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サッカーの戦術論、戦術本が溢れかえる戦術“論”大国日本。今こそ考えたい「強くするため」の真の戦術論

小澤一郎サッカージャーナリスト
先日開催された出版記念イベントでW杯ブラジル大会の戦術について語る坪井健太郎氏

ベスト8が出揃い佳境に入ったW杯ブラジル大会だが、『ティキ・タカ』と呼ばれるパスサッカーで惨敗したスペイン代表、「自分たちのサッカー」が通用しなかった日本代表の結果もあって、日本では「パスサッカーの終焉」、「カウンターや3(5)バックの復権」なる論調やトレンド探しが盛んとなっている。

兼ねてから日本のサッカーメディアでは、戦術論や戦術本が「売れ筋商品」として取り扱われているが、少なくとも筆者が5年暮らしたスペインではこれほどのボリュームでの戦術の“論”を見たことがない。一方でグラウンドの”現象”に目を向けると、日本代表の柔軟性に欠けた今大会の戦いぶりが典型例で「問題を解決する行為」たる戦術アクションを目にする機会が少ない。

そこで『サッカーの新しい教科書』(カンゼン)の著者でスペインで活動するサッカー監督の坪井健太郎氏に「戦術論」をテーマとしたインタビューに応じてもらった少なくとも、坪井氏は指導者、監督である以上、面白い論を語るよりも現象として戦術をピッチ上で引き出すことを生業としている。そんな坪井氏の言葉を受けて、改めて「日本サッカーを強くするため」の戦術論を考えてもらいたい。

※インタビューはW杯開幕直前の14年5月下旬に行いました

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■戦術を語る時に大切なのは「その背景に何があるのか?」

――スペインで監督として活躍する坪井さんは、日本で戦術本や戦術論が溢れている現象をどのように見ていますか?

日本にある戦術本や戦術論の内容をそれほど見聞きしたことがないので、本当に外から見た印象になりますけど、戦術を語る時に指導者目線で大切なことは「その背景に何があるのか?」ということです。すでに起こった現象を解説するのは容易ですし、それが日本で多い戦術論だと思います。でも、われわれ指導者、監督にしかできないことは、起こった現象の背景にあること、つまりは「それがなぜ起こったのか?」、「この選手だからこうなっている」、「チームが今こういう状態だからこうなっている」など、心理的な要素やロッカールームの中を含めた話です。そういったことを含めてわれわれが日常的にする戦術の話しと、今日本で話題に上がる戦術論は少し違なるものだと考えています。

――日本メディアの戦術論となると、どうしても目新しいものを追い求めがちです。最近ではドルトムントの『ゲーゲンプレッシング(カウンタープレス)』、少し前だとバルセロナやスペイン代表の『ファルソ・ヌエベ(偽9番)』というキーワードだけを取り上げて「それが最新戦術、トレンド」と報道されていますが、こうした事象は指導者である坪井さんの目にはどのように映りますか?

繰り返しになりますが、「なぜそれが起こっているのか」という「なぜ」の部分を語らなければ何の理解にもなりません。「なぜ“ファルソ・ヌエべ”が生まれたのか?」、「なぜ切り替えの局面の重要性が高まってきているのか?」を語らなければ、議論自体に意味がないと思います。結局、起こっている現象だけを取り上げて、「これがトレンド」と言って意味の分からないままチームに採用したとしても、それが上手く行っているのかどうかもわからない状態のまま終わってしまう危険性が高まるだけです。

例えば、『ファルソ・ヌエベ』の狙いというのは、「相手守備組織のライン間を使うこと」であり、ペップ・グアルディオラ監督がバルセロナでその戦術を生み出した時には、「中盤の3人に対する相手のプレッシングが厳しくなってきたので、1トップが中盤に下りてきて中盤構成力を高めることが必要」という背景がありました。加えて、1トップのメッシに相手のCBが付いてくれば、サイドのウイングが中に入り、バリエーションを作るというサブコンセプトも有効となります。『フエゴ・インテリオール』と呼ばれる真ん中でのプレーに対し、数的優位の状況を作ることが目的となり、その戦術が生み出されたのです。そういった背景、文脈が語られることなく、『ファルソ・ヌエベ』だけがひとり歩きすることは逆に危険だと思います。

