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心をなくしてしまう前に NPOで働くという選択 来月3日に相談会

堀潤ジャーナリスト
11月3日、東京・新宿でNPOへの転職などを考えている人向けのセミナーが開かれる

■過労が原因の精神疾患 20〜30代が全体の5割以上

厚生労働省研究班の調査によると、2010年からのおよそ5年間で、過労が原因でうつ病などの心の病を発症し、労災と認められた2000人のうち、少なくとも368人が自殺。病気を発症した年齢は男女ともに30代が最も多く、全体の3割以上を占めていることがわかった。20代を合わせると5割以上に上り状況は深刻だ。心の病に追い込まれた主な原因は、仕事の内容や職場の仕事量の変化などの他、いじめや上司との関係など、対人関係によるものも少なくないという。

厚生労働省は、今年10月、世界初の「過労死白書」を発表した。労働現場の実態把握に努め、過労死や過労自殺防止に向けた相談窓口や啓発強化の取り組み強化が必要だと発信している。特に若年層の働き方改革は待ったなしの状況だ。

■月100時間越えの残業時間 私も経験した心と身体の変調

会社員として働いていた頃、私も残業時間が月に100時間を超えることが一時期常態化していた。しかし、実際に残業時間として上司に申告できるのは労使間の取り決めで定められた月50時間まで。健康のためにもそれ以上は働かないように、という名目の数字だったが、実際の業務はその時間内でカバーできるものではなかった。さらに50時間目一杯申告すると上司の管理能力が問われてしまうことから、気を遣って47時間位に削って申告していたりもした。タイムカードも打刻しなかった。半分近くがいわゆるサービス残業だが、その記録はどこにも残さないようにしていた。「ボーナスの査定で還元するから」と、申し訳なさそうに頭を下げる上司の姿に責める気も起きなかった。

仕事のやりがいも感じていたし、少々疲れがあっても心と身体は健康だったので自分は大丈夫だと思っていた。しかし、局の方針と自分の報道への志に食い違いを感じるようになってからは、上司との衝突も多くなり、ストレスを強く感じるようになった。やりたいことがやれていない、信念を貫くことができない、そんなモヤモヤが強くなっていくにつれて、やがて局のエレベーターに乗ると手が震えたり、居室に入るのが少し怖く感じるようにもなり一歩が踏み出せないことが時々起きるようになった。12年間働いてきた職場を退職し、自分のNPOを立ち上げることに迷いなく決断ができたのは、そうした心と身体の異変を感じ取ったことも大きかったように思う。35歳の時だ。先行きへの不安は当然あったが、自分がやるべきだと思った道に邁進できる環境が何よりも清々しい気分にさせてくれた。

■「やりがい」を取り戻すための転職

実は来月11月3日に東京・新宿で《「社会を変える」を仕事にする》をテーマにNPOなどへの転職を希望する人たちなどに向けたセミナー「DODAソーシャルキャリアフォーラム2016」が開かれる。転職情報サイトなどを運営するインテリジェンスが主催し、NPOやNGOでつくる業界団体、新公益連盟が後援して毎年開かれているイベントだ。社会問題を解決することを目的とするソーシャルビジネスに取り組む団体が20以上集まり、経営者と転職を希望する人たちなどが交流する。

DODA編集長の木下学さんによると、ここ数年で20代後半〜30代前半の若者たちの参加が増加しているという。入社5年目を超えたあたりから、自らの「やりがい」や「志」とあらためて向き合うようになるのだという。NPOで働くというのはどんなことなのか、NPOへの転職を成功させるためにはどのような方法があるのかなど、キャリアフォーラムの開催を前に、教育事業を手掛ける認定NPO法人「Teach for Japan」の代表理事、松田悠介さんと、DODA編集長の木下さんに8bitNewsがお話を伺った。

■どんな人たちがNPOへの転職を希望しているのか?

認定NPO法人 Teach For Japan代表理事の松田悠介さん
認定NPO法人 Teach For Japan代表理事の松田悠介さん

(松田)

私は元々教員でした。海外の大学院に留学をし、その後帰ってきてからPwC Japanというコンサルティングファームで働いていたのですが、2010年にNPOを立ち上げました。自分の中でリスクをとってでも飛び出した理由としては、幼少の頃から持っていた教育に対する問題意識、課題意識なんですね。私の場合は、いじめられていたところを先生に救ってもらったという原体験があるので、自分も子供たちと向き合えるそうした大人を一人でも増やしたいと思った際に、アメリカで出会った「Teach For America」というモデルを基に日本での活動を立ち上げました。相当自分の原体験と紐付いているなと思います。

もちろんPwcにいる時にも、やりがいとか成長というのは実感できたんですけども、より楽しく成長できる環境があれば、上昇の幅も広がるだろうと考えたんですね。人というのは楽しいことや、やりがいがあることをやっている時が一番笑顔で、成長もできるのではないかと思っています。転職というか、リスクをとって行動したことを何ら後悔していないと断言できます。

(木下)

我々も、2年前からNPOの求人特集であったり、求人広告というのを掲載させてもらうようになりました。反響が良いというか多くの人たちに見られている状況で、「社会の役に立ちたい」とか、「自分のやりたいことを実現させたい」と思っている方が実際に多いんだなと感じています。特に、若い方々が増えてきていると感じています。社会人3年目から5年目くらいの方々でしょうか。

