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亀田興毅は、なぜ山中慎介と統一戦を戦おうとしないのか

本郷陽一『RONSPO』編集長

WBA世界バンタム級王者、亀田興毅(亀田)のV7戦の相手が、同級3位のジョン・マーク・アポリナリオ(フィリピン)に決まった。昨年11月、今年3月と2度、元2階級制覇王者、ロベルト・バスケスとWBA世界バンタム級の暫定王座決定戦を戦い、いずれもドローに終わっているアウトボクサーである。

2011年7月に元WBA世界スーパーフライ級王者の名城信男が、再起戦の相手をリストアップしていた時、その候補としてマッチメーカーから「巧いが倒されるリスクの少ないボクサー」として映像テープが送られていた選手。暫定王座決定戦に出るためにランキングに反映する試合もしていないのに13位から突如3位に跳ね上がった“いわくつき”のボクサーでもある。

3階級制覇を狙うバスケスは坂田健史と2度対戦しているから日本でもお馴染みの顔だが、パンチのキレや威力はなくなっていた。アポリナリオが足を使って下がりながら、時折、ステップインのない右を返すという両者共に決め手に欠ける怠惰な展開。例え暫定だとしても世界タイトル戦という名に値しないレベルの低い試合だった。それでも、ランキング3位のボクサーを選んだのだから、亀田が、このマッチメークに文句を付けられる筋合いはないだろう。

とにかく父の亀田史郎さんが中心になって進めている陣営のマッチメークは絶妙としか言いようがない。オプション(興行権。指名試合以外では世界ランカー内から相手を選べる)の持っている試合では、必ずリスクのない相手を選んでいる。これまでの対戦相手を整理すると、だいたい以下の条件を満たさないボクサーを選んでいるようだ。

1 パンチ力がある

2.鋭いカウンターパンチャー

3.ダウンにつながるような回転力がある

アポリナリオは、17勝2敗3分でKOは4つしかない。その戦績が示すようにパンチ力がなくコンビネーションブローが打てない。前に出てくる強い圧力もなく、嫌らしいインファイトもできない。どちらかというとディフェンシブな選手だ。運動神経がいいのか、スウェーなどのディフェンス能力が高くパンチをあまりもらわない。亀田陣営からすれば倒されるリスクが少なく、理想の挑戦者像にピタリと当てはまるわけである。

WBC世界フライ級王者、八重樫東の著書「我、弱き者ゆえに」(東邦出版)には、亀田家に関する話が掲載されている。興毅に対しては「本人が打たれ弱いことを知ってしまったのか、ある時からボクシングが変わったように見える。それまでは自信を持っていたのだろうが、今はそういうものを感じない。彼が今後の路線を、どうするかは知らないが、現在のバンタムの階級でできるフィジカルはないのではないだろうか」と書かれていた。

その『打たれ弱さ』という欠陥を隠すには、パンチ力のない相手を探すしかないのである。

過去の対戦を振り返ってみても、これらの条件に抵触していたボクサーはポンサクレックくらいしかいない。内藤大助にしてもパンチ力はない。アレクサンデル・ムニョスは、強打が売りのボクサーだったが、一度、引退して腹がブヨブヨ。スピードもなく往年の見る影もなかった。

そもそも世界ランカーと言ってもピンキリで、世界チャンピオンにしても一流と二流がいることは事実。日本のボクシング史を振り返っても、二流チャンプから世界のベルトを奪取した例は、ひとつやふたつではない。また相性というものもある。うまく相性の合うチャンピオンを見つけて来て挑戦することがマッチメークの妙なのである。なのに亀田一家は、「マッチメークの妙だ」という評価を受けることはない。常に厳しい監視の目を向けられる。興行権を持ち、挑戦者を指名するのは王者の特権であるはずなのにだ。

次男の大毅に関しては小細工のないストレートなマッチメークが組まれている。彼のポテンシャルとして、フィジカルの強さがある。そこを亀田父も見極めているのだろう。しかし、そういうプラス面は評価されず、いつも試合をやる前から対戦相手に批判的な目を向けられる。