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実際、『ファルソ・ヌエベ』のつながりで、今はウイングが中に入る『ファルソ・エストレーモ(偽ウイング)』の戦術が存在しますし、グアルディオラ監督はバイエルンで『ファルソ・ラテラル(偽サイドバック)』の戦術を用いています。現代サッカーでは、システムが徐々に逆三角形となっています。つまり、前線に人数を割くようになってきているのです。バイエルンの『ファルソ・ラテラル』では、左サイドバックのアラバがボランチのように中央のポジションを取り、本来アラバがポジションを取る位置に左ウイングのリベリーが入ってきます。

単純にサイドに張ったウイング使うと相手のプレッシングにはまってしまうので、ウイングが中に入ったり、バイエルンのようにウイングがサイドバックのポジションに下りるようなモビリティ(動き)を意図的に作っています。システムを語る時には、そういう要素を入れなければ単なる数字遊びになってしまいます。システムには2種類あって、1つはスタートポジションとしての止まっている状態の配置。もう1つは、動きの中でバランスを維持する配置です。その上で目安となるのが1-4-2-3-1、1-4-3-3といった数字です。ここ数年のバルセロナも1-4-3-3と言いながら、実質的には1-4-4-2のダイヤモンドでプレーしています。そのように、しっかりと整理、体系化してサッカーを見る、捉えることが大切だと思います。

――スペインメディアでも、よく戦術論を目にしますか?

スペインでは、あまり聞きませんね。

――スペインの指導者の中では、どういった戦術の話がでるのでしょう?

サッカーの討論番組などで、例えば「この試合のメッシのプレーはどうだったのか」、「チャビのプレーはああだった」という話、議論は多いと思いまが、指導者からするとそういう議論は本当に“茶番劇”です。背景にあるものを度外視して、目の前の状況や現象だけを取り上げて、ああだこうだ言っているのは、やはり『戦術の話』ではなく、全く別物という印象です。私が一緒に指導しているスペイン人指導者もよく、「ああいう議論や番組は、単なる茶番劇だ」と一蹴しています。

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――今回、指導者の立場として戦術本を制作するにあたり、どういうことを心がけましたか?

サッカーの大前提となる「Tactica principio(基本戦術)」、例えば帰国した際に開催している講習会でいつも話していますが、「攻撃というのは3つのプロセスがある」などの外せない原理原則は、絶対にどんな戦術を語るにしてもまず押さえなければいけない前提だと考えています。それを飛び越えてその先、上にあるプレーモデル、例えば「バルサは1-4-3-3のシステムでこういうサッカーをしている」という内容を語ることはできませんし、それこそ単なる茶番劇です。

私が本当に伝えたいことは、サッカーを理解する上で重要な土台(ベース)のところです。『サッカーの新しい教科書』(カンゼン)は指導者向けの指導書ではないのですが、指導者の私が作る以上、指導者の人たちにも使ってもらえるメソッド論についても章を割いて言及しています。つまり、指導者が使えるフレームを提示させてもらったということで、それ以降のバリエーションは、各指導者が指導する選手の年齢やレベルに応じて調整してもらいたいと思います。メソッド論については、ツール(道具)は提供するけれど、使い方は各々の指導者に任せるという感じです。

――指導者による戦術本となると、一般的なサッカーファンにとっては「難しすぎる」という印象を与えると思いますが、指導者ではない層の人たちが戦術本を手にすることで得られるメリットとは?

サッカーを見る時に深い視点で見ることができれば、世間一般の評価の仕方が変わります。そうなると、必然的に選手に伝わる批判、賞賛の双方が質の高いものになっていきます。サッカー文化を熟成させるためにはそういったことが必要で、スペインでは通りの角にあるバルのおじさん、おばさんたちが“らしい”発言をしますし、中には指導者の私ですら「なるほど」と唸るようなコメントも出てきます。だからこそ、本書が日本のサッカー文化を形成していくきっかけやお手伝いになればと考えています。

■サッカーをエンターテイメントではなくカルチャーに

――スペインには、サッカーを見る土壌が元々あり、一般的なサッカーファンが戦術本を読んだり、専門的なレクチャーを受けなくとも、自然と戦術のベースを持っています。逆に、日本にはまだそこまでのサッカー文化がありませんから、改めて戦術を定義した上で、ベースを身に付けてもらった方がいいということですね?

