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放り込みはゲームに勝つために必要なアクション【#坪井戦術】ギリシャ戦分析(前編)

小澤一郎サッカージャーナリスト
ギリシャ戦の狙いどころはアンカー(カツラニス)の両脇のスペースだった

6月19日(現地時間)に行われたFIFA ワールドカップ(W杯)ブラジル大会のグループリーグ第2戦、日本対ギリシャの一戦は、前半にギリシャが退場者を出すも日本が堅守のギリシャのゴールをこじあけることができず0-0のスコアレスドローに終わった。

このギリシャ戦においても、『サッカーの新しい教科書』(カンゼン)の著書である坪井健太郎氏(スペイン在住のサッカー監督)に戦術分析してもらった。前後編に分けて今回は前編をお届けする。

ギリシャ戦での日本代表フォーメーション
ギリシャ戦での日本代表フォーメーション

――日本は4−2−3−1、ギリシャは4−1−4−1、あるいは4−3−3のシステムでした。前半の大まかな流れをご説明下さい。

ギリシャが4−1−4−1で(ディフェンシブ)ポジションを取って、日本がボールを保持する展開でした。ボールを保持できたのはギリシャが引いて待っていた、相手がそういうゲームプランを用意してきたのが1つ。試合の途中でもしきりに言いましたが、ギリシャのアンカー(カツラニス)の横のスペースがこのゲームのポイントとなっていました。ボールに寄っていく日本のボランチに対して相手の中盤の選手も出てくる傾向がありましたので、中盤の選手が出た時に空いたスペースにボールが入る形が基本的に日本の狙いどころでした。

――ただ、前半を見ていると本田が中盤の低い位置まで下りてきて、アンカーの横のスペースには1トップの大迫が入る狙いがあった印象でしたが?

最初、本田にボールが入りませんでした。ボールに触れなかったことに対し、「触りたい」という意図があって下りてきたということはあると思います。結果的にそれがスペースを作るきっかけになったので、動きとしては良かったと思います。日本としては、彼が空けたスペースに対して他の選手が入ってきたという現象が起きたことが大事なポイントだと思います。

――岡崎が左、大久保が右のサイドハーフで先発起用されましたが、彼らはフエゴ・インテリオール(真ん中でのプレー)を発生させるべく中寄りのポジションを多く取っていました。

特に相手の左サイドバックがかなり中に入っていく傾向が強かったので、ここで大事なのはそのスペースに対して内田が上がっていくスペースを作る、内田が侵入するということです。試合ではその戦術的なモビリティ(動き)が発生していました。最初は少し苦労していましたが、内田もだんだん気付くようになってきたので、上がりのタイミングも後半のはかなりいいタイミングで入っていき、良い連携も見えたと思います。

――前半のみならず試合の大きなターニングポイントは38分のMFカツラニスの退場です。一人少なくなった後、ギリシャのシステム、戦い方はどのように変わりましたか?

システムは、4−4−1になりました。戦い方としては、1枚減ったことによって完全に後ろのスペースを消すという形になりました。すぐに交代カード(フェトファツィディスに替えてカラグニスを投入)を切ったこともあって、日本のセンターバックをフリーにさせて真ん中のスペースを埋めるという形が出来上がりました。

カツラニス退場後のギリシャのフォーメーション
カツラニス退場後のギリシャのフォーメーション

――相手が10人になって以降、後半も含めた試合の流れをどう見ていましたか?

