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ボストンマラソンの惨事。州の祝日を一転、悲劇に変えた爆発事件に遭遇して。

一村順子フリーランス・スポーツライター
野球観戦後、沿道でマラソン走者を応援するのが、この日のボストニアンの過ごし方。

サヨナラ勝ちの余韻も冷めぬ矢先に、本拠地フェンウェイパークから目と鼻の先で爆発が起きた。ボストンがパニックに陥った恐怖の1日を振り返る

勝利の余韻を一瞬に吹き飛ばした忌まわしい惨事

春の日差しに包まれたボストンの祝日が、一転して忌まわしい惨事に見舞われた。マサチューセッツ州がアメリカ独立戦争の勃発を記念して制定した祝日「ペイトリオッツデー」の15日、ボストンマラソンの開催中の午後2時50分頃、ゴール付近で2度の爆発が起きた。地元報道によると、15日深夜時点で8歳の男児を含む3人が死亡、144人が負傷したという。

この日ボストンでは2つの大きなスポーツイベントが同時進行していた。レッドソックスは、マラソンのゴール地点から2キロも離れていない本拠地フェンウェイパークで午前11時5分からレイズとの試合を開始。今年で117回を数える伝統のボストン・マラソンは、午前9時から車椅子の部を筆頭に、午前10時に男子の号砲と、次々と部門別にスタートした。私は交通規制が始まる午前8時に球場入り。試合前のクラブハウスでは、テレビ画面にマラソンの様子が映し出され、選手たちも興味深そうに観戦していた。

球場には37449人が詰めかけていた。昨年アリーグ東地区最下位に沈んだレ軍は10日に、米4大プロスポーツの最長記録だった「794試合」で本拠地の完売記録が途切れていたが、5日ぶりに完売。この日から学校などは春休みが始まり、家族連れが目立つ満員の本拠地でチームはレイズを3タテ。8勝4敗と同地区1位をキープした試合終了時間は、午後2時8分だった。

サヨナラ勝ちの興奮と復活の手応えで、球場周辺は幸せなムードが立ちこめていた。チームのロゴの入った帽子を被ったファンの多くが、三々五々、マラソン観戦に流れていった。その矢先に、爆発は起きた。

ツイッターによる情報拡散と選手ら関係者の素早い反応

八回3者凡退の快投で勝利に貢献したレッドソックスの上原浩治投手らの取材を終えて、私が球場を出たのは、2時40分頃だ。通常は現場で記事を書いて帰るが、さすがにこの日は早過ぎて、デスクと打ち合わせをしようにも、日本のオフィスに誰もいない時間帯。ボイルストン通りを東向きに運転。球場前を過ぎた瞬間が恐らく爆発時に重なると思う。突如、けたたましいサイレンを鳴らして、大量の警察のパトカー、救急車がマラソンゴール付近へスピードを揚げていく。球場から出て行く車で混雑する中、警官が先導して、パトカー、救急車に、西向きの対向車線を逆行させている。その緊迫感から、何かが起きたんだと察知できた。マラソンのため随所で交通規制があるのは、予め知っていたが、この物々しさは尋常ではない。たちまち大渋滞に巻き込まれ、何とか、市内を脱出した後も、反対車線にボストン方面に向うパトカー、救急車が後を絶たない。上空にはヘリコプターが飛び交い、総動員といった様相だった。

チームはといえば、その頃、きょう16日からのインディアンス戦に備えて、クリーブランドへの移動の最中だった。ローガン空港へ向うバスの出発予定時刻は3時。試合後、シャワーを浴びて慌ただしくバスに乗り込んだ上原が2時59分に、ツイッターで「勝ってよかった」とつぶやいた直後の3時2分に、地元テレビの公式ツイッターサイトが、第一報を投稿している。

上原はツイッターで「なんてことすんねん」と怒りを露にし、昨年までレッドソックスに在籍した松坂大輔投手は「家族がボストンにいるので、とても不安です」とつぶやき、英文でも犠牲者へのコメントを投稿した。また、エルスベリ外野手、ビクトリーノ外野手らレ軍の主力選手や、ボルチモアへ移動したレイズのマドン監督、プライス投手らが次々にツイッターに投稿するなど、情報は瞬く間に拡散した。

その後、通信社の依頼で、マラソンに参加した日本人女性ランナーを取材した。ゴール直後、そのまま直進して歩いていると、2ブロック程背後で「ドーン」という爆音が響き、振り向くと白煙がモクモクと湧き出ていたという。「憧れのレースだったのに、ショックでならない。今考えてもぞっとする」という生々しい証言に惨憺たる気持ちになる。マラソンの応援に来ていた知人に連絡すると「テレビで映っている場所にさっきまでいた。疲れたので家に帰ったのが、爆発の20分程前だと思う。そのまま残っていたら吹き飛ばされていたと思う」と言うので、また、背筋が寒くなった。

スポーツイベントが標的にされる恐ろしさ

爆発装置が見つかったことで、米当局は今回の爆発を事件として扱い、FBIは「テロ行為」として捜査を始めたという。一体、誰が何のために? 憤りは止まないし、ゴール付近で犠牲になった死傷者を思うと、心が痛む。亡くなった方々には心からご冥福を祈りたいし、負傷者の少しでも早い回復を願うばかりだ。そして、悲しみに沈む街、ボストンのために祈りたいと思う。

市内の地下鉄は閉鎖され、ゴール付近一帯は立ち入り禁止区域に、市民には自宅待機が呼びかけられた。爆発が携帯電話による遠隔操作である可能性もあり通信網も一時途切れ、混乱は続いている。この日の夜にTDガーデンで試合が予定されていたNHLブルーインズのセネターズ戦と、きょう16日に予定されていたNBAセルティックスのペイサーズ戦は中止が決まった。9・11のニューヨーク同時多発テロ事件の後は、全米各地の球場や空港の警備が強化されたが、今回も厳戒態勢は続くだろう。安心してスポーツイベントに参加できないこの国の現実を、改めて知る思いがした1日だった。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

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