そうだと思います。サッカーが持つエンターテイメント性自体を否定するわけではないですが、私は日本でも最終的にはサッカーをエンターテイメントではなく、カルチャーにしていくべきだと考えています。

――スペインで指導者ライセンスを取得されている坪井さんですが、スペインのコーチングスクールに通って驚いたことはありますか?

日本で指導者の勉強をした時にも色々な戦術論の話はありましたが、あくまで点としての情報でした。スペインに行って勉強すると、その点が線となり、現場に出て更に線が形となったというのが一番しっくりくる表現です。要するに、日本で勉強していた戦術の話しは、つながりがなかったのです。もちろん、戦術というものが語られていなかったというのもありますが、すごく断片的でつながっていませんでした。今は、例えば1対1のディフェンスが段階的にラインコントロールへとつながり、チームとして3つのラインが形成され、最終的にプレッシングになるというようにしっかりとつながっています。そこはすごく新鮮であり、納得したところでした。

――日本では、線にならないような環境になっているのでしょうか?

私は概念の違いだと思います。スペインではサッカーを見る時、「サッカーとはチームスポーツである」という概念からスタートしていますが、日本はそうなっていません。例えば、1対1から積み上げていって11対11になるというふうにサッカーを見ている印象を持っています。スペインの場合は、いきなり11対11から入ります。それは、「サッカーとはチームスポーツである」という概念があるからです。そこの見方、出発点から違うと思います。情報の入りが違えば、指導のアウトプットも違って当然です。

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――「戦術とは問題を解決する行為である」という定義も、基本的にはスペインのコーチングスクールで最初に出てくる話しなのでしょうか?

そうですね。戦術と戦略の違いについての説明があって、戦術は「問題を解決する行為」であり、戦略は「プランニングされた計画的なもの」です。スペインでは、その違いをまずはっきりとさせます。レベル1の初日の授業からカオスだったものを体系化するような定義付けがあって面白いです。

――日本だとまだ戦術と戦略を混同していて、明確にどう違うのかという議論すらまだない状態です。

ないからこそ、私が日本で講習会などを行う時には最初にはっきりと定義します。そういったことをまず整理することがスタートだと思いますし、それを飛び越えて戦術や戦略を語っても、結局何もつながっていきません。結局、単発的に一度の議論で終わります。ただし、逆に言うと今の日本では色々な情報が出ているわけで、材料はあります。それをつなげていくフレームがないだけなのです。ピースはあるけれど、ピースを当てはめていくフレームがないということが日本におけるサッカー戦術の現状だと思います。

――フレームを提示することが『サッカーの新しい教科書』という戦術本執筆の動機であり、それが最終的には日本サッカーの更なるレベルアップにもなるということですね?

その考えはあります。戦術もそうですが、やはりサッカーをトータルに見る視点とは大事になります。今まで日本人はテクニックをすごく追求してきました。しかし、世界のトップに到達するためにはまだ足りないものがあるわけで、その一つが戦術レベルです。ただし、世界はすでにその先に行こうとしています。これまで見えなかったものを見ようとし始めていて、更にその先にあるバリエーションの部分も研究が進み、チェルシーのモウリーニョ監督のカウンターも結構パターン化されていると聞きます。

ある意味で、世界のトップは本当に決められたものの中から選んでいるのです。サッカーにおいて、プランニング、ストラテジー(戦略)の部分はより重要度が増していますから、今後はこれまで見えなかったものやプランを実行しながら意外性のあるプレーができる選手、チームというのが成果を残していくと思います。だからこそ、賢くないとダメなのです。サッカーは考えるスポーツですから。

■オフ・ザ・ボールの戦術に改善の余地あり

――スペインから見た時の日本の戦術レベルについて、どういう印象を持っていますか?