(松田)

20代後半が多いですね。結婚するちょっと手前くらいでプライベートの面とプロフェッショナルの仕事の面で、そもそも自分の「志」は何なのかということを見つめ直す方が多いようです。志を遂げるのは今いる組織なのか?、それとも違うのか?、そうしたことを考えるのが20代後半かなと思っています。会社に身を委ねている身として、会社の意思決定や事業の転換に従わざるをえない。それが自分の志を100%反映していないことも有りうるわけです。そうした中で転職を考える人が多いと感じています。

■NPOへ転職 給与「3割減」であれば食べていけるという判断

DODA編集長の木下学さん
DODA編集長の木下学さん

(木下)

そうは言っても、問い合わせや反応として多いのは生活面であったり、給与や待遇面の話です。社会貢献事業などに協力したいと心から思っていながらも、今その選択をしなければ安定した未来がある人にとっては、それを飛び越えて決断する勇気が必要だと実感されているようです。先々の展望を気にされている方が多いというのを実感しています。

(松田)

私たちも採用活動をしているので待遇面の問い合わせを頂きます。求職者側で基準を持たれているなと感じるのが前職の「3割減」、つまり前職の7割くらいの給与水準であればそれは下げられるし、その位であれば自分のやりたいこととか、思いを持っていることに携わりたいと。生活の方も重要で「7割減」だと厳しいけれど「3割減」なら許容できると。それよりも自分のやりたいことを追い求めることができるというのが重要だという求職者の方は多いですね。

■「過労自殺問題」から考えるNPOで働くということ

(松田)

何よりも自分が就いている仕事が心から信じられる仕事なのか、やりがいを感じられる仕事なのかというのが仕組み以上に重要だと思っていますし。そう言ったところが見つめ直されるべきです。ソーシャルビジネスは、そもそも社会課題を解決したいと思って働くわけですから、志の面でのミスマッチみたいなものはなるべき起きないように経営者側も意識しています。そうした経営者と転職を希望する人たちとを上手くマッチングできれば、メンタル面での安定は保てるようになると思います。

(木下)

長時間労働も問題なのですが、情報化が進んでいくと求められるものもより高度になっていきますし、生産性もあげなくてはいけないというプレッシャーの中で、まさに「働き方改革」は待ったなしの状況です。労働時間の話や在宅勤務の話が注目されやすいですが、兼業や副業というのをオープンにしていくというのも「働き方改革」の一つだと思っています。そういう機会を手にした人が、自分のやりたいとか、やらなくてはいけないなと思っていたことが実際の仕事として関わりができる、貢献ができる、となっていくと働いていての充実感が高まっていくと考えています。そういうことが広まっていくといいと思っています。

■転職の前に、「プロボノ」という働き方を選択してみる

(松田)

プロボノという形が広がってきているなという実感はあります。月曜日から金曜日までは本業で働き、週末の時間は家庭に加え、自分が本業で培っているスキルを社会課題の解決のために役立てる「プロフェッショナルのボランティア」として参加するケースが多くなってきていると思っています。

Teach For Japanの立ち上げの時は、当時150人ほどのプロボノがいたんですね。毎週100人前後が会議室に集まって一つずつの課題を話し合っていました。当時は正職員をそんなに数を採用する力もありませんでしたので、そうしたプロのボランティアたちの力を結集させてスタートした経緯があります。今もいろいろなプロフェッショナルの方に財務面のことであったりとか、法務面であったり、デザイニングの面だったりとか、マーケティングメッセージだとかそういったところに、平日培っていらっしゃる専門スキルを使って、私たちの事業に貢献していただいています。

プロボノという働き方が広まるにつれ、雇用のミスマッチが起きなくなってきているなと思っています。どうしても前職をパッと辞めて転職するとなると、なかなか今までの常識を捨て切れなかったりとか、入ってみたらやはり現実が少し違ったりだとか、そのギャップに苦しんでストレスを感じられる方もいると思うんですよね。プロボノとして関わると、週末の時間であったとしても事業に触れ、課題に触れ、そして自分の専門性がどう活かせるのか実感することもできるし、そこの組織文化も理解できるようになると思うんです。そうした時間を経て、ここだと思って飛び込んだ方は組織にとっても即戦力になりますよね。キャリアフォーラムでは具体的な話を色々と交えながら、様々な関わり方があるというのを伝えていきたいと思っています。

※ソーシャルキャリアフォーラムへの参加申し込みは今月31日まで。

※プロボノとは、「公共善のために」を意味するラテン語「Pro Bono Publico」の略で、仕事上のスキルや専門知識を活かしてボランティア活動をするビジネスパーソンのこと。

ジャーナリスト

NPO法人8bitNews代表理事/株式会社GARDEN代表。2001年NHK入局。「ニュースウォッチ9」リポーター、「Bizスポ」キャスター。2012年、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校で客員研究員。2013年、NHKを退局しNPO法人「8bitNews」代表に。2016年(株)GARDEN設立。現在、TOKYO MX「堀潤モーニングFLAG」キャスター、Amazon Music「JAM THE WORLD」、ABEMA「AbemaPrime」コメンテーター。2019年4月より早稲田大学グローバル科学知融合研究所招聘研究員。2020年3月映画「わたしは分断を許さない」公開。

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