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連覇を断念したレッドソックスが、2015年に向けて再出発した日。

一村順子フリーランス・スポーツライター
7月9日、試合前のフェンウェイパーク、スコアボード。ここから来季へ再出発だ。

39勝51敗で借金「12」。首位との差が10・5ゲームになったレッドソックスが、ついに、動いた。9日に本拠地フェンウェイパークで行われたホワイトソックス戦の試合前。クラブハウスが報道陣に公開された午後3時半に、正捕手ピアジンスキーの姿はなかった。ぽっかり空いたロッカー。前日まで父と打撃練習を楽しんでいた息子オースティン君の姿もない。替わって入ってきたのが、3Aから昇格した新人捕手のバスケスだった。

「若い選手に時間を費やすために、ページをめくる時が来た。 この時期に、この状況になれば、次のシーズンを見据えて布陣を組むことを考える。そして、それが、今日マスクを被るバスケスなのだ」とファレル監督は試合前に説明した。ワールドシリーズ連覇を目標に掲げてきたレ軍が、事実上の白旗を挙げ、来季に向けて新たな一歩を踏み出した瞬間だった。この日、先発右腕デラローサと捕手バスケスの新人バッテリーコンビを含め、先発に新人賞資格を持つルーキーは計6人。七回まで0−4の劣勢で進んだが、 そこから試合が動く。

まず、八回。四番手で登板した田沢が、先頭打者に被安打を許すも一死から投ゴロ併殺で無失点救援。流れが変わった。その裏、新人ベッツの二塁打の後、二死三塁からペドロイアが適時打でまず1点。更にオルティスの二塁打で2点目入って2−4。ブルペンで守護神・上原が投球練習を開始する。ベンチは守護神を注ぎ込むつもりだ。ゴームスの二塁打で、ついに1点差…。3−4で迎えた九回は大観衆が総立ちになる中、上原がマウンドへ。捕手バスケスとサイン確認を済ませると、右腕はポンと新人の太腿を叩いた。「大丈夫」というように。

全てスプリットによる圧巻の3者連続空振り三振。上原のパーフェクト救援で九回を迎えたレ軍は、6月中旬から一番に固定され始めた新人ホルツが自身初のサヨナラ打。ベンチから飛び出した守護神は、グルグルとタオルを振り回しながら歓喜の輪に飛び込み、殊勲者とハイタッチを交わしたのだった。「きょうの勝ちはみんな嬉しいと思うし、良かった。(タオルを振り回したのは)次の回も行くと言われていたので。投げたくなかったですし」。5勝目が転がり込んできた上原は、流れる汗を拭いながら冗談っぽく笑った。

試合前には、ア・リーグの指揮を執るファレル監督から、故障者リスト入りしたヤンキース・田中将大投手に替わる球宴選出を告げられた。6日の発表時点で、上原は欠員が出た場合の代行要員の一番手であり、例年、入れ替えがあることを考えれば“既定路線”だった。メジャー6年目で初めて手にした“球宴切符”には「1度は経験したかったことなので、良かった」と素直な喜びを表現したが、「当日にならないと何とも思わないですね。オールスターどうこうというより、まだ4試合(前半戦が)残っているので、そっちに集中したい」と気を引き締める。

正捕手が去ったクラブハウスで、若手バスケスの“育成担当”としても期待されているベテラン捕手のロスは、言った。「AJ (ピアジンスキー)は素晴らしいチームメイトだったが、7月の時点でチームがこの位置にいれば、こういうことが起きるのは仕方がない。これが、メジャーリーグの Nature(自然の摂理)だから」。この日、メディアに対応したチェリントンGMは、更なるトレードを含めた登録選手の入れ替えを否定しなかった。残留再交渉が始まると噂される左腕レスターや上原など、今季限りでFAとなる選手は、チームが2015年のメンバーとして必要な人員かどうかを吟味される時だ。勿論、相手の交換要員にも拠るだろう。ここからトレード期限の月末まで、今季限りでFAになる選手は、ある種の覚悟を決めている。

この夏、頻繁にトレード話に名前が上がっている上原は言う。「全然、落ち着いてますよ。ボルチモア(オリオールズ時代)で1回、経験しましたから。なるようにしかならない。自分のやることは変わらない」

先発投手のピービーは、球団首脳から水面下でトレード交渉を進めていることを伝えられている。「チェリントンGMは誠意を持って事情を話してくれているし、自分の立場は分かっている。どういう状況になるか、待つしかない。だが、正式決定まで、レッドソックスのユニフォームを着ている限り、私はチームの一員だし、今も次の登板に全力で備えることだけを考えている」と淡々と語った。正式決定前に球団首脳が本人に状況説明するのは、日本のプロ野球では考えられないが、プレーオフ争いから脱落したチームがどういう行動を捕るか、メジャーの掟をベテラン右腕は心得る。昨年7月に、まさに、同じような立場でプレーオフ進出の芽がなくなったホワイトソックスからトレードされてレッドソックスに移籍。残り公式戦とプレーオフで先発の一角を任されて世界一に貢献したのが、彼自身なのだから。

新生レ軍として手応えある再出発となったファレル監督は、「新人だけじゃなく、ベテランもエネルギッシュに戦った。今日のロースターの入れ替えは、アンスポークン・メッセージをチームに送ったはずだし、皆がそれを受け止めたことだろう。選手それぞれ自分の置かれた立場を考えたこと思うが、フィールドでユニフォームを着ている人間の本能を出してくれた。内容のある試合だった」と語った。レ軍の迅速な動きは、選手にもファンにも無言のメッセージを届けた。不甲斐ない試合にストレスが溜まっていたフェンウェイパークに久々に熱い歓声が沸き起こったし、試合後のクラブハウスにも活気があった。球場には期待と希望がある方がいい。たとえ、それが、来季へのものだったとしても。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

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