするんだという問題が出てくる。エンドランならば、行けたら行けなんてサインはないが、そこは選手の経験と決断を信用するしかない。行けたら行けは、責任転嫁ではなく、ベストのサインだったと思う」

――重盗には、同時スタートと、前の走者が走ってから後の走者が走るなど、決め事をしておかねばならないことが多いと思います。例えば、前の走者のスタートが遅れて止まった場合はどうするのかなどのケースを事前に考えて、決め事を徹底しておくことはできなかったのですか?

「1年間、一緒にペナントレースを戦うチームならば、細かい決め事をすべて徹底できただろう。でも、2月の中旬から1か月間だけ集まった急造チームで、そこまで出来なかったのが正直なところだ」

――侍ジャパンを常設チームとして、そこまで細かなチームルールも徹底していくことが、今後、必要になってくるんでしょうか?

「でもどうだろう。親善試合では1、2日前にメンバーが集まる程度だろう。WBCのような大会があって、短いキャンプやオープン戦もできるんだろうけど。ただ、日本が世界で勝っている点は、そういう緻密な野球の部分であることは確かだ。プエルトリコは、あそこで重盗に対して準備はなかった。台湾戦の鳥谷の盗塁にしてもそう。相手は、まったく油断していた。そういう部分を国際大会でさらに生かしていくには、今後、やっていくべきことはあるね」

高代さんと話していて、とても苦しそうなのがわかった。

結論とすれば、重盗は、作戦として最初から2球目に仕掛けることを狙っていた。だが、一方で、選手任せの「行けたら行けのサイン」が持つリスクのマネジメントが出来ていなかった。ということだろう。

もし、あのまま、井端が止まらずに走っていれば、スタートの遅れた分、名捕手モリーナの餌食になっていただろう。唯一、可能性があったとすれば、内川が井端のストップに気づき、戻るケースだが、スタートが良かった分、イチローの言うように戻りきれなかったのかもしれない。今回のミスを防ぐためには内川が最初から井端が止まるケースを頭に入れておき準備をしておくことしかない。そして、重盗の約束事の徹底……。

例年よりも、1か月早く、コンディションを作り上げなければならない日程上、合宿では、誰もがまず肉体と技術の状態を上げることに必死になっていた。鳥谷などは守備コンバートの練習にも時間を裂かねばならなかった。そういう環境の中で緻密な野球を磨き上げることは簡単ではないのは理解できる。しかし、万が一のケースを練習で、一度でも確認しておくべきではなかったか。バントを多用するつもりであったのならば、普段、バントをしたことのない選手に一度は、ケースバッティングでバントをさせておくことも必要だったのだろう。トッププロの集団であっても、やはり確認、徹底作業は必要で、そこまで、選手を信頼しきるのは、あまりに首脳陣がおおらかすぎる。

機動力を生かすには、聖澤と大島をメンバーに残すべきだったと指摘していた人もいたが、登録人数が限られた中、足だけに特化して選手を残すことはできない。あの重盗も、井端、内川という素晴らしい打撃技術を持った2人がヒットを続けたからこそ生まれたチャンスなのだ。むしろやるべきは、もっと細かい戦術の徹底と確認だったと思う。何度も繰り返すが、本番を想定しての準備に欠けた。首脳陣に、そこまでの創造力が乏しかったのかもしれないが……。しかし、次に向けての教訓は得た。4年後に、サンフランシスコの悲劇を良き教訓として語れるようになればいい。

『RONSPO』編集長

サンケイスポーツの記者としてスポーツの現場を歩きアマスポーツ、プロ野球、MLBなどを担当。その後、角川書店でスポーツ雑誌「スポーツ・ヤア!」の編集長を務めた。現在は不定期のスポーツ雑誌&WEBの「論スポ」の編集長、書籍のプロデュース&編集及び、自ら書籍も執筆。著書に「実現の条件―本田圭佑のルーツとは」(東邦出版)、「白球の約束―高校野球監督となった元プロ野球選手―」(角川書店)。

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