Yahoo!ニュース

異例の外れ5球団競合右腕の裏に元横浜左腕あり!

本郷陽一『RONSPO』編集長
野村弘樹氏(左)が佐々木(右)を成長させた影の参謀

ドラフトの緊張感が好きである。人生の岐路の瞬間に立会いたくて、しかも、愛する阪神タイガースが、佐々木千隼(22)を1位指名する方針だと聞いていたので、いてもたってもいられなくなって淵野辺にある桜美林大を訪ねた。会見場は学園内のチャペル。特設の大スクリーンが用意され、同校から初のドラフト選手を盛り上げようと(以前に育成指名はあったが)、野球部だけでなく、在校生、多くの関係者が列席して、そのドラフト中継に目をみはった。オリックスの1位指名から読み上げられていく。だが、一向に佐々木の名前は出てこない。さて阪神。佐々木の緊張感が伝わってくる。次の瞬間、ため息に変わった。「大山悠輔、内野手、白鴎大」……。指名の可能性が予想されていたヤクルトも、横浜DeNAも、佐々木ではなかった。中継画像は、明治大・柳裕也の抽選を伝え、5球団が競合した創価大・田中正義の抽選シーンを映し出す。

「不安でした。もしかしたら、このまま名前が呼ばれないんじゃないかと」。

佐々木は、そんな心境で見ていたらしい。

だが、外れ1位の入札になって会場が一気にヒートアップする。次から次へと佐々木の名前が読み上げられ、ついにロッテ、巨人、日ハム、広島、横浜DeNAの5球団全部が、佐々木を指名したのだ。私は、ロッテの山室球団社長が、封筒を開ける瞬間、佐々木の表情を見ていた。彼は、いたって無表情。ふっとも、笑いはしなかった。

ひょっとしてロッテを入団拒否? そんな疑念が浮かんだが、「無表情でしたか? 不安と嬉しさと緊張で。光栄です。素直に嬉しいです」と語り、「ロッテの涌井選手は小さい頃から大好きだった投手。ストレートの質というか、魅力あるタマを投げることのできる投手で、僕も、そういったタマを投げたいし、同じチームでプレーできることで、いろんなことを吸収させていただければ。伊東監督は、キャッチャー出身の方なので、配球やピッチングなどに色々ご指導をいただきたい」と、すでにロッテの一員の気分だ。

会見が、終了して写真撮影が始まると、一人の男性が招きいれられた。元横浜(現在横浜DeNA)の通算101勝左腕、野村弘樹氏(47)だ。息子の泰貴君が、野球部に所属しているつながりもあって、学生指導資格回復の講習をうけ、昨年から桜美林野球部の特別コーチに就任した。佐々木は、ここ2年で急成長したが、野村との出会いが、その背景にある。佐々木も、「本当に野村さんのおかげです。プロに入ることでちょっとでも恩返しになれば」と、この日も、熱い握手を交わした。

野村が言う。

「最初見たときのフォームは、すごいインステップでね。そこから腕を横振りするから、コントロールは大きく左右にぶれて、1試合に7個も8個も四球を出していた。まず軸、体重の移動、そして上下の体の使い方、バランスを、ワンポイントでヒントを与えると、それをすぐに吸収して、それを体に染み付くまで、反復練習を徹底するので、見る見る変わってきたし、成長してきた。理解して実行できる頭のよさ、センスがある。今は安定感があると言われているが、ほんの1年で変わったんですよ。ノビ幅がすごい。体重だって10キロ以上増えたというしね。都立高校での野球だから、何も教わっていなっかった。今は、まだ大学2年生みたいなもの。だから、ここからプロに入ってからのさらなるノビシロに相当、期待できるんです」

さらに野村に聞いた。

伊東監督は、即ローテー入りを期待しているが?

「これは佐々木にも言っているけど。プロはそんなに甘くない。プロでローテーに入って、7か月間、フルに投げるのと、春、秋の1週間に一度の登板ではわけが違う。その体力は、まだないし、これからプロで培っていくもの。それにローテーなのか、中継ぎ、抑えなのか、の起用法でも違ってくる。いきなり、1年目から大きな結果を求めないでやってもらいたい。ただ、ストレートだけでなくスライダーも一級品。ツーシーム、フォークもある。プロの細かい制球は、まだないが、プロで通用するボールですよ。言ってみれば、遅咲きで、まだ大学2年生くらいの段階。2年後、3年後に、どこまで成長するかの想像もできないけれど、ローテーに入って、15勝以上、エースと呼ばれる存在になれるだけのポテンシャルがあることだけは間違いない」

佐々木急成長の裏にいた参謀、野村は、そこまで断言した。

佐々木の成長を見守ってきた桜美林大野球部の津野監督も、こんな話をしていた。

「目標を持ったとき、努力を続けることのできる継続力を持っているのが、彼が強み。大学2年のプロアマ交流戦に投げたあたりから、《プロになりたい》というような話を聞いた」

大晦日にグラウンドを見にいくと、佐々木が一人で黙々とダッシュを繰り返していたという。それを見たとき、津野監督は「彼は夢を現実にできる男かもしれない」と思ったという。

「技術面ではまだまだ課題は多いですが、バッターに向かっていく闘争心だけは負けたくない。プロでは1軍でローテーに入って優勝に貢献したい。もちろん、1年目から新人王タイトルを目指していきます」

プロでの目標をそう掲げた佐々木は、グローブに《気持ち》と刺繍している。

まだまだ発展途上の153キロ右腕が、その果てしないポテンシャルをプロの世界でどう開花させるのか。

野村弘樹氏の言葉をいつも、心のどこかで、なぞりながら、前代未聞の5球団外れ1位競合右腕の行方を追いかけていこうとしよう。

『RONSPO』編集長

サンケイスポーツの記者としてスポーツの現場を歩きアマスポーツ、プロ野球、MLBなどを担当。その後、角川書店でスポーツ雑誌「スポーツ・ヤア!」の編集長を務めた。現在は不定期のスポーツ雑誌&WEBの「論スポ」の編集長、書籍のプロデュース&編集及び、自ら書籍も執筆。著書に「実現の条件―本田圭佑のルーツとは」(東邦出版)、「白球の約束―高校野球監督となった元プロ野球選手―」(角川書店)。

本郷陽一の最近の記事