なぜなのか。どこが問題なのか。

批判を受ける理由のひとつは、亀田一家の生意気とも取られる過剰なパフォーマンスに対して「大口を叩いている奴の負けるところがみたい」というアンチ層の存在がある。これには視聴率につなげるために、煽るような番組を作ってきたTBSの罪も大きい。最近は、アンチも減っているというか、もはやアンチの関心さえもなくなりつつあるのが現状ではあるが。

もうひとつは、井岡一翔対八重樫東のWBA、WBC世界ミニマム級統一戦に象徴されるように本物志向の試合が増えているという傾向。モグラ叩きのように次から次へと暫定王者との統一戦を指名されてきたWBA世界スーパーフェザー級王者の内山高志(ワタナベ)や、ビッグネームとばかり対戦してきたWBC世界バンタム級王者、山中慎介(帝拳)らラスベガスのリングを目指す本物志向のボクサーがいるだけに対照的に亀田興毅のマッチメークが色褪せて見える。

興行権を持ったプロモーターが、例えどんな試合を組もうが勝手だが、組みやすい相手との内容のない試合を見せられて「世界タイトル戦って、こんなものか」という評判が、一般視聴者に広がるのが怖い。目の肥えたファンは、亀田については、もうすべてを織り込み済みで対峙しているだろうが、一般のスポーツマーケットが、そう感じれば、それはボクシング業界全体にとって大きな打撃で、視聴率を持っている亀田には、そこまで考慮する責任があると思う。

IBFとWBOのタイトルをJBCが認可したことで、今後は間違いなく世界チャンプが増えるだろう。もちろん、この両団体の認可には賛否は、あって世界チャンピオンの権威低下の問題も出てくると推測されるが、その一方で、日本のリングにおいても、リアルチャンピオンを決める統一戦というものが、ひとつの目標、趨勢になってくるだろう。

山中も「強い相手とやりたい。亀田うんぬんではなく、世界は、他団体も認められたのだから、統一戦という目標を持っていきたい」と、ハッキリとしたビジョンを語っている。

きっと亀田興毅が、スーパーフライ級に落として、また絶妙なマッチメークで4階級制覇を成し遂げても評価はされないだろう。そうであるならば、自らの世間の見方を一変させるために、統一戦に目を向けてWBCの同級世界王者、山中と対戦してみてはどうだろうかと思う。

元々は「つまらんボクシングはしたくない。強い相手としたい」と理念を持っていたではないか。

確かに亀田ー山中戦の実現には放映局の問題が壁にはなる。亀田はTBSと契約、山中の試合は日テレを軸に放映されている。しかし、現在では、辰吉、薬師寺の時のような局とジムの間に厳しい契約の縛りは、なくなっている。ギャランティ次第で放映局の問題が解決される可能性はある。

しかし、大きな問題が残っている。

あいにく山中は亀田陣営が最も対戦を嫌う『パンチ力のあるボクサーだ』ということである。

またWBOタイトルへの挑戦が模索されている三男の知毅のマッチメークがどうなっていくかわからないが、彼に関しては、WBO、IBFのタイトルに国内で挑戦する場合の内規とされている日本タイトル、東洋タイトルの奪取からスタートしてもらいたい。亀田陣営からすれば、「世界のローカルタイトルを獲得してきた世界ランカーが、なんで今さら」と思うかもしれないが、世間が抱いている不信感を振り払うためには、そういう順序を踏むしかないのである。

『RONSPO』編集長

サンケイスポーツの記者としてスポーツの現場を歩きアマスポーツ、プロ野球、MLBなどを担当。その後、角川書店でスポーツ雑誌「スポーツ・ヤア!」の編集長を務めた。現在は不定期のスポーツ雑誌&WEBの「論スポ」の編集長、書籍のプロデュース&編集及び、自ら書籍も執筆。著書に「実現の条件―本田圭佑のルーツとは」(東邦出版)、「白球の約束―高校野球監督となった元プロ野球選手―」(角川書店)。

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