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なぜ34歳の正田樹は3度目のトライアウトを受けたのか

本郷陽一『RONSPO』編集長
3度目のトライアウトに参加した正田

3度目のトライアウトへの挑戦だった。

手慣れたもののはずが、それでも球場に着くと「トライアウト独特の雰囲気を感じた」という。

「戦力外になっても、もう一度やりたいという気持ちは、みんな変わらない」

桐生第一高時代に1999年の夏の甲子園、優勝投手。輝かしい実績を胸に日ハム、ドラフト1位。3年目の2002年に9勝11敗、防御率3.45の成績を残して、パ・リーグの新人王にも輝き、しばらくローテを守ったが、その後、阪神、台湾野球、国内の独立リーグを渡り歩き、3年前には、ヤクルトで一度はNPB復帰していた左腕の正田樹(34)である。

元ヤクルトの佐藤貴規(22)をインコースへのスライダーで詰まらせてピッチャーゴロに打ち取ると、続く前オリックスの山本和作(29)をカウント1-2から外角へ鋭く落ちるフォークでバットに空を切らせた。

実は、このフォーク、今季プレーしていた四国アイランドリーグplusの愛媛マンダリンパイレーツで、34歳にして身につけた新球だった。

「スライダーも曲がりすぎるし、どの球もいまいちで、勝負球に欠けていた。一発で決める球が欲しくて、今年から取り組んだボール。ヤクルト時代も投げていなかった」

3人目、元巨人の渡辺貴洋(23)には、カウント1-2から139キロストレートをズバッ。渡辺は手が出なかった。

「普段の自分の姿は見せれたのではないか」

正田は、どこか清々しい表情で、そう語った。

栄光と挫折を繰り返した野球人生である。

2007年に移籍した阪神では結果を残せずに2008年オフに1回目のトライアウトを受験。この年は、獲得球団が現れなかったが、台湾野球に活躍の場を求め、2シーズンプレーすると、今度はメジャーのレッドソックスとのマイナー契約にこぎつけた。だが、キャンプで解雇され独立リーグの新潟アルビレックスBCと契約。23試合に登板し、3勝5敗1セーブ防御率、3.00の成績でチームの優勝に貢献すると、ヤクルトと推定年俸800万円で契約、4年振りのNPB復帰を果たした。2012年には、24試合登板で、防御率、2、84、3ホールドを記録、翌年には、5月17日の対ロッテ戦で、8年ぶりの白星を挙げたが、わずか15試合登板に終わって、再び戦力外通告を受けた。ここで2回目のトライアウトを受けている。結局、獲得に動く球団はなく、再び台湾野球から四国アイランドリーグplusの愛媛に入団。今季も愛媛でプレー。7勝3敗、防御率、0.74の数字を残せたことで、今回、異例とも言える3度目となるトライアウトに参加した。

「独立リーグでプレーするようになって、いかに日本のプロ野球が恵まれているかを実感した。若い人と一緒になって上を目指すことが、いい経験になっている。山本昌さん、岩瀬さん、高津さん……いろんな人の背中を見て野球をやれたことが僕には大きい。そして野球をやりたくてもできなくなった人をたくさん見てきた。すべてが僕にとって、この先につながっていくキャリアになっている」

“ミスタートライアウト”は、そう語った。

そして、なぜ、ここまで挑戦をし続けられるのか?と聞かれ、「野球が好きだから続けられている。その気持ちはずっと変わらない。もしまたNPBのユニホームを着られるならば、それ以上に幸せなことはない。もし今回の結果が思わしくなくても、体が動く限りは、引き続き、野球に対して、真摯にひたむきに頑張り続けたいと考えている」と答えた。現在は、「怪我をしたら終わり」の考えで、体のケアとトレーニングに細心の注意を払いながら、日々、野球と向かい合っているという。

各球団の担当者が口を揃えて補強ポイントに挙げる左投手。正田に可能性は消えていない。3度目のトライアウトで3度目のNPB復帰を果たせば、戦力外を通告された男たちにまた新たな夢を与えるロマンがある。

今年から2度から1度に集約されたトライアウトの形骸化を懸念する声もあるが、戦力外通告を受けた後に、独立リーグでプレーを続けている選手に対しては、プロスカウトを派遣できておらずに、トライアウトの場で初めて見るという球団も少なくない。また本当にいい選手はシーズン途中に獲得することができるため、トライアウトまでずれこむ選手にNPB移籍の可能性は、ほとんどないという声もある。

プロ野球選手のプロとは「プロセスのプロだ」と言ったのは、苦労人の野村克也氏。しかし、プロとは、結果と実力がすべての非情な世界でもある。正田は、それらをすべて理解した上で、貯金を切り崩しながら、自らの可能性を信じて、血の滲む努力を続けている。それは簡単なことではないだろう。そういう彼の野球人生を思いやると、永遠の夢追い人に、声援を送りたくなった。

『RONSPO』編集長

サンケイスポーツの記者としてスポーツの現場を歩きアマスポーツ、プロ野球、MLBなどを担当。その後、角川書店でスポーツ雑誌「スポーツ・ヤア!」の編集長を務めた。現在は不定期のスポーツ雑誌&WEBの「論スポ」の編集長、書籍のプロデュース&編集及び、自ら書籍も執筆。著書に「実現の条件―本田圭佑のルーツとは」(東邦出版)、「白球の約束―高校野球監督となった元プロ野球選手―」(角川書店)。

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