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マリナーズ・岩隈が語るノーヒッターの極意

一村順子フリーランス・スポーツライター
遠征先のフェンウェイパークで次回登板18日のレンジャーズ戦に備える岩隈

12日のオリオールズ戦で野茂英雄以来となる日本人メジャー2人目の無被安打無失点試合を達成したマリナーズの岩隈久志投手(34)が、遠征先のフェンウェイパークで前回登板を振り返り、“ノーヒッターの極意”を語った。

「兆しなんか全くなかったです。逆球も結構あって、荒れていた。実際、八回の四球なんかもピンチだったと思いますしね。最近ずっと中4日で投げていて、しんどかったし、あの日は(デーゲームなので)実質、中3・5日でしょ。きょうは100球くらいで代えてくれないかなぁなんて、話していたくらいでした(苦笑)」

メジャーの歴史に名を刻んだが、本人には当日、何かやりそうな予感や兆しは皆無で、絶好調という手応えもまるでなかったそうだ。むしろ、疲労と制球難を感じてマウンドに立っていたという。これは、08年5月に当時レッドソックスのジョン・レスター(カブス)がノーヒットノーランを達成した時に「ブルペンから酷かったし、序盤はどうなることやらと思っていた」と振り返ったのと似ている。こういう快挙は、狙ってできるものではないとよく言われるが、そういう意味でも、決して好調とは言えない状態を把握し、修正を加えながら、荒馬を乗りこなすようにイニングを重ねたことが、素晴らしい結果に結びついた例なのかもしれない。

「試合展開も展開だったし、意識もしなかった。実際、打たれてもいい、という気持ちで投げていたんですよ。九回にシーガーが(三塁側への難しい)ファウルボールをとってくれた時は、さすがに、これはやらなきゃいけないなという気持ちになりましたけど。でも、それまでは、本当に考えていなかった」

無意識、無欲で成し遂げた快挙だと振り返った岩隈だが、そこまで平常心に徹することができた理由は何処にあるのだろう。

「経験っていうのは1つあると思います。昔ロッテ戦で五回までノーヒットに抑えていて、あれっ、今日はもしかして…と思った途端、ボッコボコに打たれたことがあるんです。だから、どこか冷静に見ていたところはあったと思いますね。この世界、メンタルの強さがないとやっていけない。それは、つくづく感じます。パワーが違うので。僕なんか、弱気になったらやられてしまう」

メジャー100試合登板となった8月2日には、八回まで1被安打無失点の好投ながら、九回一死に同点弾を浴びて初完封勝利を逃した。昨年7月のアスレチックス戦で0点で抑えていた九回二死から2ランを浴びたこともある。好事魔多し。絶好調が一転、痛い目に逢った過去の経験が、スコアボードのHの欄に0を続けても、最終回まで色気を出すことを戒めたのかもしれない。

次回登板の18日のレンジャーズ戦に向けて調整を続けている岩隈を今、悩ませているのは、チームメイトへのギフト選びだという。大リーグでは、ノーヒットノーランを達成すると、投手がチームメイトにお礼の品を贈るしきたりがある。記念の日付をラベルに入れたワインや葉巻、試合のスコアシートが入った盾など。昨年9月にノーヒットノーランを達成したジマーマンは、スーパー捕球で偉業を助けた左翼手のソーザに、「ベスト・バイ」(米国の家電量販売チェーン店)のギフトカードを贈り、2012年に完全試合を達成した同僚のヘルナンデスは、捕手のジェイソにローレックスの腕時計をプレゼントしている。

「ローレックスだと聞いたので、ちょっとそれはプレッシャー掛かりますけど(笑)、やっぱり何かしたいなと考えています。自分1人で達成できる記録ではないので、何かの形で感謝の気持ちを皆に伝えられたらいい。何がいいのか、ちょっと色々考えてみます」と、“宿題”抱えた心境の岩隈。思わぬ“臨時出費”も嬉しい悲鳴と言えるかもしれない。

それにしても、今回のノーヒットノーランは、岩隈にとって意外にもメジャー4年目で初の完投勝利だった。未踏だった完投、完封、ノーヒットノーランの”3段階”を、1試合で一気に成し遂げたのだ。あと1イニング、あと1アウトに迫りながら、土壇場で快挙を逃すパターンもよくある中、何が、あの日の勝負強さに結びついたのだろうか。岩隈に尋ねると、笑いながら即答が返ってきた。

「そんなの、運ですよ」とー。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

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