ベーシックな部分の戦術については、少しずつ育成年代から教えられてきていると思います。また、ボールがあるところの戦術レベルは、かなりレベルが上がってきている印象を受けますが、ボールのないところ、オフ・ザ・ボールの戦術については改善の余地があります。それは、守備面についても同じです。守備時のチーム戦術、グループ戦術、個人戦術というのは、改善の必要があると感じます。サッカーの局面というのは大きく4つに分けることができますが、攻撃はバルサの影響もあってすごく細かい部分も指摘されるようになっていますし、改善が進んでいます。しかし、守備と攻守の切り替えのところはもっと改善していかないといけません。

近年の世界のサッカーは、攻守の切り替えの部分が重視されています。これまで切り替えの部分というのは不確定要素が多い部分でしたが、そこもコントロールしようとする傾向が最近は強くなっています。「攻めながらどのように守備の準備をするのか」というオーガナイズです。例えば、相手が1-4-2-3-1のシステムでプレーし、相手がボールをつないでサイドハーフにボールが渡ったとしましょう。これまではその状況でのFWの守備面でのポジショニングなどに注意が払われていませんでしたが、近年はそうしたテーマすらきちんとプランニングされ、ライン間のポジションが求められるようになっています。なぜなら、自分たちがボールを奪った瞬間、「エントレ・リネアス」と呼ばれるライン間にFWがいることでフリーになることができるからです。

万が一、相手がFWのマークに食い付いてくれば、FWはそのマークを外して、相手の背後をとるようなプランBも用意されています。もし相手ボールだからといってFWがライン間の中間のポジションを取れず、ただ前線で突っ立っているだけであれば、ボールを奪った瞬間の切り替え局面では相手にぴったりマークされている可能性が高くなります。そのポジションから動き出したとしても、簡単に対応され、潰されてしまいます。だからこそ、攻撃のポジションであるFWであっても、守備の時からボールを奪った直後のことを考えたポジションを取らなければいけません。日本でもバルセロナの影響でそういう理解はあると思いますが、それが育成年代など現場に落とし込まれている印象はまだありません。

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――スペインの育成年代ではそうした細かなポジショニング、戦術が指導されているということですね?

全体像として、攻めている時に守る準備をする、守っている時に攻める準備をするという原則はありますが、ディティールの部分に関してはスペインでも改善の余地があると思います。個人的に最近注目しているのは、ボールから一番遠い地点にいる選手が何をしているのかです。ある意味で、それによってゲームの次の展開が決まります。

例えば、攻められている時に一番遠いFWの選手が何をしているのか。原理原則から言えば、ボールを奪って、遠いところにボールを運ぶのが一番効率が良い攻撃的なプレーとなります。その時、一番遠いFWが相手の先手を取って良いポジションを取っているかどうか。右サイドにボールがある時に、左サイドの選手がどういうポジションで、何を準備しているのかが大切です。今のサッカーでは、そこすらもオーガナイズをかけようとしているわけです。こういった議論が盛んに出てくるようになれば、日本のサッカー、戦術のレベルも上がると思います。

――一時帰国する今夏には選手向けのクリニック、指導者向けの講習会が予定されています。日本の育成年代における戦術的課題は?

日本人はすごく真面目ですし、言われたことを勤勉にやろうとするので、スペイン語で言う「Depende(~次第)」というのが存在しません。「ここを狙いましょう」と言うと、相手に読まれていてもそこを狙い続けます。でも、狙ってダメだった時には別の方法もあるというふうに上手くバリエーションをつけることに関しては、もう少し改善した方がいいと思います。

先程のモウリーニョの話ではないですが、ある意味でこれからのサッカーはパターン化が進みますが、「選択肢A、B、Cがある中で、相手がこうきたらA、違う方から来たらB、それでそれも違ったらC」というところまで突き詰めたプランニングがあり、状況や相手の出方「次第」という部分を上手く伝えることができれば、日本人の問題解決能力も上がると思います。特に、日本人はスペイン人と比較しても、理解力は抜群に高いと思いますから。

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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