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メジャー通算3141安打、偉大なるトニー・グウィン氏の早過ぎる死に思う「大リーグと噛みタバコ」

一村順子フリーランス・スポーツライター
16日のツインズ戦の前に、フェンウェイパークで黙祷が行われた。

衝撃のがん告白から4年

大リーグのサンディエゴ・パドレス一筋で20年間プレーし、通算3141安打を放って野球殿堂入りしたトニー・グウィン氏が16日(日本時間17日)、唾液腺がんのために54歳で死去した。この日、レッドソックスの本拠地フェンウェイパークでもツインズ戦の試合前には大型スクリーンには生前の映像が流れ、ファンは黙祷して故人を悼んだ。

「個人的な付き合いはなかったが、彼はバッティングを芸術の域に極めた選手。野球界にとって偉大な損失だ」とレ軍のファレル監督は追悼し、パドレスでは入れ違いメジャーに昇格する形になったピービー投手は「彼はサンディエゴの英雄だ。僕もマイナー時代から彼に憧れていた。きょうは悲しい日だ」と肩を落とした。

ショッキングなのは、わずか54歳という若さだったことだ。同氏は01年の引退後、母校のサンディエゴ州立大学の監督に就任。10年にがんを患っていることを告白した。米メディアによると複数の手術や放射線治療を行い、闘病生活を続けてきた。今年3月からは監督業からも退き、この日カリフォルニア州の病院で家族に見守られながら息を引き取ったという。直接の原因かどうかが証明された訳ではない。だが、グウィン氏自身は唾液腺がんを誘発したのは、長年愛用していた噛みタバコが原因だと考えていたと伝えられた。

大リーグにおける「噛みタバコ撲滅」への動き

日本のお茶の間に届けられる大リーグのテレビ中継で、ダグアウトにいる選手が口に何かを含んで時折唾を吐いているシーンを観たことのある人も多いだろう。日本のプロ野球選手には愛煙者が結構いるが、メジャーでは噛みタバコの愛用者が少なからずいる。煙草が肺がんの原因となることはよく知られているが、噛みタバコの常習も舌や喉頭など口腔がんのリスクが高くなるという。一般社会も喫煙者に厳しい米国では大リーグも煙草撲滅の方向に向かっている。93年にはマイナーリーグでの噛みタバコは全面禁止され、11年にMLB機構と労組の選手会が結んだ新労使協定締結ではテレビのインタビューや球団行事の際に監督、コーチ、選手の噛みタバコ使用が禁じられた。子供たちへの影響を懸念して、開門後はユニフォームのポケットに噛みタバコの袋や缶を入れてはいけないという条項も入った。

「直接の原因だったかどうかは別として、噛みタバコに高い(発癌)リスクがあることは、大リーグ機構が組織を挙げて教育に取り組んでいることだ。こういうことが起きると、誰もがハタと立ち止まり、それぞれが自分の選択についてもう1度、考える機会になるのではないだろうか」とファレル監督は言う。噛みタバコの愛用者であるピービーも「なかなか断ち切れないけれど、悪い習慣だとは自分でも分かっているんだ」と神妙な顔をした。サンディエゴ州立大学出身でグウィン氏の教え子に当たるストラスバーグ投手(ナショナルズ)は、恩師ががんを告白した数ヶ月後の11年1月に「個人の判断で決断した。頑張って噛みタバコを断つ努力をしている」とワシントンポスト紙に“禁煙宣言”をしたこともある。

レ軍クラブハウスに置かれている「GRINDS」
レ軍クラブハウスに置かれている「GRINDS」

ちなみに、レッドソックスのクラブハウスには、最近になってニコチンフリーの噛みタバコ代用品「GRINDS」のサンプルが置かれている。噛みタバコの習慣を断つのが難しい人のための代用品で、発がん性のあるニコチンなどの有害物質に替わって、中枢神経刺激作用などのあるカフェインを配合している。コーヒー味など複数のフレーバーがある、言わば『禁煙パイポ』の噛みタバコ版みたいなようなものである。

噛みタバコの問題に関しては、あくまで嗜好品に対する個人の選択の自由という考え方もある。現在の労使協定の契約が満期となる15年オフには、早過ぎるグウィン氏の死が後押しする形となって、更に噛みタバコへの制約が強まるかどうかも、注目されそうだ。

最後に一言。Rest in Peace, Mr Padre. 安らかにお眠り下さいー。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

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