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スイス戦のポイントは序盤の”前プレ”回避

小澤一郎サッカージャーナリスト
なでしこジャパン、スイス戦の予想スタメン

カナダのバンクーバーでは、なでしこジャパン(日本女子代表)にとってのFIFA 女子ワールドカップ・カナダ2015の初戦当日の朝を迎えた。グループステージ第1戦のスイス戦は日本時間で9日午前11時のキックオフとなる。

■スイスは「初出場とは思えない質の高さ」

スイスは女子W杯初出場となるが、試合前日の公式会見で佐々木則夫監督は「初出場とは思えない質の高さ。このグループの中で一番警戒しなければいけない相手。スイスとやった状況がこの大会での指標になる」と述べた。

会見の席で佐々木監督にスイスの印象について質問すると「セットプレーの高さ」と「前線3人、4人での思い切りのある攻撃」という2つの特長についての言及があった。登録メンバー23名中12名がドイツでプレーするのみならず、選手として3度の女子W杯を経験している指揮官のマルティナ・フォスもドイツ人でクラブレベル(デュイスブルク監督)では欧州制覇の経験を持つ実力派の監督だ。

佐々木監督が警戒するようにDFラインのリーダーには179センチと大柄でバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)でプレーするアビー(15番)が控え、左のCBには185センチのキウィッチ(14番)が入るものと予想される。キーマンとなるのが中盤のアンカーに入ってきそうなワルティ(9番)で左足のミドルパスは精度が高く、攻撃時には2CBの間にポジションを下げそこからビルドアップのパスを蹴り分けていく。

一般的に注目を集めるのがフランスの強豪リヨンでプレーするFWディケンマン(11番)とスウェーデンの強豪ローゼンガード所属のFWバックマン(10番)の2トップだが、3月のアルガルベカップ2015のアメリカ戦、女子W杯直前の5月27日に行われたドイツとの親善試合を見る限り、W杯上位を狙えるような強豪国相手に一人で局面打開できるほどの個の能力はなく、格上相手の試合になると守備に追われる時間が長くそこで消耗してしまう印象だ。

■スイス最大の武器は序盤の“前プレ”

おそらく、本日のなでしこジャパンとの初戦でもスイス最大の武器はキックオフ直後から繰り出す前線からの激しいプレッシングになるだろう。基本システムは1-4-4-2ではあるが、相手陣内でプレスをかける時にはボランチが縦関係を作り1-4-1-4-1に変化する。一方で自陣でボールを回す時には前述の通り、アンカーの9番が最終ラインに下り、両サイドバックが共に高い位置を取って1-3-5-2のシステムを採る。

ただし、この「前プレ」は90分続かない。試合会場となるバンクーバーのBCプレイス・スタジアムで前日練習を行なった大儀見優季は、ドーム型のスタジアムゆえに「結構蒸していた」というピッチコンディションを挙げた上で、「相手が先にバテるかなというイメージがある」と述べていた。だからこそ、立ち上がりの失点だけは避けた上で前半は0-0でも良し(後半勝負)という90分のコーディネイト能力が求められる。

実際、筆者が分析対象としたアルガルベカップ2015のアメリカ戦では前半を0-0で折り返しながら後半に3失点をしての0-3、ドイツとの親善試合では開始1分に先制しながらも後半は3点を叩きこまれ1-3の逆転負けを喫している。

■前プレの回避方法はトレーニング済み

日本国内でのニュージーランド、イタリアとの2試合を見ても現在のなでしこジャパンは、ダブルボランチにマンマークを付けられた際のビルドアップに難があり、不用意なパスの付け方やミスが数回は出てしまう。スイスからすれば当然そこを分析済みで、キックオフからハイプレスをかけてくることは間違いないだろう。しかし、佐々木監督は非公開練習の中で前プレの回避方法を繰り返しトレーニングしてきた模様で、DF熊谷紗希は「立ち上がりは簡単にやるところ、割りきるところも出てくる」と話す。

スイスの前プレにおける2ラインを越すビルドアップが序盤のポイント
スイスの前プレにおける2ラインを越すビルドアップが序盤のポイント

その上で序盤のポイントとなりそうなのが、スイスの前プレにおける2つのラインを「越す」前線へのビルドアップだ。基本的にはスイスは序盤、日本のタブルボランチに対してマンマーク気味で対応する1-4-1-4-1の陣形を組んで前プレをかけてくると予想するが、逆にスイスはアンカーの両脇とDFラインの背後のスペースが空いている。

大儀見は前線で相手DFラインを下げる動きに徹することを意識する。「自分はなるべく高い位置で勝負というか駆け引きをして味方にスペースと時間を与えたいなと。それは自分がより良いボールを引き出すためにというところもありますし。味方にいい状態でボールを持たないと、結局自分のところにもいいボールが入ってこないので」。その上で、「14番側のセンターバックを狙いたい」ということも口にしていた。

確かに、アメリカ戦での14番のCBはスピード不足から背後や両脇を取られた時の対応が遅く、彼女の対応を気にするあまり15番のセンターバックや両サイドバックが少し後ろ気味のポジショニングを取るためスイスはDFラインが揃っていない時間が長かった。熊谷も「相手のDFラインがそこまでこちらのFW(大儀見)の裏への動き出しに駆け引きをして付いてくるというイメージはない。ドイツ戦もバイタルはすごく空いていたと思うし、そこで上手くためを作れれば自分たちのリズムもできる」と述べる。

■予想が難しい予想スタメン

最後に予想スタメンについて触れておく。カナダ入りしたなでしこジャパンは佐々木監督が情報戦に徹したことで非公開練習が続き、冒頭15分の取材が許されている我々メディアですら予想するのが難しい状況だ。逆にそれは佐々木監督の情報戦が上手く行っていることを意味するもので、なでしこジャパンにとってはプラス。

GKについては相手の高さとセットプレーを警戒していることからサイズのある山根恵里奈が入るだろう。DFラインでは左サイドバックに宇津木瑠美が入ると予想する。ポイントとなる2つのラインを越えるミドル・ロングパスを安定的に供給できるという意味では、イタリア戦でのSB抜擢が成功した彼女をこの初戦で置きたい。中盤より前は特に2列目の並びの予想が難しく、右に大野忍が入った上で2列目の3人が流動的に変るやり方もある。

前線での大儀見のパートナーは安藤梢が入るという見立てで、ニュージーランドのような2トップシステムとは異なり、相手アンカーの両脇のスペースを攻略するという意味で彼女を2列目に配置する1-4-2-3-1が私の最終的な予想だ。とはいえ、この予想も多かれ少なかれ外れるだろう。大儀見は今大会でなでしこジャパンが目指すサッカーについて「相手が嫌がるサッカー」と表現する。

ちょうど昨年、男子W杯ブラジル大会で「自分たちのサッカー」がひとり歩きした現象が記憶に新しいが、なでしこジャパンの選手たちは自分たちの良さやストロングを出すために「まず相手を見て」、「相手の嫌がるポイントを付く」サッカーを初戦から見せてくれるだろう。ある意味で、今大会のなでしこジャパンのサッカーは本当の意味で日本人が“知的で駆け引きを伴うスポーツ”たるサッカーの醍醐味や面白さに気付くきっかけとなるかもしれない。

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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