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手放しで喜べない新卒ナンバーワン選手のドイツ行き

小澤一郎サッカージャーナリスト
22日のインカレ準決勝後、取材に応じる専修大MF長澤和輝

22日、ドイツ2部のケルンがクラブ公式HP上で専修大MF長澤和輝の獲得(2016年6月30日までの2年半契約)を発表した。同日、専修大が全日本大学サッカー選手権大会(インカレ)準決勝で大阪体育大に2-3と敗れたことで、4年の長澤にとってこれが大学のラストゲームとなり、ケルン側からのリリースはそのタイミングを見計らったものと推測される。

「神様がそっちでやった方がいいとなって」

試合後のミックスゾーンで「(進路については)改めて発表させてもらいます」と言うに留まった長澤だが、専修大の源平貴久監督は「神様がそっち(ドイツ)でやった方がいいとなって、最終的にはそうなった」という表現でケルン入団を事実上認めた。2014年シーズンの「新卒ナンバーワン選手」としてこれまで複数のJ1クラブが獲得競争に乗り出していた長澤は、川崎フロンターレへの入団内定が決まりかけていたのだが、「(契約)年数のところで折り合いが合わなかった」(源平監督)ことで急遽ドイツ行きの話しが浮上。

ケルンからのオファー、練習参加要請の引き金となったのが、全日本大学選抜が今年3月に行なったドイツ遠征だ。ブンデスリーガ3部チームや1部クラブのU-23チームと計3試合のトレーニングマッチを戦った中で、全日本大学選抜の中心選手でもある長澤はドイツクラブのスカウトの目に留まり、それ以降長澤をチェックしていたケルンが秋になって正式に練習参加の要請を出した。

11月下旬に約2週間、ケルンのトップチームの練習に参加した長澤は、「チームメイトがみな優しかったので、いい感触は受けました。大卒で海外というこだわりはなかったのですが、より高いレベルでサッカーがしたいという気持ちはありました」とJリーグを経由することなく大卒での海外挑戦を決断。

「日本のタレントが無料(フリートランスファー)でやって来る」

新卒での海外移籍は、過去にも伊藤翔(中京大中京高→グルノーブル/現清水)、宮市亮(中京大中京高→アーセナル)といった選手の事例があるが、長澤のように新卒の目玉であり、Jリーグにおける次世代のスター候補としてJ1クラブが熾烈な獲得レースを争っていたタレントが年末のこの時期に全てのJクラブのオファーを断り海外行きを決意したケースは見方によっては「手放しでは喜べない事例」である。

ケルンは長澤獲得を発表する記事に「日本のタレントが無料(フリートランスファー)でやって来る」という見出しを付けた。海外クラブからすれば、将来のA代表入りも期待できるような才能溢れる22歳の若手選手がアマチュアの大学生としてプレーしている日本は青田買い可能な“美味しい市場”であり、事実ドイツのクラブはJリーグの試合のみならず、高校や大学のトップリーグにスカウトを派遣しアマチュアの学生もリストアップしている。

Jリーグでは年俸の高騰やJクラブ間での熾烈な選手獲得競争を防止する目的で、C契約の年俸上限を480万円に設定している。新卒選手がJリーガーとなる場合、余程のことがない限りC契約からスタートすることになるが、裏を返せばJクラブは長澤のような目玉選手に対しても横並びで年俸480万円のオファーを出すしかなくなる。しかし、このC契約の年俸上限は日本国内のJクラブに適用されるローカルルールであるため、今回のケルンのような海外クラブには全く関係のない話しで、ある意味海外クラブが500万円を提示すれば年俸面だけで言えばどのJクラブよりも好条件のオファーを出すことが可能となる。

C契約での年俸上限、優秀な選手にも480万円一律のオファー

源平監督も22日の試合後、「C契約というところであまりに年俸が一律でとなっているので。僕は能力のある選手とない選手を一概にいくら、ということにするのはどうかな、と思うところがあります。だったら、チャンスがある、夢があるというか、年俸がトントンと上がるところに行った方が最終的にはいいんじゃないかというところですね」と語っている。以前、ある強豪校の監督に話しを聞いた際も「お金で評価されるプロにおいて年俸の上限を決めるのはJクラブの談合」という意見を耳にした。

さらに源平監督は「個人的に思うのは、大学を卒業してからJに行ってもなかなか出れないですよね。それって年功序列じゃないですけど、致し方ないので。プレーできる椅子が決まっているので、その椅子が段々埋まりつつあるといったら、やっぱり外を見て、今の若い子は普通に就職活動する子もグローバルに見ているので。そういうところで勝負していくというのは流れじゃないですかね」と続ける。

「これは大学の意見ではなく、僕個人の意見です」と強調した上で源平監督は「純粋な競争社会の中に入れて、そこで鍛えられた方がいい」と述べた。この言葉の行間には下限ではなく年俸の上限を設け、自前のアカデミーではなく高校や大学から優秀なタレントを安価で獲得しながら年功序列的な起用法で若い才能を潰しているJリーグやJクラブへの警告を読み取ることもできる。

Jのローカルルールが優秀なタレントの海外流出を促進!?

名門・八千代高校出身の長澤だが専修大入学まではアンダーの日本代表歴もなく、ある種「全くの無名選手」だった。だからこそ、長澤個人をフォーカスした時には今回のケルン入団は非常に喜ばしい事例であり、ある種の快挙としていちサッカーファンとしては気持ちよく送り出したい。しかし、より広くマクロな視点で見た時にはJリーグがJクラブのために良かれと思って設定しているローカルルールが逆に優秀なタレントの海外流出を促進している現実を目の当たりにする。

個人的には長澤のような若い才能を来季のJリーグで見ることができないこと、彼がJリーグや日本代表で活躍した後に移籍金を残して海外移籍できないことの2点は日本サッカー界にとって大きな痛手と考えている。

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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