ギリシャの狙いがはっきりしました。人数が一人減ることによってまず失点をしない、そしてファールで時間を稼ぐ、攻撃もサマラスに長いボールを入れることを徹底しました。サマラスは起点になって(ボールが)収まる選手なので、そこからファールを受けてフリーキックを獲得するということもかなり狙っていました。逆に、日本が狙っていた形というのはDFラインの前のスペースでした。実際、ギリシャがシステムを変えてきた後もしきりにボランチの1人がプレッシングのために前に出てくる傾向があったので、そこで空いたスペースに対して後半途中からパスがどんどん入るようになってきました。シュートチャンスも増えてきましたが、逆に相手も後半20分以降はそれをわかって対応してきました。DFが前に出て、カバーリングという動きが出てきた中で、大事になってくるのは例えば縦パスが入った時に受け手となる選手がスッと下りてきてワンタッチで逃がすことのできる動き(サポート)を入れることです。その動きが入ってくると、より大きなチャンスが出てきます。実際、そのような連携からのチャンスはありました。トップに入れて落として、サイドから斜めに入っていく動きです。このような形、3人、4人がワンタッチで絡む動きがもっと出ていれば、もう少しチャンスの数は多かったのではないのかなと思います。

――日本の強みはフエゴ・インテリオール(真ん中でのプレー)におけるコンビネーションプレーだと思いますが、それがあまり出なかったからこそ得点を奪えなかったのだと思います。原因をどのように分析しますか?

中盤の共通認識だと思います。例えば本田が受けた時にボランチの選手が先読みしてパスコースを作りながら、「ボールが入りそうだな」と思ったときにスッとポジションを変える。本田が中盤に下りてきてボランチに落とし、次にセンターバックが顔を出す。このように、直接的にはボールに絡まないけれども味方を経由してボールを受ける、プレッシングのラインを飛ばして受けるような3人の絡み、トライアングルの関係においては共通認識を持つことが大事になってきます。

――その視点で見た時の山口の動きは少し物足りない印象ですか?

そうですね。この連携に関してはそれほど出てきませんでした。彼のキャラクターはボランチとしてバランスを取る動きです。ですから、ポイントになるのはもう1人のペアを組むボランチです。つまり、遠藤、長谷部がそういったことを意識してやることが大事です。もちろん、前線の選手に当てた時にサイドの選手が絡んでいくことも大事だと思います。香川が中に入ってきた時に逆サイドで連動することもそうです。もう1つは別の形ですが、サイドバックが入ってくる形もあります。サッカーにおいて、ボールを保持しようとするチームというのは、トライアングルをベースにワンタッチで落とし、ラインを突破して前で受ける形を作ることが大事になってきます。そのためには、やはり小さい頃からの経験、トレーニングの積み重ねが重要です。個人的に、日本の良さというのはそういうところだと思います。フィジカル的な俊敏性があって、狭い局面でも難しい体勢でボールを扱えるテクニックは世界の中でもトップクラスなので、トライアングルを作る動きを相手DFラインの前でやることが後半点を取りにいく時に少し不足していた点です。

――後半、長谷部に代えて遠藤を使ってきましたが、おそらくそういう狙いを持った投入だったと思います。遠藤投入の効果はどう見ましたか?

個人的な意見ですが、遠藤は前線に当てるパスを出すのか、相手が絞ってきているのでサイドを使うのかという“ジャッジ”が上手い選手だと思います。それを期待しての投入で、最後の方は内田が高い位置を取り、左サイドで長友と香川がコンビネーションを作り、遠藤がボールを受けて相手のサイドバックの背後を狙う戦術的なアクションの回数は増えていたと思います。ただ、相手DFラインの前に入っていくためには香川のような選手が重要になります。狭い中でコンビネーションプレーもできる、ワンタッチのコントロールですり抜けられるという彼の特性を考えれば、香川と本田がDFラインの前で2人組の関係で連携し、さらにトップの選手を含めて3人の絡みがあった方が日本の良さが活きると思います。

――攻め切れない、得点を奪えない後半となりましたが、センターバックの2人(今野、吉田)が10人の相手に対しても同じようにDFラインに残り、数的優位を作るような運ぶドリブルをしていない印象でしたが?

