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アマチュアボクシング界がプロ転向に歯止めをかける村田ルールを定めていた!

本郷陽一『RONSPO』編集長

ロンドン五輪のミドル級金メダリストで、プロ転向した村田諒太が、華々しくアメリカでボブ・アラムとのプロモート契約を発表した裏で、3枚のシートが、アマチュアボクシング界に配られていた。日本ボクシング連盟(旧日本アマチュアボクシング連盟)から出されたアマチュア規則細則と書かれたA4のシートと誓約書である。

9条から成っている規則の内容を要約すると、ひとつは選手がコマーシャルや、テレビ番組、雑誌などに出演してギャラが発生する時には、「連盟にお金を振り込ませなさい。30%を取って殘りを返しますよ」という肖像権に関する取り決め。そして、もうひとつが、プロに転向する場合には、連盟の承認が必要で、連盟会長が指名する幹部役員で構成する特別委員会が、「待遇条件と、選手強化寄付金という名の移籍金の額を精査してから承認しますよ」というプロ転向に関するルールだ。

そして、これらの規則細則に従うことを約束させる誓約書が添付されており、そこに署名捺印した選手でなければ、アマチュアの公式競技に出場できないことになっている。

村田のプロ転向の際、日本ボクシング連盟は、村田にアマ追放の決議を出したり、今回の規則細則に入れ込んだ選手強化寄付金という名の実質の移籍金(2000万円だとか3000万円だとか噂されている)を要求してきたりと、ヒステリックな反応を見せた。

今回の細則は、今後、村田のような人気のメダリストが出てきた時に備えて、最初からルールで縛っておこうという魂胆が、丸見えの『村田ルール』である。アマチュアボクサーの肖像権を管理して、控除する30%というパーセンテージが、どこから出てきたものか、その根拠も疑問だが、村田がテレビやメディやイベントに引っ張りだこだった過去を見て、そこに発生するギャランティを合法的に横取りしたいと考えたのだろう。

しかも、ギャラのやりとりは直接行わず、すべて連盟に振り込むようにされている。これまで私は、何十人ものアマチュアアスリートを取材してきた。その際に些少の謝礼を渡してきたが、連盟が30%ピンハネするケースはなかった。この規則の是非についても議論が必要だが、大きな問題はプロ転向の承認に関して定められた第5条である。

アマチュア選手の獲得を希望するジムは、所定の申請書、待遇条件書、活動計画書を提出して、選手強化寄付金を提示しなければならないとされている。選手強化寄付金とは、プロ転向に関する移籍金である。つまりアマチュア選手をプロ転向させたければ、移籍金を連盟に払えというわけである。

また最終登録から2年間、効力があるとされていて、アマチュアを辞めた後も2年は、フリーでプロ転向できないようにしてある。アマチュアボクサーの職業選択の自由を含む、基本的権利を侵害しているとも言える、とんでもない悪法。まるで奴隷法である。金に目がくらんでいるとしか思えないルールだ。

しかも、プロ側となんら協議もなく一方的に制定したことにも問題がある。

例えば大橋ジムでは、現在、松本好二トレーナーの長男、圭佑君が、オリンピックメダリストからプロ転向をビジョンとして描いて大橋ジムで練習しているが、将来プロ転向する際、大橋ジムが連盟に移籍金を支払わねばプロ入りさせることができなくなる。

現在、ボクシング界では、U-15の大会が盛んで、全国のプロジムで、手ほどきを受けたキッズボクサーが、後に高校、大学に進学、アマチュアで活躍してプロ入りする形が、ひとつのパターンになりつつある。しかし、今回のルールに従えば、小さい頃からプロジムで技術を教えて育てた選手に、将来、選手ではなく、連盟にお金を払ってプロにしなければならないという本末転倒の事態が起こってしまうのである。

このルールが厳格に浸透するならば、将来、本気でプロを目指すU-15の世代は、アマチュアでボクシングをやらなくなるだろう。

ボクシング界には、過去に選手の引き抜き問題を発端にしたプロアマの軋轢が残っていたが、それを山根会長がリーダーシップを発揮して雪解けの流れを作った。プロアマの交流スパーリングやプロ選手の引退後のアマチュア指導者資格の復帰などのルールも作った。それらは、すべてボクシング界全体の底上げ、レベルアップのためにと考えた英断であり、実際、村田は、ロンドン五輪前に、プロの選手とのスパーリングを重ね、それが、金メダル獲得につながったとも語っている。

金メダリスト、村田のプロ転向で、Uー15世代の子供たちは、「五輪で金メダルを取ってプロになる」という新しい夢を描けるようになった。何人かのU-15世代の選手に話を聞くと、女性ボクサーも含めて五輪金メダリストからプロの世界チャンプへと、ビジョンを語る選手が増えた。しかし、今回のルール制定は、時計の針を逆に回すようなものだ。

ほとんどのプロのジムは、潤沢な資金を元に経営できているわけではなく、どれくらいの額を想定しているのはわからないが、それ相当の移籍金が発生するなら、アマチュア選手を獲得できないジムも出てくるだろう。しかも、選手に支払われるのではなく、連盟に支払われるのだから、プロ転向を考えるアマチュア選手にはリスクが増えただけである。このルールを本気で押し通すつもりならば、間違いなくプロボクサー人口は衰退していくし、アマチュアボクシング界へ有望な人材を送っていたU―15世代のキッズボクサーも消滅していくだろう。そうなれば、ボクシング界全体の地盤沈下ともなりかねない。

プロ側は、さっそく危機感を持って反発。20日にも、ボクシング協会は、緊急理事会を開き、どう対処するかを協議する予定だという。

ちなみに7月1日からアマチュアボクシングは、歴史的なルール変更が行われる。ヘッドギアを外し(高校生を除く)採点方法も変わる。おそらくカット(流血)などの事態が起きてくるだろう。止血の技術はアマチュアボクシング界にはない。こういうルール変更があるならば、なおさらプロアマの技術交流を盛んにして、プロの止血テクニックをアマチュア側も学ばねばならないはずだ。日本ボクシング連盟のやっていることは、まったく時代の流れと逆行している。

『RONSPO』編集長

サンケイスポーツの記者としてスポーツの現場を歩きアマスポーツ、プロ野球、MLBなどを担当。その後、角川書店でスポーツ雑誌「スポーツ・ヤア!」の編集長を務めた。現在は不定期のスポーツ雑誌&WEBの「論スポ」の編集長、書籍のプロデュース&編集及び、自ら書籍も執筆。著書に「実現の条件―本田圭佑のルーツとは」(東邦出版)、「白球の約束―高校野球監督となった元プロ野球選手―」(角川書店)。

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