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確固たる育成哲学の下、大化けの予感漂う國學院久我山のエース

小澤一郎サッカージャーナリスト
國學院久我山の絶対的エース、富樫佑太(写真は2回戦の都駒場戦)

10日に味の素フィールド西が丘で行われた第92回全国高校サッカー選手権大会東京都Bブロックの準決勝第2試合は、國學院久我山が前評判通りのサッカーと実力を見せつけ東京実業に3-0で快勝した。「美しく勝て」をスローガンにテクニックと的確な状況判断を基礎とした華麗なパスワークで観る者を魅了しようとする國學院久我山だが、チームを率いる李済華(リ・ジェファ)監督は日本サッカー界における長年の課題である“ストライカー育成”についても確固たる哲学を持っている。

■東京NO.1ストライカーが「GKの頭上をぶち抜く」ゴール

今年のチームのエースであり1-4-3-3のシステムのセンターフォワードは、1年生からレギュラーとして活躍しているFW富樫佑太(ジェファFC)だが、最終学年としてエースの自覚を持ち始めた富樫のストライカーとしての成長曲線は急激な上昇カーブを描いている。「東京都NO.1ストライカー」の呼び声高い富樫だけに今大会はマークが厳しく、密着でのマンマークを付けられる試合が続きここ2試合は無得点だったが、準決勝の東京実業戦では61分にエリア外からワンステップで「GKの頭上をぶち抜く」という表現がぴったりな強烈なミドルシュートを決めてみせた。

「これまでの試合はマークが1枚付いてやり難かったのですが、今日は思ったよりフリーになる機会が多く、ゴールに向ける機会も増えたのでまずシュートを狙っていこうと。(ゴールの場面は)あまり相手が来ていなかったので前を向いて一発強いのを打とうと思って打ちました。相手GKの反応自体もそれほど良くないと思っていたので、コースよりも強いシュートを打とうと思いました」

試合を決めるチーム2点目の得点についてこう振り返る富樫だが、李監督も「あの得点は振り抜いたという感じで良かったし、だいぶセンターフォワードらしくなってきた。生意気さも含めてですけど(苦笑)、強いシュート、合わせるシュートではなくて振り抜くシュートを覚えるようになってきました」と評価する。

■1本の質を追求するエースの姿勢とストライカーを育てる指導者の気構え

文武両道を高いレベルで実現する私立の國學院久我山サッカー部の近年の競技実績からして周囲からは「いい環境が整っている」と思われがちだが、人工芝とはいえサッカー部に与えられているグラウンドのスペースは驚くほど狭く、そこに160名を超える部員がひしめき合って日常のトレーニングに取り組んでいる。当然ながら実戦を想定したシュート練習などできるはずもなく、大半のメニューが1対1や2対2止まり。進学校ゆえに完全下校の時間も厳しく(早く)、練習後にフォワードが自主練でシュート練習できる時間は長くて10分。そうした厳しい環境下でも富樫は、「試合でも決定的なシュートチャンスは1回、2回。その1本、2本をしっかりものにできるようなストライカーになりたい」と1本のシュートにこだわりを見せる。

李監督の指導スタンスも「トレーニングでのシュート練習ではなく、試合を通してシュート精度を上げろ」というのも。だからこそ、ストライカーの育成哲学についてもこう述べる。「富樫は試合でよく(シュート練習を)やっていますよ。その分、外しているし、失敗もしているけれど、そこは本当に指導者側の我慢のしどろころというか、センターフォワードを育てるというのはそういうものなんだろうなと思いながら、あまり注文をつけない。結局センターフォワードに常にベストゴールを求めてしまうと逆に言うと潰れる。オンとオフじゃないけれど、センターフォワードのような特殊なポジションには独特の感性があるので、それを見てあげる、待ってあげることが大切。指導者側にもそういう感性が必要だと思います」

そんな李監督の期待と苦労を知っているのか富樫は「1、2年の頃は上手いプレーをしようだとか、魅せてやろうという想いが強かったんですけど、今は強くゴールを意識しているし、自分がゴールを獲らないとチームも勝てないと思っています」とストライカーとしての風格を漂わせる。加えて、國學院久我山のようなポゼッション型のサッカー、スタイルに付きまとう「パスは回しているけれどシュートが入らない」という批判に対して、「そういうことをよく言われるので、自分がいい意味で久我山サッカーを壊すと言ったら変ですけど、イメージを変えられるような感じでシュートを打つ、ちょっと違うことをしてみたい」と強気の発言もする。

■壁にぶち当たったスペインでつかんだ手応えと決意

今春にはスペインの強豪ユースチームに一週間練習参加し、世界レベルでは当たり前の球際の激しさ、競争の厳しさを体験した。「全てにおいて自分が勝るものはなかった」と高い壁にぶち当たった富樫だが、日々新たなアクションを起こすことで練習参加後にはそのチームの監督、クラブの会長から「可能性があるならチームに残ってもらいたい」というほどの高評価を得た。だからこそ、高校卒業後の進路も「とりあえず大学」という選択肢を消した上で、海外を含めた「プロ入り」一本に絞っている。

現時点でプロクラブからの正式オファーはないというが、だからこそ選手権という大舞台で「全国に僕の名前が知れ渡るような活躍をしたい」と意気込む。ストライカーとして重要なふてぶてしさ、メンタルの強さも兼ね備えた國學院久我山の富樫佑太はまだ全国的には無名な存在ながら、この1年の成長と今大会でのオーラからしてわれわれが想像できないようなレベルにまで大化けする可能性を秘めている。

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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