日本王者、井上がKOにこだわる理由
日本ライトフライ級王者、井上尚弥に会って聞きたいことがあった。
なぜ、そこまでKOにこだわるのかという疑問である。
田口良一との日本ライトフライ級タイトルマッチは、3-0での判定で完勝した。私はTHE PAGEのコラムに、耐えた田口が偉かったのか、倒せなかった井上がおかしかったのかという考察コラムを書いたが、辰吉丈一郎に並ぶ4戦目で日本タイトルを奪いながら、まるで敗者のように笑わなかった井上の心のうちを知りたかったのである。
なぜKOにそこまでこだわるのか。ストレートに聞いた。
「僕自身の納得なんでしょうね。KOの期待はわかっています。でもプロだからではなく、アマチュア時代からRSCでないと満足できなかったんです。倒したい。倒してやるといつも考えている。本能? そうかもしれません」
20歳のボクサーのかたくななな美学なのだ。
――では、なぜ倒せなかったのか。
「結局、田口さんとの試合では、一発も芯で当たったパンチはなかったんです。右ストレートも遠かった。もっと視野を広げるべきです。1ラウンドから必死で倒すことに躍起になってパンチに強弱もなかった。ラウンド、ラウンドで精一杯で、トータルで、考えることもできていませんでした。中盤で足を使い出入りを徹底しましたが、それを全ラウンドするのは無理ですしね。フェイントも目は使えたけれど、体を使ったフェイントも使うことでできていなかった。もっと広い視野で余裕で持たねばならなかったんです」
村田諒太は、「田口は左フックに対して対策練っていた。そういうものを乗り越えて成長して欲しい」とエールを送ったが、それは井上も感じていた。
「僕の左フックに対してパンチを合わせに来ているいるのがわかりました。左のボディに関しても同じです。僕がガードが甘くなるところ狙われました。そこですよね、課題は。ディフェンスに問題生まれました。パンチを合わされるのが怖いので、左を使わずに右をボディに真正面から打ち込みました。しかし最後まで崩すことはできなかった」
右の目尻を少し青くした井上は、そう冷静に試合を振り返った。
父で専属トレーナーの真吾さんは、「もっと上の試合をする前に、ひとつの試練を受けたことは大きな勉強になった。途中、尚弥は、考えて変化をつけた。私は、そういう相手のスキを見た対応力を評価したいが、ディフェンスに課題は多く出た。右のクロスを初っ端に受け、途中に打たれたボディに関しても、本人は『全然効いていない』というので、安心はしていたが、さらに上のレベルの試合を想定すると打たれるのはよくない」と語った。
その話を伝え聞いた井上は「ボクシングだから打たれますよ。アマチュア時代に打たれました。それは怖くないし、そこを気にしていれば倒しにいけない。でも父さんは、触らせずに勝つという理想を追求する。これから先を見据えると、ディフェンスなんでしょうね。無駄なパンチをもらっていますから」と、納得していた。
大橋会長は「体調もあったのだろう。計量前に唇が紫色だった。スパーも相当やったしプレッシャーをはねのけようとオーバーペースになっていたのかもしれない。尚弥の本来の力の10%くらいしか出せていなかった。例え1回や2回で田口を倒していても次に世界とは考えていなかったが、さらに高いレベルで経験を積ませたい。メキシコの世界ランカーが有力になるのではないかな」と言う。
噂されるWBA世界ライトフライ級王者、井岡一翔と、今の井上が勝てるかと大橋会長聞くと、「スパーリングの尚弥の状態をリングで出せれば問題ないだろう。テレビ局の問題云々と言われるが、そんなものどうにでもなる」とまで言った。
井上尚弥の放映局はフジ、対して井岡はTBS。常識から考えれば不可能だが、これまで八重樫―井岡も統一戦を実現するなどしてきた大橋会長だから何が起こるかわからない。
プロ4戦目の判定勝利が井上尚弥をモンスターからただの人に戻したとは思わない。むしろ逆だ。「倒さないとボクシングは面白くない」というボクサーの試合ほどワクワクするものはないだろう。試合の平均視聴率は6.6%だったらしいが、井上の最終ラウンドの視聴率は10%を越えていたという。裏番組では、24時間テレビでの森三中のマラソンのゴールが近づいていて、30%近く行った。フジの人間は「そう考えると、井上選手の10%は、もっと上の価値がある」という。最近の視聴者には、本物と偽物を見破る目がある。
苦しんで学んだ井上尚弥の次戦の相手は、覚悟をしておいた方がよさそうである