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デンマーク戦で大儀見が示した「別格」の存在感

小澤一郎サッカージャーナリスト
なでしこジャパンのFW大儀見優季 (C)Ichiro Ozawa

FIFA 女子ワールドカップに向けて例年以上に重要な大会となるFPFアルガルベカップ2015が4日、ポルトガルのアルガルベ地方で開幕した。グループCに入ったなでしこジャパン(女子日本代表)は初戦でデンマークに1-2で手痛い敗戦を喫し、佐々木則夫監督は「ワールドカップに向けて負の経験という部分の中で学ぶところが多かった」と語った。

開始2分の失点シーンが象徴するように守備面での課題が目立ち、チームとしてのパフォーマンスは及第点以下のものだったが、攻撃面ではここ1、2年で「ワールドクラスのストライカー」の風格まで漂わせているFW大儀見優季(VfLヴォルフスブルク/ドイツ)が別次元のプレーと存在感で一人気を吐いた。

練習で精力的にシュート練習に取り組む大儀見 (C)Ichiro Ozawa
練習で精力的にシュート練習に取り組む大儀見 (C)Ichiro Ozawa

■「練習で出ていたことが出てしまった」守備の課題

試合直後に大儀見が口にしたのは試合への入りの悪さだった。「かなり入りが悪かったのは最初感じて。一歩体が動いていない感じが全体的にあった。どこでボールを奪いたいのかがはっきりしていなかったから全部後手後手でズレて、ズレてで、それが立ち上がりの早い時間帯での失点につながった。その辺は練習で出ていたことが出てしまっていた感じ」

実際、3日の前日練習後に話しを聞いた際、試合のポイントについてこう明言している。「一番は守備のところ。どこから行くのか、どこでボールを奪うのかというのが全然はっきりしていないところがあるので。その辺を試合の中で試しながらやらないと。やはりいい守備ができないといい攻撃にもならない。そこは全部つながっているので。何ができて、できないのかというのを知れる試合にしたい」

佐々木監督が試合後、「デンマークであってもニュージーランドであっても、このランクの選手たちは戦術的な要素がかなり上がっていて、ハイプレッシャーの中でもやってくる」と述べたように、序盤のデンマークはコンパクトな状態で前線からハイプレスをかける守備のみならず、ボールを奪った直後に密集を抜け出す判断や技術の面でも優れていた。だからこそ、前日練習から佐々木監督は攻撃面で「攻撃の優先順位」を強調しながら、「DFラインの背後を取るロングボールを活用する」、「チェンジサイドを意識する」の2点を実戦形式の練習で意識付けしていた。

■FWの一番の役割は「相手DFラインに脅威を与えること」

実際、序盤からなでしこジャパンは大儀見、大野忍(INAC神戸レオネッサ)がオフサイド覚悟の積極的な飛び出しで相手DFラインの背後を狙い、攻撃の「深さ」を出そうと試みた。大儀見も「高い位置でFWが相手DFラインに脅威を与えることがFWの一番の役割」と定義した上で、「今までは足下で受けるシーンの方が多かったし、そこで起点を作ってから、という意識が強かったんですけど、今は最終ラインと駆け引きすることによって味方にもスペースを与えることができるし、その辺(DFラインの背後を取る動き)はボールを受ける、受けないに関わらず、やらないといけない」と述べている。

前半17分に安藤梢(1.FFCフランクフルト/ドイツ)のゴールで同点に追いついたなでしこジャパンだが、そのゴールシーンで起点を作ったのが大儀見のポストプレーだった。前線に1トップ気味に張るFWとしてまずは相手DFラインを引っ張る動きを繰り返し、その駆け引きによってDFラインが下がったタイミングで中盤に下りてポストプレーを行うという一連の流れは全て計算されたもの。そこには大儀見も「そのイメージは結構作れたし、何本かいいタイミングでパスも入ってきていた」と手応えをつかんでいた。

「あとはちょっとしたズレ、技術的なズレだったり、出し手のコントロールがズレてタイミングが一つ遅れてオフサイドというのもあった。その辺は出し手もそうだし、受ける自分もそのコントロールを見て、『コントロールがズレたな』と思ったらもっと動き出しを遅くしないといけない」と味方の特徴や局面のコントロールに合わせて動き出しのタイミングを微調整する姿勢についても口にした。

■シュートに至るまでのプロセスとシュートの精度を高める取り組み

このように大儀見は今、シュートに至るまでのプロセスの精度を高めるテーマに取り組み、ゴール、フィニッシュから逆算したプレーを常に意識する。そのために重要になるのがパサーという存在でこれまたワールドクラスの実力を持つ宮間あや(岡山湯郷Belle)との関係性だ。デンマーク戦で縦パスへ意識を強めて試合に入った大儀見は同時に、「宮間選手にどのタイミングでボールが付くのかというのをイメージしながらプレーしていました」と明かした上で、「そのタイミングが結構つかめたので、あとはそれをどうゴールに結び付けられるかというところ」とこの点でも収穫を手にしていた。

デンマーク戦前日の練習でシュート練習に取り組む大儀見と宮間 (C)Ichiro Ozawa
デンマーク戦前日の練習でシュート練習に取り組む大儀見と宮間 (C)Ichiro Ozawa

動きの優先順位と質以外にも大儀見はストライカーとしてシュート精度を格段にアップさせている。例えば、同点弾につながる前半17分のシュートシーン(左クロスに対して左足で打ったシュート)は「当りどころが悪かった」と認めながらも「(足を)振りすぎましたが、コースとしてはあそこのコース。結果的にゴールにつながったので良かった」と発言。後半、振り向きざまに右足で強烈なシュートを打ったシーンについても「ニアのハイに打ちたかったんですけど、ちょっと体をひねりすぎてファーに行ってしまいました」と常に狙いが明確で狙いに対するコースの誤差も少ない。

■相手のタイミングではないタイミングで打つシュート

今大儀見が取り組んでいるシュートはパンチ力のあるインステップのシュートではなく、体の捻りを用いて少ない助走、狭いスペースで打てるインフロント気味のシュートだ。同じシュートフォームでギリギリまで左右上下のコース判断を待てる蹴り方のため、GKのポジションや予備動作を確認することができる。大儀見も「相手(GK)のタイミングではないタイミングで打ちたい」と説明する。佐々木監督も「ああいうシュートの間を早くみんなで作ろうと言っています。自分のリズムでのシュートはなかなかさせてくれないし、そこで打てばああいう非常に魅力あるシュートを打てるので。そういう局面をしっかりと作りなさいということです」とフィニッシュの精度を高めている大儀見に全幅の信頼を寄せている。

5日の練習後に話し込む佐々木監督と大儀見 (C)Ichiro Ozawa
5日の練習後に話し込む佐々木監督と大儀見 (C)Ichiro Ozawa

デンマーク戦の1試合、90分だけを見てももはやなでしこジャパンのみならず、世界の女子サッカーの中でもストライカー大儀見優季の存在は「別格」。6日に行なわれるポルトガルとの第2戦はターンオーバーにより控えに回ることが予想されるも、9日のフランス戦でも現在進行形で進化を遂げるなでしこのエースのプレー面、そして思考面での深みと凄みを目の当たりにすることができそうだ。

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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