センターバックの2人がハーフウェーラインを少し越えたサイドのスペースでボールを受けることで、サイドのエリアに3対2ができます。このスペースを上手く使うことができなかったように感じました。日本のセンターバックがこういうことができるようになってくるとより厚みのある攻撃ができるのではないかと思います。パターンとして中に入って相手が絞れば外を使う、あるいは前線の選手に当てるといった形もあります。相手が前線へのパスコースを消すために絞れば、直接的にサイドの選手が深い位置を取ることができます。センターバックのポジション取り1つでバリエーションは増えてくるので、そういったことをやっても良かったですね。

――今野、吉田共にビルドアップ能力に長けたCBですが、この大舞台で彼らがそういったプレーを出せなかった原因をどう考えますか?

方法論は知っているけれども、いつ使うかを知らなかったことが力を発揮できなかった原因なのかもしれません。テクニックと同じで、いくら器用さがあってもゲームのどの場面でインサイドパス、アウトサイドパスを使いのかを知らないことと同じです。それこそが「戦術メモリー」であり、「こういう流れで相手はこういうポジションバランスを取り、ここにスペースがあるからセンターバックが1つ前にポジションを取って3対2を作ることが有効だ」ということを引き出す経験値が日本がもうワンランク上にいくためのポイントになると思います。彼らのパフォーマンスは育成年代から培ってきたものから来ていると感じます。

――すでにザッケローニ監督への批判が強まりつつありますが、試合の中で問題が起きた時、相手の状況が変わった時に「問題を解決する行為」である戦術アクションは選手が起こす必要があります。

外から私たちが言うのは簡単であって、選手がそれをやるのはすごく難しいと思います。ましてやワールドカップという舞台ですから。指導者目線から見ると、ゲームの中で「こういう状況で、こういった解決策があって、今それを使おう」というアクションや、選手が考えて感じているかどうかが大事だと思います。感じていないのであれば、おそらくその方法論が表に出ることはゼロに近いでしょう。感じているけれども、どうし表に出したらいいのかわからないといった時によくあるのは、日本人選手に特有かもしれませんが、自分の考えていることを表現しないということです。スペイン人だったら表現するでしょう。その辺りは文化の違いもあるので、どちらが良いとは一概に言えることではありませんが、サッカーをするためには表現することがすごく大切です。ですから、その辺りのコミュニケーションというのは、「今日できなかったから、今日はダメだった」ではないのです。やはり育成年代からここまで培ってきた成果がこの舞台に表れているのであって、これも分析して次につなげていくべき要素の1つではないかと思います。

――試合終盤は吉田を前線に上げての放り込みがありました。初戦でもあった放り込み作戦については否定的な意見が多いですが、坪井さんはどう見ましたか?

ゲームに勝つためにはあれは必要なアクションです。あのオランダですら、スペイン戦で4−3−3を捨てて5−3−2に徹してくる訳ですから。日本はまだ、ワールドカップの舞台で勝つための手段を選んでいる余裕がありません。最後にパワープレーに出るというのは自然なアクションなので、そのオーガナイズを否定することはないと思います。「残り何分で、この状況で1点取らなければいけない」となった時にそのアクションを出すのは自然だと思いますし、誰を上げるのか、どういうカードを切るのかについてはもう少しはっきりしていれば良かったかもしれません。

――ただ、高さを捨てたメンバー選考をして事前準備でも全くやってこなかったので、坪井さんが試合中に指摘していたように、サイドからアングルを作ったロングボールではなかったり、無駄に横パスが入り時間消化していました。

真ん中からの放り込みというのは、ディフェンスも前向きでボールを弾き返せます。なので、必要なことは一度サイドにボールを預け、相手の視野と組織をボールに集中させることです。そうすることによってマーカーがボールウォッチャーになる可能性があります。そこにボールを入れ、背後を狙うということが放り込み作戦時の効果的なボールの運び方です。この2試合を見る限り、試合終盤にボールを放り込む時にどこを起点にするのかがはっきりしていなかったことは改善点だと思います。選手が知らなかったのか、知っていたができなかったのかというのは、選手に聞いてみないとわかりませんが、原理原則としてこういった方法論は有効です。

後編に続く)

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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