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U-17W杯での“革新的チーム”日本が「大会最低身長CB」を起用する理由

小澤一郎サッカージャーナリスト
吉武監督が掲げる「次から次ディフェンス」の守備コンセプト

17日にUAEで開幕したU-17ワールドカップ(W杯)もいよいよグループリーグ最終戦となる第3戦に入り、23日に行われたグループAとBの第3戦ではブラジルやウルグアイ、イタリアといったサッカー大国が順当に決勝トーナメント進出を決めた。“96ジャパン”ことU-17日本代表の決勝T以降の戦いをシミュレーションすべく日本の試合がない日には他会場で他グループの試合を取材しているが、チームの完成度や戦術浸透度で見た時に「日本以上のチームはない」と断言できる。

■育成重視の影響で低年齢からの大型化が進む世界

スペイン代表やFCバルセロナの成功によって近年の世界のサッカー界では「育成重視」の傾向や低年齢からのタレントの囲い込みが顕著だが、特に欧州や南米の強豪クラブが食事や学業を含めた生活サポート体制を充実させながら一貫指導による選手育成の質を高める努力をすることで今大会に出場している17歳以下の選手たちの身体能力が以前の同世代と比較しても「より高く」、「より強く」なってように感じる。

ただし、身体能力が上がったことでその能力に頼ったサッカーで勝とうとするチームも増えた印象を受ける。特に、「育成大国」として知られるアルゼンチンは「このサッカーでは選手が伸びない」というような間延びしたロングボールの放り込みサッカーをしており、ある種のカルチャーショックを受けた。前回大会優勝のメキシコも前回の優勝監督が引き続き指揮を執っているとはいえ、タレント不足以上にサッカーのクオリティ不足を感じさせるここまでの戦いぶりとなっている。

■毎試合が「柔よく剛を制す」戦いの96ジャパン

初戦のロシア戦でのチーム平均の身長差が8.3センチもあり、フィールドプレーヤー18名中12名が身長160センチ台のU-17日本代表はどこからどう見ても「小柄なチーム」、「ちびっ子軍団」なのだが、24日17時(現地時間)キックオフのチュニジア戦でも相手の前線には181センチのフォワードが控えており、第2戦のロシア戦でのチュニジアの先発メンバーの平均身長は179.1センチだった。

日本にとっての今大会は毎試合が「柔よく剛を制す」ことへのチャレンジとなるが、23日の前日練習を見る限り吉武博文監督の『ローテーション・ポリシー(=先発メンバーを入れ替える方針)』からセンターバックは第1戦、第2戦の宮原和也と茂木力也を温存して、本来はFWの中野雅臣とMF鈴木徳真のコンビとなりそう。特に鈴木は身長166センチの小柄な選手で、予想通りチュニジア戦にCBとして出場すれば間違いなく今大会での「最低身長CB」となる。

U-17日本代表先発予想(チュニジア戦)
U-17日本代表先発予想(チュニジア戦)

AFC U-19選手権やロンドン五輪で高さを武器とする韓国に屈する度に日本でも「高さのあるCBの育成」についての話しが議題として挙がるが、吉武監督は「多分(CBの育成コンセプトは)同じです」と前置きした上で、長年の日本の課題でもあるCB育成についてこう話す。

「私は、センターバックの一番大事な要素は集中力と予測だと思っています。(身長が)高いに越したことはないんですけど、でも今はいないですよね? なかなかいないのと、『いない』ことを理由にはしたくないので、今いる現状で日本の良さを出すための戦い方というのを模索しています。だから逆に、どんとぶつけたいというか、やはりダメなのか、結構できるのか(を試したい)。失敗したことがこの先の結果になりますから。あと、それはDFラインだけの問題ではなくて、前にプレッシャーがかかっていない限り、いくら速い選手、いくら大きいセンターバックがいたって、絶対にやられます。それは前との関係なので、われわれとしては全員で守備ができたらなと」

この96ジャパンのサッカーコンセプトは「全員攻撃、全員守備」だが、守備においては「コンパクト」がキーワードとなる。守備におけるコンパクトさというと「DFラインを高く保つこと」、「オフサイドを取ること」ばかりがフォーカスされるが、守備においても「コンパクトな状態を保つこと」は手段であって目的ではない。吉武監督は、「ハイディフェンス」、「次から次ディフェンス」と呼ぶ守備戦術で大柄なロシアを相手に完封できたことについて試合翌日こんな話しをしている。「大きさが全然違って上背のある相手にちび軍団があれくらい守備ができるというのは、距離が近くないとやれません。ラインだけ上げたら(距離が)近くなるかというとそうじゃなくて、(チーム)全体がいかにコンパクトになるか。ラインを上げるのが目的ではなくて、われわれは中盤の枚数を増やしたい。中盤の選手が前線に近い形にしたい」

■オフサイドを取っても手を挙げない日本のDFライン

また、11ものオフサイドを取ったベネズエラ戦後には「オフサイドを取るとは選手に伝えていない。結果がオフサイドになる」と守備コンセプトを説明している。DF茂木も「オフサイドを取るという考えではなく、前から行くために自分たちのラインを上げると考えている」と理解する。だからこそ、この96ジャパンのDFラインは「オフサイド」と手を挙げ、セルフジャッジで動きを止めてしまうことがない。反射的に手が挙がるシーンはこの2試合で何度かあったが、吉武監督から言わせれば「『オフサイド』と手を挙げるということはオフサイドを狙っている」ということ。「そうではなく、レフリーが笛を吹いたらオフサイドなので、ボールが(DFラインの背後に)出たらそのままコンパクトに戻ってきて、もう1回守備を始めるし、攻撃を始める」

実際、日本のDFラインが繰り返す激しいラインコントロール(上下動)でロシア、ベネズエラの前線は前半から息切れしており、DF茂木も「前半の途中くらいから(相手FWの体力が)だいぶ落ちていると感じながらやれていた」と話す。17歳以下の大会とはいえ、160センチ台のセンターバックを起用し、90分間、大会を通してハイプレス、ハイラインでアグレッシブに攻撃的な守備を仕掛けるU-17日本代表の守備コンセプトはある意味で「ミッション・インポッシブル」に映る。しかし、志の高い吉武監督は「物理的に不可能、いつでもどこでも数的優位なんて不可能だろうというふうに思われているけれど、挑戦します。絶対にコンパクトにやります」と力強く話す。

「もちろん負けたらいけないんですけど、勝ち負けよりもわれわれが目指しているところはコンパクトで全員攻撃、全員守備ができるかどうか。有利なところでボールを回したいし、有利なところで相手のボールを回させたい。数的優位で進めるというコンセプトは変えるつもりはありません」

チュニジア戦でDFラインの選手を大幅に入れ替え、160センチ台の「大会最低身長センターバック」を抜擢しそうな背後には、U-17日本代表が今大会掲げる「コンパクトな守備」へのチャレンジャー精神と「高さではなくサッカーで勝つ」という自信が存在する。

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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